友達2
「リナ……」
少し前に友達になった、同年代の少女がわたしに声を掛けて来た。彼女は衛生兵であり、わたしもお世話になったことがある。
そして、その顔を見た瞬間、胸がぎゅっと締め付けられた。
リナは、わたしの姿を確認すると、ぱっと表情を明るくした。
「よかった……! 本当に起きてたんだ……!」
その声は、安堵と心配が混ざっていて、わたしの胸の奥に、また別の痛みが走る。
(……そんな顔、しないでよ)
わたしなんかのために、こんなふうに心配してくれるなんて、そんなの、わたしには重すぎる。
「セラちゃん、大丈夫なの? 倒れたって聞いて……すごく心配で……!」
「だ、大丈夫だよ。疲れていただけだし……」
「疲労を舐めたら駄目だよ。疲労のせいで、大けがをした人なんて、何度も見たんだから」
「……そっか」
リナは衛生兵だ。いくらわたしに前世の記憶があると言っても、彼女の言うことの方が正しいに決まっている。
そう頭では理解しているのに、胸の奥はざわざわと落ち着かない。
リナは、わたしの顔をじっと見つめた。
「セラちゃん……ほんとに大丈夫? 無理してない?」
「む、無理なんて……」
否定しようとした瞬間、衛生兵のお姉さんが口を挟んできた。
「この子、今は休養期間のはずなのに、まだ何かしようとしてるんだって」
「えっ、あの……」
「セラちゃん、それはどういうことかな?」
リナの目が怖くなる。わたしよりも背が小さく、気の弱いところがあるリナなのに、今この瞬間だけは、敵兵よりも怖かった。……前世で、優しい人ほど怒らすなと何度も聞いたことがあるけど、それってこういうことだったんだ。
また一つ、賢くなった。
「倒れたんだから、安静にするよね?」
「は、はい」
「なんで、目を逸らすの?」
だって、目を合わせしまったら、わたしの本心を見破られてしまうと勘が告げていたから。
わたしは、時間を無駄にしたくないんだ。もう二度と、大切な仲間を失わないように、ちょっとした隙間時間も訓練に費やして、いち早くルークさん達のような立派な兵士になる必要がある。
これだけは、誰にも否定されたくない。ルークさんやシス伍長は、今のわたしでも十分だと言うけれど、これで十分なら、ルカは死ななかった。だから、もっと強く……グレン小隊長のような強さを身に着けて、仲間たちを守りたいんだ。
「セラちゃん」
パン、と軽い音がした。
わたしの頬が、熱い痛みを訴える。
リナの力は、強いとは決して言えなかった。だから、何度も撃たれたことがあり、痛みに耐性がついてしまった身体では、涙すら出なかったものの、リナに叩かれたという事実に対する衝撃のせいで、固まってしまう。
もし、ここに敵兵がいたら、撃たれてしまうような、隙だらけの姿。たとえ、後方で、かつ寝起きであったとしても、今この時ほど気を抜けた姿は見せない。
それほどまでに、リナに叩かれたという事実が、わたしの心を揺さぶっていた。
「いい加減にして」
「……」
「確かに、わたしたちは一回しか会ったことが無いけど……それでも、わたしにとって、唯一の友達なんだよ。わたしは前線のことを全く知らない……でもね、無理をしたところで、何もうまくいかないことは、何度も見てきたんだよ。だから、無理しないで」
何も言えない。言おうと思えば、「リナは前線のことを知らないくせに、よくそんなこと言えるね」とか「目の前で後輩が死んだり、戦場に追い詰められ、狂ってしまった人を見たことあるの?」とかを言うことが出来たのかもしれないが、頭の隅っこに残っていた理性が、その言葉をギリギリのところで繋ぎ止めていた。
それを言ってしまったらおしまいだということは、わたしでも理解できる。それに、わたしだって、リナのことは大切な友達だと思っている。だからこそ、言えなかった。言ったら、きっと取り返しがつかなくなる。
リナは、わたしの沈黙を見て、そっと息を吸った。
「セラちゃん、きっと……辛いことがあったんだよね」
「それ、は……」
「言わなくていいよ。強いセラちゃんが、そこまで追いつめられる出来事なんて……わたしが想像できないくらい、苦しかったんだと思う」
リナの声は震えていた。怒っているのに、泣きそうで、でも必死にわたしを見ている。その顔を見るだけで、心が押しつぶされそうになる。
