後ろの女に毒は通じない。ううん、そうじゃない。敵対するより溺愛しろ
放課後、僕は日直だった。いつも一緒に帰っていた翔吾に先に帰っててと言い、ペアの子と軽く掃除。日誌も書く。
最後に僕が職員室に日直日誌を届けて出ると、乃寧と希華が待ち構えていた。
「一緒に帰ろっ」
「一緒に帰るわよね」
待ってましたとばかりのお出迎え。
「もちろん帰るよ。2人とも待った?」
「全然」
「このくらい平気よ、だって私たちは勘違いを解くために何年かかった思ってるの?」
それを言われたら、もう頷く他ない。
チラッと希華を見る。
昼間のアレが衝撃的すぎて忘れられないのだ。
人が多い学食。テーブル下のと言えど、僕の下半身をふくらはぎで刺激し、キスマークに上書きするように軽いキスを落す。
今思い出しても、誰かに気づかれていたんじゃないかとドキドキしている。
「スーくん、そんなに見られると、恥ずかしい……」
「あっ、ごめん……」
知らず知らずのうちにガン見していたようだ。
萌え袖のまま口元をおさえて、かあぁぁと頬を赤らめる希華。視線はそっぽを向いていた。
あれ? 昼間のあの変わりっぷりはどこへ……。
「はいはい、イチャイチャもそこまで。人目も集まってきたし、早く帰りましょう」
ほんとだ。まだチラホラ残っていた生徒たちがこちらに注目している。
「帰りも仲良く行きましょうか」
乃寧が右の腕を組む。
「わ、私もっ」
張り合うように希華が左の腕を組む。
二の腕にその豊満な胸を押しつけられ、自然と背筋が伸びる。
「もちろん、キスマークを見せ散らかして野次馬たちを蹴散らすのもいいわよ」
「それは……勘弁かな」
僕は苦笑を浮かべながらもそのまま歩き出した。
靴箱へ向かう途中、保健室がある方から歩いてきた美咲を発見。2人に、ちょっとだけ、と頼み、駆け寄る。
「美咲! もう歩いてよかったのか?」
「やぁ涼夜。うん、痛みも引いたし、幸いそんなに大きな捻挫ではなかったそうだ。先生からもオッケーもらったしさ、大丈夫だって」
「ならいいけど……」
「またそんな心配そうな顔をする。念には念をということで、ちゃんと迎えを頼んであるよ。駐車場までは歩きだが」
うん、それならもはや安心だ。
美咲の奴、また僕が心配するのを見越してこうしたんだな。
すると、美咲は僕の後ろを興味深そうに見た。
「こんにちは、乃寧さん希華さん。お話するのは初めてだよね」
「ええ」
「……はい」
「僕のことは知ってるかな? 美咲柚子って言うんだけど……」
「もちろん知ってるわ。涼夜がお世話になっているもの」
「それは良かった。希華さんもかい?」
「……」
「おや? どうやらまだわたしには心を開いてくれてないようかな。まぁ今後よろしくね」
美咲は手を振り、別れを告げる。
とにかく、大した怪我にならなくて良かった。
「随分と落ち着いたカッコいい人ね」
「それで女子に人気があるからね」
美咲はいい人だから、2人にも仲良くなって欲しいと思う。
「じゃあここで」
マンションの前に着き、2人とはお別れだ。
「昨日は泊まらせてくれてありがとう。凄く楽しかったよ」
キスマークを付けられた後は、3人でトランプをしたり、ゲームをしたりと遊び尽くしていつの間に眠っていたという状況だった。
「また泊まりに来てね」
「うん。今度はたくさん遊び道具やお菓子を持ってくるよ」
幼い頃の会話と同じ。この当たり前を僕らはしばらく忘れていた。
双子姉妹と反対方向に足を進めようとした時だった。
「待って涼夜」
「ん? なに……」
振り返った時、ふわり、とした優しい感触。乃寧が抱きついてきたのだ。
「の、乃寧?」
「お姉ちゃん……!?」
希華にとっても予想外の行動なのか、驚きの声が聞こえる。
「ほら、希華もおいで。3人一緒にギュッてしましょう」
乃寧が片側を空ける。
同じく希華も僕の胸に抱きついた。
「今日1日お疲れ様。涼夜と自由に接することができて、凄く嬉しかった。まるであの頃に戻ったみたいに。本当は迷惑にならなように、登下校は控えるべきだと思うの。でもね……もう一度、貴方とこうしていれる当たり前が嬉しくて……」
「乃寧……」
「お姉ちゃん……」
あまりにも突然の言葉。そして胸を締め付けられる。
「私も、私もスーくんと学校で話せて、関われて楽しかった。一瞬、夢かなって思ったけど、こうやって3人で抱きしめあって、また戻れたんだなーと感動しちゃった」
希華は端に光るものを浮かべながら言った。
2人がこんなに僕と一緒にいるのを喜んでいるのに、それに比べて僕はどうだ。周りから自分がどう思われているかビクビクしながら気にして……。やっぱり2人に迷惑掛けていたのは僕の方だ。
