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魔王と勇者

この作品は暴君ののじゃロリ魔王さまが好き勝手に暴れたり恋したりする様子を眺める紳士御用達の作品です。

紳士である読者さまが楽しんでいただけたら、これに勝る喜びはありません。

「みんな、行くぞ。これが最後の戦いだ!」


 青年の声が、暗い城内の中で木霊する。それはここまで苦楽を共にしてきた仲間を奮い立たせるために、同時にこれから挑むであろう最大の敵に自らの心を昂らせるために。

 これまで幾度とあった絶体絶命の危機。それら全てを先頭に立ち切り抜けてきた青年の言葉に、共についてきた三人の仲間たちの瞳には決意の火が灯る。

 燭台に灯された蝋燭だけがほのかに照らす薄暗い空間は不安が波となって押し寄せてくるが、多くの苦難を乗り越えてきた彼らには決意の火をくべる薪でしかない。

 もはや彼らに恐怖はなく、あるのは溢れんばかりの勇気と希望のみ。

 武器を握る手に力を込めて、先頭に立つ青年は玉座へと続く門を開けた。


 ──そこは、常人であれば荘厳な威圧感に押し潰される程の空間であった。


 希代の巨匠がその一生を費やして創り上げたかのような圧巻たる意匠を凝らした黒曜石の壁や柱は空間を彩り、天井一面には壮麗な油彩画が広がっており、王冠をかぶった髑髏の王に跪き慈悲を乞う民衆の姿が描かれている。

 その空間の最奥には、滴る血のような真紅の布で覆われた純金の玉座が存在を示していた。

 荘厳にして美麗。この世ならざる意匠と贅を凝らしたこの広間に常人が一度入れば、その威圧感に身を屈するか気が触れてしまうだろうが、青年たちは臆する事はなかった。


 ──しかし目の前には、厳粛たるこの空間を超える程の威圧感が、黄金の玉座に腰を下ろしていた。


 それは、一人の髑髏の王であった。

 まるで夜そのものを織り込んだかのような漆黒の天鵞絨(ビロード)より織られた法衣を身に纏い、神の国たる天上から簒奪したかのような色とりどり鮮やかな宝石や貴金属で身を彩る。

 普通であれば宝石の輝きに負けてしまうが、その圧倒的なまでの存在感によって至高の宝石たちもただの引き立て役にしかならない。


 そして何より異質なのは、その身体(からだ)

 肉という肉は付いておらず、皮膚すらもない。その身体は完全な白骨と化しており、眼窩の奥には見る者の心を奪うような赤黒い妖しい光が輝いている。

 畏怖と畏敬の権化たるその者は、気怠げに黄金の玉座に座して頬杖をついてこの空間を支配している。


「──来たか。勇者どもよ」


 それは嗄れた老人のような、逞しい男性のような、鈴が転がる女性のような、言葉を発して間もない幼子のような、聞くだけで人を惑わすような何層にも重なった不可思議な響きの声だった。

 死の具現と化した異形から発せられる、恐怖をそのまま形にしたかのような言葉。それは泥のように彼ら体の中を侵し、極寒の凍土のように凍てつかせる。

 誰かが短い悲鳴をあげ、膝が震え指先の力がなくなり、蝋燭の火の如き希望を容易く消し去ろうとする。


「ようやくここまで来たぞ魔王! 人々の平和のために、貴様を討つ!」


 しかしその闇を払うは、人々の希望の象徴たる勇者と呼ばれし青年。

 神官たちが祈りを込め聖剣と化した剣の、その切っ先を魔王に向ける。

 この者を滅ぼせば、全ての争いが終わる。魔族との闘争は終わりを告げ、人間たちが平和に暮らせる世が始まる。平和を目前とした彼に、恐怖を理由に折れる事はできない。

 いまだ玉座にて頬杖をつき余裕とした態度の魔王に先制をかけるべく、地面を思いきり蹴り一息で魔王へと迫る。


「──〈煉火〉(レンカ)

「っ!?」


 疾風となった勇者は魔王の懐へと潜り、胴から斬り上げようとしたが、勇者の眼前には白骨化した指。そこから煉獄の黒い火が渦巻き、勇者を焼き尽くそうと襲う。

 しかし驚きも束の間、勇者は即座に横に飛び退く事で黒い火を回避する。

 その出来事はまさに数瞬。故に他の者は完全に恐怖から脱却できておらず、それが命運を決定づけた。


「ぇ……」


 とんがり帽子をかぶった少女が最期に発した言葉は、言葉ですらない小さな呟きであった。

 気が付けば目の前に黒い火が、それに触れてしまった少女は悲鳴も上げる事すらできず、一瞬にして黒炭となって床に小さな山を築いた。熱も痛みすら感じなかった事が、せめてもの救いだろうか。


