はじめ。
「姉ちゃん。……おい聞いてんのか、姉ちゃん、……ゲームに熱中しすぎる癖なおせって」
「んあー? どしたの源くん?」
「今日の晩メシなにがいい?」
「メンチカツ!」
「りょーかい」
「あ、源くんー」
「……どした?」
「できるだけ早く作ってね、もうお腹ぺこぺこでどーにかなっちゃう!」
「はいはい。ちょっと待ってろ」
「んー」
「あ、姉ちゃん」
「なにー」
「好きだよ」
「んー。……ん?」
「じゃあできたら呼ぶから。それまでにゲーム中断しとくこと」
「ん、え、お、おう」
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この頃ウチのおとうとがおかしい。
元より掴めないヤツではあったけど、この頃はそれに拍車をかけるような言動や行動ばかりだ。まあ厳密に言うと結構前からおかしな態度やらなんやらは見受けられた。でも最近特にひどい。
ーー露骨、というか。
勘違いされないように言っておくと、おとうとは変人ではない。今年成人を迎えた姉の私から見ても『デキる人』だ。顔立ちは良く成績も良く運動神経だって良く家事もなんなくこなし人望も厚い(多分)という良いとこづくめの完璧超人である。……掴めないけど。
そんな完璧なヤツでも事実上は高校2年生。思春期真っ只中だ。何か私にも理解らない複雑な感情があって、気まぐれにからかっているだけなんだろう。そう思うことにして日々を過ごしていたある日のこと。
「姉貴」
「ああ、今日は帰ってこないんでしょ? 了解しましたよー」
「ん。今から隆平ん家行ってそのまま泊まってくから」
この日は家に、おとうとーー源の友人である男の子達を迎え入れていた。と言っても源を迎えに来ただけとのことなので、入れたのは玄関先までだが。『隆平』と呼ばれた男の子は集団の中でひときわ背が高く凛々しい顔立ちをしている。笑うと年相応の少年らしい顔つきになり、さわやかな印象を受けた。源の小学生の頃からの友人なのでよく知っている(他の子は知らないけど)。
その『隆平くん』が私に向かって手を振りながら「どうも」と挨拶をした。
「源のお姉さん。えーっと、4日前遊びに来たから、4日ぶりですね。ちょっと源借りてきます」
「隆くん、どうも〜。はいはい、どれだけでも借りてていいですよ」
ふふふ、と微笑みながら冗談を言うと隆平くんもつられて笑った。そういえば小さい頃はよく私と源と隆平くんの3人でこんな風に笑いながら遊んだっけ。
(懐かしいなあ……)
そんなことを思っていると、ふいに源と目があった。
「……姉貴」
「どうしたの?」
「戸締まり、ちゃんとしろよ。俺らもう行くから」
そう言うやいなや源はくるりとこちらに背を向けてドアノブに手をかけた。
「えっ、もう行くのかよ! ちょ、源、待てって」
それを見た友人達は後へ続こうとする。また遊びに来てね、と声をかければ、ぎこちなそうに軽く会釈をしてくれた。これくらいの年頃の子はみんなこんなものなんだろう。昔から面識があって未だ親しくしてくれる隆平くんを除けばだけど。
「お姉さん、今日はいきなり押しかけてすみません。じゃあ、また」
最後に隆平くんが再度手を振って家を出て行った。ドアが閉まって間もなくすると、どっと笑い声が響く。よくは聞こえないけどスポーツ関連の話題で盛り上がっているらしい。
(なんて楽しそうなんだ、うーらやましい!)
源の若干の態度の変化に少し違和感を感じつつ、この休日を課題にあてなければいけない私は大人しく自分の部屋に戻ることにした。
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午後11時半。
あれから夕食をはさみつつ、課題とにらめっこしていた私はふと時計を見てため息をついた。こんなに時間が立っていたのか、とぼんやり考えながらカチコチに凝った肩を自分で揉む。集中して取り組んだおかげか終わりの目処がついてきた。これでようやく一段落つける。
(そろそろお風呂に入らないと……)
着替えを用意しようと腰を浮かせた瞬間、携帯の着信音が鳴り響いた。ディスプレイを見てみると見慣れた名前が表示されている。
(……源?)
こんな時間にどうしたんだろう、とすぐさま電話に出る。するといつも聞いている声とは少し違う、低めの声がもしもし、と告げた。
「あっ、はい、もしもし?」
『俺だけど』
「うん、わかってるよー。なに?」
『別に。戸締まりちゃんとしたんかなって。……そんだけ』
「おーおー、それでわざわざ電話よこしたのか? 心配症なやつめー」
『姉ちゃん不用心だから』
「えっ、そんなことないと思うけどなー」
『あるよ。この前とか意味わからん奴にひょこひょこ着いてきそうになってるし』
「だーかーらーあれは意味わからん奴じゃなくて、道訪ねてきた人なんだってば! ……て、てかもーこの議論はこれきりにしよ、うん。……それより、隆くんたちは? 今家じゃないの?」
『コンビニ。家じゃない。隆平たちはまだ中で商品選んでる』
「コンビニって……遅い時間なんだから気をつけなよおとうとくん」
『……家から近いしいける……てかもう子供じゃねえんだけど』
いや、まだ子供だろ! と内心ツッコミを入れつつ、いつものように「はいはい」と相槌を打つと、いかにも不機嫌そうな声が返ってきた。
『姉ちゃんさ、俺のことガキ扱いしすぎだと思う』
「いや実質アンタまだ未成年で子どもでしょ!」
あ、言っちゃった。
『違う。……いやそうだけど、俺が言いたいのは……』
『おぉーい、源! お前何先行ってんだ……ってアレ、電話中? もしかしてお前のコレ!? カノジョ!?』
源が何か言いかけた瞬間、違う男の子の声が割り込んできた。聞き覚えのある声。
これは多分ーー
『は、隆平、ちょ』
やっぱり隆平くんだったか、と源の慌てた声を聞いて納得するやいなや、いきなり電話の向こうが騒がしくなった。
『もしもーし、おねえさん? 源のお姉さん、でしょ?』
どうやら隆平くんが電話を奪ったらしい。横で源が何やら言っているのが聞こえる。コンビニの前で騒いじゃいかんよ……なんて思いつつ、「そうですよー」と返事をした。
『やーっぱり。そうだと思ったんだ。コイツ、シスコンだか……らッ痛ぇっ』
「り、隆くん?」
『……いやーおとうとくんに殴られちった、ははは、いきなり電話代わってスミマセン、お姉さんの声が聞きたくなって』
「えっ嬉しいー! わたしも絶賛隆くんの声が聞きたかったよーなーんて……」
『へーえ、声聞けて良かったな』
「わっお、次はおとうとくん! ……電話奪い返せて良かったね……?」
『もういい。……明日の昼頃帰るから。言いたいことはその時言う』
「お、おう、じゃあなー」
おやすみ、と言おうとした瞬間プツンと電話が切れた。唐突に電話を切るのは変わらないが、いつも「おやすみ」だけは必ず言い返してくれたのに……。どこか様子がおかしかった。
ーーざわり、と胸騒ぎがした。
けれど。
「………まあ気のせいか」
今日も私はいつものように、「気づかないフリ」をするのだ。