「僕もまたあの頃みたいに繋がれて嬉しいよ。もっと2人と居たい。乃寧と希華の隣を堂々と歩けるようになりたい。そう強く思った」
僕らはウンウンと頷き合い、ぎゅっと抱きしめ合った。
お互いにお互いを確かめ合い、温かい気持ちになって僕は家に帰った。
——夜
乃寧と希華はいつも通り、隣り合って寝ていた。
「ねぇ希華……起きてる?」
「起きてるよ、お姉ちゃん」
「……眠れない?」
「眠れないよ。お姉ちゃんも?」
「ええ、驚くほど眠れないわ。まだ信じられないもの。私たちがもう一度、繋がり合うなんて」
「……うん、そうだね。信じられないよ。空白の数年間、お互いがお互いに相手のためだと思って遠ざけていた。でも違った。私たちは彼に嫌われた訳じゃなかった」
「ええ、そうね」
天井を見つめ、言葉を交わす乃寧と希華。
話は続く。
「嬉しすぎて、空白の時間を急いで取り返そうと大胆になったものね。2人して理性が飛んで……。アレを間違いとは言わない。けれど、2度目は《《まだ》》できない」
「お姉ちゃん……?」
話の流れが、惚気から意味深なものへと変わる。
乃寧が寝返り、疑問げな希華と向き合う形になる。
「希華、貴方私が滝谷くんと話している時、涼夜にちょっかい出したでしょ」
「ゔっ……だって、スーくんが取られるのが嫌だったから」
「嫉妬に支配された希華は私より凶暴なんだからそこのところちゃんと自覚するのよ」
乃寧は全く、と言いながら優しい口調で話す。
「気持ちは分かるわ。私たちは涼夜のことが好きで好きで堪らない。他の女に渡したくない。匂いも身体も全部……全部私たち色に染め上げたい。あわよくば、自分たちの目の届く範囲に置いておきたい。……希華もそう思でしょ?」
乃寧は静かに頷く。
「こうやって彼とまた繋がれた今、私たちは幸せの絶頂にいると言っても過言ではない。でもね、彼の空白を支えたのは私たちじゃない。彼女たちなの。分かる、希華? ……それは認めたくない事実かもしれないけど」
乃寧は目を逸らす。
その事は希華も分かっていた。
好きな人を支えたのは別の誰か。
当たり前だ。遠ざけていた自分たちが支える事は不可能。
恋を忘れられず、いつも遠目から涼夜を眺めていた希華だって理解してる。
「うん、そうだね。悔しいけど……」
「そうね。悔しいわね。でも涼夜だって私たちとまた繋がれて嬉しいって言った。それは紛れもなく本心だと思うの」
「うん……」
「お互いに居たいから一緒にいる。私たち3人はそれでいい。けれど、周りは知らないからそれに横槍を入れる。つまりどういうことか分かる?」
乃寧は頭を巡らせる。すぐに答えは分かった。
「あの頃とまた同じ……」
「そう。幼い頃、どうすることもできず遠ざけるという解決策しか思いつかなかったあの頃と同じ。今、まさに同じ試練が私たちの前に立ちはだかっているの」
ここで話が一旦途切れ、静寂が訪れる。
その間、昔の記憶が走馬灯のように流れる。
『お姉ちゃん、スーくんと離れるなんて嫌だよ……嫌だよ……』
『私も嫌だよ、嫌……。けれど、これしか思いつかないの。私たちも遠ざかることによって彼のためにもなるの』
震える声で、涙を流し、決断したあの頃が。散々悩まされたあの頃が。
「でも不思議なの。私、涼夜をもう離さないって自信がある」
乃寧の瞳は自信に溢れたモノだった。そしてそれは希華も……。
「私も……私もスーくんがもう離れるなんて想像がつかないよ。不思議だね」
乃寧と希華はそっと手を繋ぎ合う。まるで意思疎通を図るように。
「私たちのそのままを、愛を、彼にぶつける。どんだけ好きで好きで堪らないか、分からせてあげる」
「あの優しさと無自覚が、少しでも独占と嫉妬に変わるように、じっくりと……」
言い終わると互いに笑う。
2人に迷いは無かった。解決策などという、1つの答えを出す必要もない。
「そうと決まれば……」
乃寧はゴソゴソとベッドの下を手で漁る。
「あった……」
「それ、捨てないとダメ?」
「だーめ。2度目は彼から直接貰うんでしょ。もちろん許可アリで」
「そうたけど……せっかくの貴重なモノなんだよ? いざと言う時の切り札にも使えるし……」
「そうね。強力な後ろ盾がある事はいい事だけど、それじゃあ歯止めが効かなくなるでしょ? 大丈夫、私たち2人の愛が伝われば彼は落ちるわ。それからは3人でどこまでも堕ちましょう」
乃寧は、水風船のようにたぽっと膨れたソレを、ベッドから少し離れたゴミ箱に、ポイっと投げ捨てた。