「でもね、セラちゃん」
リナは、そっとわたしの手を握った。
その手は温かくて、震えていたのは……わたしだけじゃなかった。
「無理して強がるのは……もうやめてほしいの」
「……っ」
「倒れたんだよ? 身体と心が限界だったんだよ? それでも、もっと強くならなきゃって……そんなの、誰だって壊れちゃうよ」
胸の奥が、じわりと熱くなる。痛みとも違う、でも苦しくてたまらない感覚。
わたしは、言葉を返そうとした。
でも、喉がきゅっと詰まって、声にならなかった。
「セラちゃん……わたし、怖かったんだよ」
「リナ……?」
「わたし一人でここに来て、先輩たちは優しいけど、見たことない大怪我や、死んでしまった人と接して、心が折れそうになった時に、唯一友達になった人がセラちゃんなの。わたしにとってのセラちゃんはね、セラちゃんが思っている以上に大切なんだよ。だから、自分を壊すようなこと、しないでほしいの」
「……っ」
「強くなりたい気持ちはわかるよ。でもね、倒れるまで無理をするのは、強さじゃないよ。それは……自分を罰してるだけだよ」
何度も言われたことがある言葉。わたしは、わたしのことを罰しようとしている。それは、アインが死んだ時もそうだし、ルカやレオンの死に対する罪悪感を覚えた時も、ずっと同じだった。
罰することでしか、その苦しみから逃れられない。でも、わたしの命は大切にしないと、死んでしまった彼らに合わせる顔が無くなってしまう。だから……わたしはもっと努力して、もっと強くなって、命を捨てずに、罰を受けるつもりだった。
そのせいで、まだ――わたしは、リナの言葉を受け入れることが出来なかった。
「ごめん……」
「ごめんじゃなくて、わたしはセラちゃんが安静にしてくれるのなら、それで十分なの。だから――」
話は平行線だった。わたしは、どうしても罪悪感を無くすことが出来ず、リナはわたしの身体のことを心配し続けてくれている。嬉しい、ありがたい、ここまでわたしのことを考えてくれる友人と出会えたことに、何よりも感謝したい。
けれど、わたしの罪悪感は根深い物であり、このくらいのことで捨て去ることは出来なかったのだ。
わたしはきっと、壊れてはいたが、完全に壊れていなかったんだと思う。戦場のせいで、心に消えない傷を負い、これから一生罪悪感と向き合うことになってしまったが、罪悪感のような物をしっかりと持つことが出来る、真面な感性を持ち続けていたのだ。
戦場では、中途半端すぎた。傷を乗り越える強さも無く、狂っていないせいで、痛みを常に感じすぎてしまう。ゆらゆら、ゆらゆら、天秤のように揺れ続ける心。どちらにも傾ききれず、ただ揺れ続けるだけの、弱い心。
――そんな時
「セラちゃん」
わたしたちのやり取りを見ていた、衛生兵のお姉さんが口を挟んできた。なんで、このタイミングで声を掛けて来たのか。そして、どちらの味方となって、この会話に口を挟んできたのか。前者の方は分からないが、後者の方は火を見るより明らかだった。
「なんですか……?」
わたしは反射的に身構えた。けれど、それが責めようとしているのではなく、わたしのことを心配しているからだということは、ちゃんと理解している。そのせいで、わたしは敵意を見せることは出来ず、逃げ場を探すように視線を揺らすしかなかった。
お姉さんは、そんなわたしの様子を見て、少しだけ息を吐き、落ち着いた声で言った。
「二人の話を要約すると、リナちゃんは、セラちゃんに無理をしてほしくない。セラちゃんは、少しでも訓練を多くすることで、強くなって軍のために何かをしたい。これでいいかな」
「……はい」
軍のために何かをしたいと言うよりは、仲間を死なせたくないという部分の方が大きいが、軍のために何かをしたいとも思っているので、わざわざ否定するほどのことでは無い。
そんなことよりも、お姉さんの次の言葉の方が、ずっと重要だった。
「じゃあさ、セラちゃん。私たちの手伝いをしてみない?」
「は?」
予想外のお姉さんの言葉に、つい驚きの声を上げてしまう。
けれど、この時の一言のおかげで、わたしはこれから……何度も、何度も、数えきれないほど、命を救われたんだ。




