盲愛保護型、絶対共依存型。これにて発動(済み)
男の人の名前は庄司というらしい。廊下ですれ違った同じクラスらしい人がそう読んでいた。そしてネクタイの色から1学年上の先輩。
後をついていて行きついた先は、図書館がある裏の敷地。人気の少ない場所だ。
「それで、僕になんのよ——ぐぶっ!?」
突如、腹に強烈な痛み。
庄司先輩が僕の腹を殴ってきたのだ。痛みを和らげようと空気を吸い込んだ事で、過呼吸気味になる。
その様子を気にもせず、庄司先輩は一歩、二歩くと前に進む。そして振り返る。
「俺がなんでお前のことを呼び出したのか分かってるよな? あん?——ぶほっ!?」
ぐらりと庄司先輩の身体が傾いた。
僕が頬を殴ったからだ。
「はぁはぁ……そっちが僕の質問聞かなかったんだから……はぁ、僕だって殴ってもいいですよね……」
「テメ……ッ」
「呼び出した理由なんて聞かなくても分かってますよ……。乃寧と希華の件ですよね。そして2人から離れろと忠告しにきた」
姉妹と関われば誰かしらに文句を言われる事は想定済み。何故ならあの頃もそうだった。
「ああ、そうだよ……。このまま忠告で終わらそうとしたが、気が変わった。おいお前らこいッ!!」
指示を待っていたかのように、男2人が物陰から出てきた。
「庄司さん一発ぶん殴られてるじゃいっすかぁ」
「あん? 黙れクソ」
「おーこえ〜〜ww」
3対1とは卑怯なものだ。
「今すぐここで土下座して、『今後、二度とのののの姉妹とは関わりません』って言いば痛い目に遭わないぞ〜」
地面を指差し、嫌味たっぷりの笑みで言う。他の2人も僕をバカにするように笑っている。……その時だった。
「弱い犬ほど大人数でいないとダメって本当なのね」
冷たい声が響く。
声の方を見ると、乃寧、希華がいた。
「おいおい、乃寧ちゃんと希華ちゃん直々にお出迎えとはなぁ。……おい」
首を動かし、男2人に命令した。
男たちは、彼女たちに何かするつもりだ。
「乃寧! 希華! ——ガハッ!?」
「おいおい、凡人の癖に無視すんなよ。お前の相手は俺なんだよッ」
よそ見をしていたせいでまた腹を殴られた。
痛みに耐えるその間、男たちの会話が耳に入る。
「俺、乃寧ちゃんな」
「じゃあ俺は希華ちゃん。うひょー、一度触ってみたかったんだよなぁ〜」
ニヤニヤしてた笑みでジリジリと2人に近づく。このままじゃ——
最悪な状況が頭を流れる。
僕は、歯を食いしばった。
「——2人に触るなッ!!」
自分でも驚くほどの大きな声。
怒りに震え、ほんの少しの独占欲と殺気の籠った声……。
「っ……」
「……」
「お、おい! なにビビってんだよ! そんなダサい奴放っておいて、さっさと姉妹を捕まえろッ!」
怒鳴り声で我にかえる男2人。
だが、おかげで隙ができた。
そこからはよく覚えてない。
気付いたら身体が動いて、乃寧に触れようとしていた男の顔面に一発。もう1人の下半身をひと蹴り。
「っ、あぁぁ……」
「いっ、でぇ……」
2人は痛みで地面に倒れた。
コイツら、口だけで大した事ないな。
小学生の頃、姉妹から遠ざかっていた間、何もせずただ時が過ぎるのを待っていた訳ではない。
自分なりに得意を探そうと様々なことにチャレンジしていたのだ。その一つが護身用として習っていた空手。中学3年まで続けた。ここにきて役に立ってくれて良かった。
「チッ、使えねえ下っ端だなっ」
これで3対1。場が悪くなってか、舌打ち。
しばらく庄司先輩と睨み合った。
そして……僕は言う。
「確かに僕は、なんの取り柄もなくて2人といるのは不自然だ。全然、釣り合わない。アンタの方がイケメンでお似合いかもしれない……。でもなぁ、今2人を守らなきゃ本当になんの取り柄もなくなるんだよッ!!」
誇るに誇れない台詞を口にする。
今では僕は隣に相応しくないという一部の意見を素直に受け入れてしまい、姉妹を遠ざけた。それが最適で解だと思っていた。
