摂政戦記 0084話 他国の動向④⑤⑥
【筆者からの一言】
一気に三ヵ国。サクサク行こうぜ!みたいな。
1941年12月中旬 『ソ連 モスクワ クレムリン』
祖国全土が描かれた地図を前にスターリン首相は眉間に皺を寄せていた。
言葉も無いではなくて言葉はいらない。言葉に出したところで何が変わるわけでもない。
言葉を口にするのは無駄なエネルギーを消費するだけだ。
戦況は良くない。
ドイツ軍は予想以上に強敵だ。
モスクワ前面にまで迫って来ていたが、何とか我が赤軍は持ち堪えモスクワを守り通す事に成功した。
シベリアの部隊を投入できなかったら危ない所だった。
これも日本が動かなかったおかげだ。
日本に築いたスパイ網は役立っている。このスパイ網から日本が動く事は無いと言う情報が齎されなければ、シベリアの部隊を動かすのはもっと遅くなりモスクワは陥落したかもしれない。
それに日本はアメリカと戦争を始めた。
暫くは我が方には目を向ける事もないだろう。
だが、気になるのは日本がアメリカに使用した特殊兵器だ。
日本にいるスパイからあれは原子爆弾なるこれまでにない強力な兵器だとの報告があった。
あれは威力が大きすぎる。
危険だ。
あれをもし我が国に使用されたなら、我が国の歴史は終わってしまうかもしれない。
今の所は南方への進出とアメリカ本土で日本も手一杯だろうが、何れは決着がつくだろう。
そして次に目を向けるのは我が国となる筈だ。
その前に何か手を考えなくては。
今年の4月に我が国と日本は5年間の中立条約を結んだばかりだが、あてにはできない。
どうしたらいいのか……
ドイツの攻勢を食い止めるだけでも大変だと言うのに……
一国の行く末を背負うスターリン首相の苦悩は深かった……
スターリン首相は知らない。
日本に築かれたスパイ網は逆利用され日本に都合の良い情報が流されている事を。
原子爆弾についても敢えて情報が漏らされている事を。
日本を動かしている人物の手のひらの上で躍らされている事を……
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1941年12月中旬 『スペイン 首都マドリード 首相執務室』
これは決断しなければならないかもしれない。
スペインの指導者フランコ将軍は執務室で、これまでに入って来たアメリカの状況を分析し、大きな溜め息をついた。
デスクにある引き出しの一つから酒とグラスを取り出し、酒を注ぎ少しだけ口に含む。
アメリカの状況は非常に悪い。
これは日本が圧勝してしまうかもしれない。そう思わせるほどアメリカはボロボロだ。
戦争はしたくない。
スペインは未だ内乱の痛手から立ち直っているとは言えない。
100万人が内乱で死に、その後の物価高と不景気はスペインを苦しめている。
だが、しかし……
内乱を勝利できたのはドイツとイタリアのおかげでもある。
それでも、昨年の夏以来、度々イタリアの在スペイン大使が参戦を要請して来ても断っていた。
約1年前にヒットラー総統と会った時も参戦の言質は与えなかった。
この時は参戦の代償としてモロッコとアルジェリアを要求したブラフも効き、無理に参戦を促すような事は無かった。
ドイツもビシー政権との関係があるから要求を呑めないと思ったが、その通りだ。
どうやらヒットラー総統はドイツ、イタリア、スペイン、ビシー・フランスで地中海同盟を結成する狙いもあったようだが、その構想は潰れたようだ。
ただ、ヒットラー総統はスペインの参戦を諦めず、今年の初頭に再度の参戦要請をして来たし、親書を送って来て、その中で明確に私を責めている。
取り敢えず国内の経済状況が良くない事を返書に書き言い訳をしておいたが。
しかし、こうまでアメリカの状況が悪くては……
それに日本が使った原子爆弾。
あれは我が国で造れないものか。
あの原子爆弾は強力だ。
これは枢軸同盟は意外と早く勝利してしまうかもしれない。
