第6話 記憶消去
支配者の暗示が返答を待つ相手である轢き逃げの暗示は焦りを感じている。
もし返答を間違えれば殺されかねないと言う恐怖。
マスターを見殺しにできないと言う罪悪感。
「どうしたの〜? 早く言いなよ〜」
焦らせてくる可愛らしい彼女の笑顔。
それは悪魔の笑みであり、油断すると消されるのは確実だ。
「もしマスターの居場所を吐いたら、マスターを殺すのか?」
恐怖で喉を震わせながら放たれる質問に、支配者の暗示は首を横に振り、否定の姿勢をとる。
「支配者の暗示はそんなことしないよぉ。救いの暗示も主人公狩りをしてるんでしょ? ダメだよ〜。主人公は主人公と仲良くしないと〜」
左手を腰に当て、人差し指を立てながら右手を横に振る。
主人公狩りと呼ばれる行為は管理人にとって予想外の行動である。
そのため彼女は頭を悩ませていた。
本来主人公は人を殺すためにいるのであって、主人公同士で争うためではない。
「私は救いの暗示と会えて本当に良かったと思ってる。でも人を殺させるなんて間違ってる!」
ヒメの友達との出会いの喜びと人殺しを否定する発言に支配者の暗示の視線がこちらに向く。
「主人公狩りをしてるマスターのあなたが言えたことかなぁ〜。主人公だって生き物なんだよ〜。救いの暗示だけいれば良いなんて、都合良すぎるんじゃないかな〜」
正論で返され、悔しさで表情を歪ませ、歯をくいしばる。
「あなた達みたいにわがままな考え方はマスターさんも私も望んでないの〜。戦う前の礼儀なんて誰が始めたのか知らないけどね〜。そんなのないからさ〜、ねぇ、こんな戦いやめようね〜」
可愛らしい声と口調で言い放たれた命令。
従わなければ死が待っている。
そう思わせるほどその笑顔の威圧感は主人公2人を凍りつかせた。
その時、主人公狩りを専門とする主人公である白いワンピースを着た短い黒髮の少女は戦況を見極めていた。
彼女の名は減少の暗示、なぜ支配者の暗示の圧倒的な能力が効かないのか?
(今の私は誰にも気づかれません。このまま轢き逃げの暗示を消してしまいましょう)
減少の暗示の能力、それはすべてを0まで減少させると言う物。
能力範囲に入れば確実に敵を仕留めることができる。
その理由は〈存在〉と言う概念を0にすることで、相手がそもそもいなかったことにもできる。
記憶すら残らないため、いくら支配者の暗示でも管理は不可能。
管理人と主人公を生み出している者が違うため、支配者の暗示にも情報伝わっていない。
伝わっていたとしてもその記憶はなかったことにされる。
まさに減少の暗示の独壇場なのだ。
(これはすべてパパのため。消えていただきますよ)
ゆっくりと轢き逃げの暗示に近づいていく。
確実に迫り来る減少の暗示の魔の手。
範囲に段々と入っていき、彼の〈存在〉を減少させる。
消すのには少々時間がかかるので、ここで油断はしてはいけない。
もしここで見つかれば、即座に能力を使われ、動きを封じられる。
それは絶対にあってはならない。
そんなこととはつい知らず、轢き逃げの暗示は「分かった。言う」と白状した。
「俺のマスターはここの近くの公園で待ってる。だから頼む、マスターだけは」
「分かってるよ〜。じゃあ私は轢き逃げの暗示のマスターのところに行って主人公狩りをやめる様に言うね〜」
そう軽い口調で彼女はそう言うと、指を鳴らし、能力を解除すると、すべてのものが〈静止〉から〈起動〉になる。
「じゃあね〜」
次元の裂け目を開き、中に入ると、段々と閉じていき、この場から消えてしまった。
捻じ曲げられた反発は凄まじく、すべての車のタイヤはパンク、パトカーは有らん方向に吹き飛ばされ、救いの暗示の全身の筋肉が悲鳴を上げる。
あまりの激痛に彼女はヒメを支えきれず、膝から倒れ込み、気絶してしまった。
ヒメはアスファルトの道に転がり、痛そうに腰を摩ると、〈救いの殺人〉に友を戻す。
主人公はマスターが持つ〈〇〇の殺人〉に戻すことで、体を修復することができる。
丸一日かかるが、救いの暗示を死なせるなんて絶対にできない。
「それにしても、なんでこんなすごいことになってるの?」
不思議そうに現状を見つめていると、減少の暗示が達成感で笑みを浮かべながら左を通り過ぎていく。
轢き逃げの暗示の〈存在〉が消えたため、残ったのは。
そう、惨劇の爪痕だけだった。
誰がこんなことをしたのか、〈存在〉を消された犯人に問いかけるどころか、気づくことすらできない。
そんな中、警察官が現場検証を始める。
しかしそれは無駄な行為だ。
この世界にこの事件の犯人は存在しない。
つまり矛盾が生じる。
おそらく警察は未解決事件として扱うだろう。
この事件からヒメは主人公狩りをやめた。
これ以上救いの暗示が傷つくところを見たくない。
そんな想いが彼女にはあった。
その後被害者の1人として警察官に情報提供を呼びかけられ、ウソを吐いた。
真実を言ったところで信じてはくれないだろうから。
帰宅すると母に遅く帰ってきたことを叱られ、経緯を説明したのち、自分の部屋に無事に到着するのだった。