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鞘当て三角形

3月14日の更新でござ。



またPCがおかしくなりました。

T社製は駄目ですね。

このごろ松之丞はすっかり歌舞伎にはまったようで、暇をもて余すと新三を引っ張り出掛けるようになっていた。

最近ではお気に入りの役者もでき、年の近い若い役者達とは友好を交わすようにもなっていた。

特に相山幸之助という役者とは仲が良く、顔を合わせては共に茶を飲むようになっていた。

これに新三は少し危機感を感じてもいた。

多くの若い歌舞伎役者というのは陰間(男娼)も兼ねており、幸之助も例外ではない。

しかし松之丞は男として振る舞っているが、その正体は女だ。

幸之助を客として買うことはない。


「まあ、そんなわけで幸さんとしてはどうなのかと」


松之丞が厠に行っている間に新三は直球で聞いてみた。


「また唐突ですね」


新三の突然の問いに幸之助は品の良い仕草で苦笑した。

その様に付近に居たお嬢さん達が魅了されたのか、頬を染めため息を吐いた。


「うん、まあ迷惑してるんじゃないかと思ってね」


周囲の様子を新三は気にしない。

見目麗しい幸之助が側に居るとこの程度は日常茶飯事なので、もう慣れた。


「はあ、迷惑ですか?」


「ほら、まつに付きまとわれてると客を取れなくて稼ぎが減るでしょう。そのくせして客になるわけでもない」


「ああ、なるほど」


得心がいったようで、幸之助が微笑を浮かべた。


「アタシは迷惑だなんて思ってませんよ。この世界、商売抜きに付き合える友人は貴重なんですよ。アタシとしましては松之丞さんや新三さんと一緒に居るときは良い息抜きになっていて、ありがたいくらいです」


「まつに客になってもらいたいとは思ってないと?」


「ええ」


首肯する幸之助に新三は密かに胸を撫で下ろし、すっかりぬるくなってしまったお茶に口をつけた。

松之丞の秘密を守るのも楽ではない。


「それに松之丞さんは女性ですしね」

「ぶーーー!」


吹き出したお茶が綺麗な虹となったが、それどころではなかった。


「何故、などとは聞かないでくださいよ。アタシは男より男らしく、女より女らしくを求められる世界の人間です。近くで見れば役を演じているかそうでないかくらい見抜けますよ」


「あ、あの幸さん……」


「ああ、ご安心ください。何か事情があるのでしょうと思い、誰にも話してません」


「そっか、ありがとう」


幸之助がいつから気付いていたのかは不明だが、どうやらずっと気を使われていたらしい。


「それにアタシはお客になってくれるなら新三さんの方が……」


「え゛?」


幸之助はそっと新三の着流しの裾を摘まむように握り、流し目を送った。

そんな仕草に周りのお嬢さん方が黄色い悲鳴をあげる。


「まあ冗談ですけどね」


たじろぐ新三にそう告げると、あっさりと幸之助は身を引いた。


「で、ですよね~」


「ふふ、新三さんがあまりにも女っ気も男っ気もないので、少しからかってみました」


「酷い! どうせ僕は一生独り者ですよ」


そう言って茶碗を煽る新三の様子に、幸之助は袖口で口元を隠して静かに笑った。


「まあ僕は色事に金使うくらいなら食い物に使うけどね」


「新三さんのそういう所、アタシは好きですよ」


すっと音もなく幸之助は新三との距離を詰めた。


「またからかって……」


「そんな新三さんに面白い話がありますよ」


「面白い話?」


「なんでも行商人が集まって色々と情報交換しているみたいで」


「それは別に珍しくないでしょう」


行商人は売れ筋の商品に敏感でなくてはやっていけない。

どこで何がどれくらいで売れるのかという情報を交換し合い、場合によっては協力して商いを行う。


「それが、なんでも越後の塩を取り扱っている人達だそうで」


「越後の? それがどうか……あっ!」


越後の塩売りとは上杉の忍の代名詞である。

そして上杉は吉良と親族関係にある事を新三は思い出した。


「幸さん、あんた……」


その動きをを新三に伝えるということは、幸之助は新三の素性を、主である池田久右衛門の正体を知っているということだ。


「商人には商人の情報網があるように、芸人には芸人の情報網があるんですよ」


「まいったな。山科だけならともかく、京の街中まで知られてるとは」


「池田様は一部の店では有名ですから」


どう有名なのかは本人の名誉のために新三は聞かない事にした。


「商人の方々が何を話し合っていたのかは、申し訳ないのですが不明です。しかし何やら不穏な空気だったらしく、近々何か起きるかもしれません」


「そうか。いや、助かった。何が起きても良いように備えるよ。ありがとう」


「いえいえ、他ならぬ新三さんの為ですから」


幸之助が熱っぽい目で新三の手を握ると、お嬢さん方が大騒ぎして卒倒する者もいた。


「冗談なんだよね!?」


「ふふふ」


「冗談だと言ってよ!」


そこへ間が良いのか悪いのか、用を終えた松之丞が戻ってきて仲睦まじい様子の二人を目撃してしまった。


「もしかして私は邪魔か?」


「邪魔じゃないからここに居て!」


幸之助と距離を取って間に松之丞を座らせたい新三であったが、幸之助が手を放してくれないので、仕方なく反対側の隣をバンバン叩く新三であった。


「新三、私は別に衆道を否定していないが、人前でというのは、どうかと思うぞ」


「激しく誤解だ!」


その後も新三は幸之助に冗談なのか本気なのか不明だが言い寄られ、その度に松之丞が変に気を回そうとして新三が焦るというのが周りに笑いを呼んだ。

後にこの時の会話を幸之助が若手公演の演目として使い、松之丞はすこぶる楽しみ、新三は顔を覆う事になった。

相山幸之助は大石主税(松之丞)の『お気に入り』の芸人だったそうです。

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