ヒットラー総統は去年の会談以来、私に不満を持っているのはわかっている。
ムッソリーニ首相に私への不満をもらしたという話しが入って来ている。
一応、独ソ戦で義勇兵を派遣してはいるが、貢献度という点では今一つだ……
もし、枢軸陣営がこのまま勝利した場合、我が国の立場は……あまりよくないものとなるかもしれない。
ここは参戦を決めるべきか、まだ様子を見るべきか……
グラスの酒を飲み干しながらフランコ将軍はスペインの未来を思い熟考するのだった……
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1941年12月中旬 『フランス 首都ヴィシー 首相執務室』
これは……
ペタン首相は齎された情報を読み言葉も無かった。
入って来たのはアメリカの状況だ。
予想以上に酷い。
これはもうアメリカは立ち直れないのではないか……そう思わせるほどの被害が出ているようだ。
考え直さなくてはならないかもしれない……
フランスを生き延びさせる為にドイツに降伏し、今は協力体制にある。
だが、その一方ではイギリスとも密かに繋がりを保っている。
二股外交をしている状況だ。
ダカール攻撃事件というイギリス艦隊とフランス艦隊が戦闘した事件も起こったが、その裏ではスペインで何度もヴィシー政権の使者とイギリスの使者が会談を行っている。
ヴィシー・フランス軍がイギリス軍を攻撃せず、軍艦と植民地をドイツに渡さなければ、イギリスは戦後においてフランスの地位と独立を保障するという話し合いだ。
スペインでの秘密交渉は連合国が勝利した場合にこそ価値のある協定だ。
枢軸国が勝利すれば意味はなさない。
そして今、我がフランスはドイツの重い要求に苦しんでいる。
毎年払う多額の賠償金、一部は物納で処理され鉱物資源、小麦や食肉、ワインやその他の多岐にわたる物資がドイツに持っていかれている。
おかげでフランス国民の生活は苦しい。国民に家庭菜園や鶏の飼育を奨励しなければならないほどだ。
それにドイツの要請により熟練労働者をドイツに派遣して働かせている。
ドイツがあれだけ大軍を編成し戦争を続けていられるのは我が国が資金、資源、物資、労働者というあらゆる分野で協力しているからだ。
しかし、我が国にとり、あまりにもこの負担は重い。
この負担を軽くするには……参戦しかないだろう。
恐らくアメリカはもう立てまい。
アメリカがあんな状況ではイギリスも危うくなるだろう。
ならぱ、イギリスとの秘密交渉は意味をもたなくなる。
それより積極的に参戦しドイツ軍に味方し、それをもってフランスが受けている経済的負担を減らすようドイツと交渉した方が得策ではないのか……
だが、問題は我が政府内は親独派のラヴァルとダルランが権力争いを行い、日和見のボードワンがそれに絡み派閥争いをして分裂している事だ。
その上で、政府内の者は親独派よりも連合国派が多いねじれた政権となっている。
さて、どうしたものか。
私が決めれば皆ついてくるとは思うが……
しかし、本当にここでイギリスとの関係を切ってもよいものだろうか。
もし万が一、アメリカが日本との戦争を耐え抜き勝利すれば状況は……
いや、日本には他の国が持っていない原子爆弾という強力な兵器がある。
どうやらアメリカでさえまだ持っていない強力な破壊兵器。
我が国でもあれが開発可能かどうか科学者達に問い合わせたが、現状では不可能と言われてしまった。
何という恐ろしい兵器を造り出したものか日本は。
ここはやはり、二股外交をやめてドイツに全面協力して参戦し、経済的譲歩を求めるか……
いや、しかし……
ペタン首相の苦渋の決断は果たしてどうなるのか。
その結果が見られるのもそう遠い日の事では無かった……
【to be continued】
【筆者からの一言】
ビシー・フランスとスペインは史実とは違う道を選び枢軸陣営として参戦するのか?
無事に勝ち馬に乗る事ができるか!?