「メル? どこにいったんだメル? おい……」


 あまりにも一瞬で起きてしまった悲劇。それに理解が追いつかず、重厚な鎧を身にまとった騎士の青年はとんがり帽子をかぶった少女の名を呼ぶ。

 しかし当然、その声に応えてくれる者は既にこの世におらず、あるのは床に積もった彼女だった(・・・)灰のみ。


「そん、な。そんな……貴ッ様ぁぁぁ!!」

「待てトール!」


 あまりにも呆気ない、仲間の死。

 どのような苦難も乗り越えて、絆で結ばれたはずの仲間の、なんて呆気ない最期だろうか。

 トールと呼ばれた騎士は瞳に涙を溜め、憤怒の表情と獣のような怒号を発しながら魔王へと斬りかかる。


 魔王は知らぬであろうが、この二人の間には仲間を超えた感情があった。

 奔放な性格の彼女と、生真面目な性格の彼は共に相性が悪く。事あるごとに衝突を繰り返していたが、この旅路で積み重なった時間と苦楽を共にした事で、お互いにいつしか惹かれあい、この旅が終われば一緒に家庭を築く約束もしていた。


 そんな幸せな未来の、呆気ない終わり。恋人の死を目の当たりにした彼は騎士の矜持など捨て、ケモノのように魔王へと復讐の刃を振り下ろす。


「騎士の矜持を捨て獣性に身を任せる姿は好いが、些か喧しいのう。〈冥氷〉(メイヒョウ)

「きっ!?」


 しかし、復讐では絶望を乗り越えられはしない。

 脳天を叩き割る勢いの剣をいとも容易く指で掴んで止めてみせた魔王は、別の魔法を発動させる。

 窓もないのに魔王の足元から凍てつく風が吹き荒び、一瞬にしてトールの足元が凍りついた。

 それだけではなく、トールの足元を覆う氷は上へと侵食していき、盾で砕こうにも砕くそばから新たな氷が出現していく。

 体表と同時に体内すら凍らせる魔法はやがてトールの肺をも凍り付かせ、呼吸が不可能となったトールは凍死するよりも前に窒息して息絶え、そのまま砕け散った。


「そんな、トール……魔王貴様は……っ」

「わしを滅するつもりじゃったのだろう? ならばお主らが滅されても仕方なかろう?」

「黙れっ、仲間の死は悲しいが、彼らの死は無駄にはしない! 必ずや貴様を倒してみせる!」

「ほほう、わしを滅するとな? では存分に踊ってみせるがいい」


 勇者の尚も折れぬ心に喜悦の声音をあげて、魔王は空中にいくつもの魔力弾を形成する。自身の魔力を練り固めるだけの、魔法とすら呼べない強引な技法。

 しかしこの世の全ての魔法を操り、無限に近い魔力を保有している魔法が行えば、それは一撃で絶命に足る凶器へと変わる。


 その髑髏の顔に肉が付いていれば悦びで口が裂けているだろう喜悦を声に滲ませ、魔王は空中に浮かぶ魔弾を勇者に射出する。

 風よりも疾く、槍よりも鋭い魔弾は敵対者の肉を貫こうと勇者に殺到する。

 しかし風よりも疾く駆ける勇者は押し寄せる魔弾を回避し、時には剣で斬り伏せ、魔王へと迫る。


「好いぞ、面白くなってきたのじゃ。もっと踊ってみせるがよい」

「うおぁぁぁ! 魔王ッ!!」


 吠える、咆哮する、絶叫する。当たれば必死の魔弾の雨の中を疾駆しながら、勇者は魔王が座る玉座へと迫る。


「我が聖剣の一振りを受けるがいい!」

「優しい攻撃だのう」


 光り輝く聖剣の斬撃、しかしそれを魔王は指で弾く。

 それに動揺する事もなく次々と全霊を込めた一撃を繰り出すが、その全てをまるで埃を払うかのように容易く弾いていく。


 決して勇者が弱いわけではない。

 勇者とは人間たちが誇る最高戦力を示す名であり、最強の証。故に勇者とは人々の希望たり得る存在なのだ。

 その証拠に、魔王が座る玉座の後ろには、弾かれた勇者の斬撃が幾重にも刻まれており、深い傷跡を残している。

 防御を許さぬ絶命の一振り。相手が魔王でなければ、この一振りで勝負がついていただろう。


 だが、勇者(希望)では魔王(絶望)を超えられない。

 たしかに両者は相反する両極の存在だが、勇者の対峙する絶望は最早世の理では計れない。まさに桁が違うのだ。砂つぶ程度の白の絵の具を垂らしたところで、バケツに溜められた黒の絵の具を塗り潰す事はできない。

 逆に、(希望)(絶望)に染め上げられる。


「飽きたの。今までの勇者と比べて中の上といったところじゃが、それなりには愉しめたのじゃ。〈塵ニ塵ニ〉(ダスト・オブ・ダスト)


