摂政戦記 0082話 他国の動向②
1941年12月13日 『イギリス ホワイトホール 首相執務室』
チャーチル首相はモード委員会からの報告に眉をひそめた。
「つまり、完成にはまだまだ月日がかかるというのだね?」
そのチャーチル首相の問い掛けにモード委員会のジョージ・パジェット・トムソン委員長が肯定する。
「はい首相。現状では、どれだけ急いでもあと数年はかかるものと……」
大きく息を吐き出すとチャーチル首相はトントンと机を指で叩きつつ心情を吐露した。
「……我が国はあと数年も待てる状況には無い。既に日本は持ち使用しているのだ。我が国も是が非でも急いで持たなければ、この戦争で敗北するのは確実だ。原子爆弾とやらの威力はあまりにも大き過ぎる」
「承知致しております。しかし、非常に難しい技術でありますので……」
そのトムソン委員長の言い訳にチャーチル首相は顔をしかめる。
「ともかく急いで成果を出してほしい。原子爆弾の保有は国の命運に関わる」
「全力を尽くします」
一礼して部屋を出て行くトムソン委員長の後ろ姿を見ながらチャーチルは厄介な事態に陥ったと渋々ながら認めざるを得なかった。
大戦が始まった時、兵器の進歩について加速されるだろうとは思っていたが、まさか原子爆弾などというとんでもない大規模破壊兵器が登場するとまでは予想だにしていなかった。
しかも開発に莫大な資金がかかる。
ただでさえドイツとの戦いでは飛行機が足りない、戦車が足りない、軍艦が足りない、輸送船が足りないと、あらゆる兵器を増産しなければならず、それだけでも資金が足りないと頭を悩ませているのに、更に原子爆弾の開発にまで資金を充当しなければならない。
しかし、日本が既に原子爆弾を完成させている以上は、こちらも持たなければ不利は免れない。
日本がイギリスとアメリカ、オランダに宣戦布告して来た時、これで勝った、と思った。
アメリカを戦争に巻き込み味方に付ければ勝利は約束されたも同然だと思った。
だが、今は……
開戦初日から入って来るアメリカからの情報には驚かされてばかりだ。
港湾大都市の壊滅。世界有数の鉱山や巨大ダムの破壊。
大西洋艦隊と太平洋艦隊の両艦隊の壊滅。
そして港や内陸主要都市での戦闘。
日本は用意周到に戦争の準備を整えていた。
でなければ、開戦初日にあれだけの奇襲はできない。
日本を戦争か服従の二択に追いやっておきながら我々はどうだ。
ろくに警戒もしていなければ、戦争の準備も出来ていなかった。
これではまるで東洋に言う「虎の尾を踏む」ではないか。
何という事だ!!
最初は港湾大都市の壊滅など、何かの間違いではないかと思った。
しかし、それが現実だ。
日本が原子爆弾という特殊兵器を完成させ使用した事は、日本に送り込んでいたスパイからの情報だ。
間違いだと思いたかった。
我が国で原子爆弾の研究機関であるモード委員会に問い合わせたところ、委員会でも原子爆弾が使われた可能性が高いと見ている。
何という事だ!!
しかも我が国では原子爆弾の完成に、まだまだ年月が必要とされると言う……
資金的にも技術的にもアメリカをあてにしたいが、今入って来ている情報ではどこまであてにできるかわからない。
死者は数百万人を超え、避難民もやはり数百万人はいるらしい。
その対応でアメリカは今のところは精一杯というところだ。
おかげでこちらへの軍需物資の輸送は、現在、大西洋を渡ってイギリスに向かっている船団を除きストップしてしまった。
何れ軍需物資の輸送途絶は戦争遂行に支障を来すレベルになるのは間違いない。
その穴をどうやって埋める?
原子爆弾にどうやって対抗する?
それを思い悩みながらチャーチル首相はキューバ産の葉巻に火を付けた。
キューバのバティスタ大統領からの贈り物だ。
葉巻の名前はロメオ・イ・ジュリエッタ……英語での名前は「ロミオとジュリエット」
ロミオとジュリエットほど甘くはないが、まろやかの中に複雑な旨さがある。
だが、その葉巻の旨さが今は全く感じられない。
お気に入りの葉巻を咥えつつチャーチル首相は、果てしの無い泥沼に沈んでいくような気分を味わっていた……
【to be continued】