でも今は違う。
ダサくても、カッコ悪くても、普通でもいいじゃないか。乃寧と希華がそれでいいって言ってくれるなら、一緒に居たいと言ってくれるなら、がむしゃらに隣にしがみつくべきだ。
「だから2人とは絶対に離れない! アンタみたいに脅す奴なんかには渡さない!!」
「涼夜……!」
「スーくん……!」
「格好つけててんじゃねえよ! このっナイト気取りがぁ!!」
僕の言葉が気に入らなかったのか、怒り任せに殴りかかってきた。
そんな大振りの攻撃など当たるはずもなく、避けて地面に押さえつける。
「くっ!」
「言えっ! 2人には絶対に危害を加えないと!!」
「……っ、こんの……ッ」
「言えッ」
「……ッ。あ、ああ……言う。のののの姉妹には、もう危害を加えようとはしない……。もちろん、お前にも……」
口約束なんて信用できないが、このまま話を続けていても埒があかない。
押さえていた力を緩める。
「クソッ。いくぞお前らっ」
「うっす……」
「……っつつ」
庄司先輩と男たちは千鳥足で去っていった。
瞬間、ドサっと力が抜けたように尻餅をつく。
「涼夜!」
「スーくん大丈夫!!」
乃寧と希華が心配して駆け寄ってくれる。
僕は申し訳なさを感じ、俯く。
「2人が危なかったとはいえ、暴力で解決するなんて……ごめん」
乃寧と希華に何かあったらと思った瞬間、急に力が湧いてきた。火事場の馬鹿力とでも言ったところ。
しかし、暴力ではその場凌ぎの解決しかできない。恨みを買い、また2人に危険が襲いかかるかもしれない。
そもそも、こういうのに解決策なんかないかもしれない。何をやっても、結局は——
そう考えていた時、柔らかいものに包まれた。乃寧と希華が抱きしめてきたのだ。
「ありがとう涼夜。私たちを守ってくれて」
「っ……」
お礼の言葉に胸が熱くなる。
次に希華。
「どんな方法だとしても、スーくんが止めてくれなかったら、私たちは……ううん、私はトラウマが再発してもう外に出られなくなってしまったかも。だから自分を責めないで」
「そうよ。悪いのは全部あっち。私たちの関係に不満を抱くにしても、心の中に留めず、邪魔しようとした。それだけじゃ収まらず、こうやって呼び出して暴力を振るった。そんなの、暴力以外でどうやって解決するのって話」
「もし、まだ後悔しているのなら、それは私たちにも責任があるよ。そもそも私たちが原因でスーくんが呼び出されたんだから」
「いや、2人は悪く——」
全肯定してくれる乃寧と希華に、意見しようとしたが、乃寧が自分の人差し指で僕の唇に押し付け、言わせてもらえなかった。
「はい、ここで言い合いは終了。このままじゃ日が暮れるまでどっちが悪いか話してそうだわ」
た、確かに……。
話が一旦終わったので、僕は2人に手を貸してもらいながら起き上がる。
「スーくん大丈夫? 怪我は……」
「うん、大丈夫だよ」
お腹だったので、大した傷はないだろう。
「うちで手当てでもしましょうか。……もちろん、お礼も」
耳元で囁かれたその言葉に、よからぬ事を考えてしまった僕は、毒されているかもしれない。
「んで結局、俺たちの出る幕はなかっな」
「まぁこれが一番理想の終わり方だけどね」
抱き合う3人を見守る男女がいた。翔吾と柚子だ。
「理想の終わり方……確かにそうだな」
「おや、翔吾なら俺ならもっと早く解決できる! とか言うと思ったんだけど?」
その言葉に翔吾はニヤリと笑う。
「親友が男見せるって本気の瞳で頼んできたんだ。それを邪魔するのはただの友情ごっこだからな。もちろん、何か危害を加えたのなら、裏でボコボコにする予定だったが」
「結局、ボコボコにするんだ」
「おうよ、親友がやられたら倍返し……てな」
そんな友を心配する会話をしながら、2人は一足早く教室に戻った。