 振り下ろされる聖剣を右手で掴むと、この戯れに飽きた魔王は終わりを告げる言葉と共に呪詛を呟いた。

 それはあらゆるモノを塵へと帰す禁忌級の呪い。

 最高位の神秘を纏っていた聖剣は塵へと崩れ、勇者の手も塵へと帰っていく。

 この呪いを退く術は皆無。魔法そのものが強い呪詛を帯びており、この呪いを解ける魔法を扱える者は生態系の頂点に君臨する龍種か、それらと同等の存在。加えて魔王がこの呪いを放ったとなれば、それはもう魔王本人しかこの呪いは解けない。

 となれば、この死を免れる事は不可能。

 自らの死期を悟り、最後まで決意の火を灯していた勇者の心は折れた。

 人々の平和のためという崇高な願いを手放し、後ろにいる最後に残った仲間に振り向く。


「マリア、ごめん。必ず生きて帰ろうって約束したのに、守れなかった。どうか君だけは生きて────……」


 勇者が最期の言葉を言い切る前に、呪いが全身へと侵食し勇者の体は塵へと帰った。

 後に残るのは、灰となった少女、砕けた氷片となった騎士、塵となった勇者、そして床に座り込む聖女。

 勇者がマリアと呼んだ少女は聖女と人々に呼ばれ、勇者を支え癒しの力を持つ。その献身的な姿勢は勇者の心の拠り所となりいつしか勇者の心はマリアに惹かれていた。


 そのマリアはというと、床に座り込み茫然自失の状態となっていた。

 悍ましい姿の魔王を見た瞬間、眼窩に渦巻く赤黒い妖光に射抜かれ、真っ先に彼女の心は折れ戦意を喪失した。

 それが幸運であったのか、またはここまでの旅路で支えあってきた仲間の死を目の当たりにする悲劇であったのか、ともかく彼女は既に魔王の意識から外されたおかげで、こうしてまだ生き永らえる事ができていた。


「……どうした娘よ、いつまで呆けているつもりじゃ?」

「ひっ」


 その姿を興味深そうに見つめながら魔王が声をかけると、マリアは短い悲鳴をあげた。

 そして次は、自分に死が降りかかるのだと思い更に恐怖で身を縮ませる。


「貴様の仲間とやらは見ての通り滅した。して、お主はどうするつもりじゃ? 亡き仲間の仇をうってみせよ」

「わ、わた……わたし、は……」


 声を出すのが苦しい、呼吸がままならない、脚にまったく力が入らない。

 たしかにここは、死した仲間たちを弔うために立ち上がるべきだ。己が死を顧みず、強大な悪を討つべきだ。


 しかし、戦うという選択肢は最早なかった。それほどまでに彼女の心は完全に折れていた。

 恐怖を乗り越え死など恐れていなかったはずなのに、今や彼女の心を占めるのは生の執着のみ。ただひとすら死にたくなく、生きたいと願っていた。


「つまらぬ。少しばかり気骨を見せるかと思うたが、なんとも興醒めな終わりじゃ。貴様など滅する価値もない。……エアル」

「はい、お側に」


 立ち上がれぬ少女に興味の光を無くした魔王が名を呼ぶと、魔王の傍らにメイド服を着た美しい女性が控えていた。

 星明かりのような美しい銀髪を首元まで短く切り揃え、右には三つに編み込んだ髪を胸元まで垂らしており、頭部には魔族の証である白い角が二本。

 外見から察する年齢は二十代のようで、女性として完成された美しさを持っており、あまりにも整った顔立ちや体つきは、一種の作り物のようにさえ感じてしまう。

 主である魔王より二歩後ろに下がり、魔王にエアルと呼ばれ静かに佇む女性は、この城のメイド長である。

 本名、エアル・レメゲトン。

 魔王の身の回りの世話から雑用まで、城で働く七十二人の使用人の全てを統括している、いわばこの城のナンバー2。ちなみに彼女一人で、勇者たち四人を相手に勝利を拾えるほどの猛者である。


「この小娘はもういらぬ、適当に城の外まで連れ出せ。わしは暫く寝る」

「かしこまりました。ではご就寝前に温かいミルクをお持ちします」


 エアルが指をパチンと鳴らすと、座り込んでいたマリアの景色が歪んだと思うと既にその場に聖女の姿はなく、戦いによって傷ついた壁の傷もみるみる修復されていく。

 彼女が得意とするのは時空を操る魔法。

 マリアを城の外の空間へと飛ばし、壁の傷は時間を逆行させることで無かった事にしている。

 やがて城の全てを元通りにした彼女は、自身の周囲の空間を歪め主に渡すホットミルクを作るために厨房へと転移した。


「さて、次の勇者(オモチャ)は何年後に来るかのう?」


 誰もいなくなった空間に響くのは静寂。

 残され玉座に座っていた魔王はそれだけを呟くと、眼窩に渦巻いていた光が消え、ただの骨(・・・・)に戻った頭骨が、カランカランと床に転がり落ちるのだった。

のじゃロリ魔王さまだと思った? 残念、のじゃロリは次からです。

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