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【一章完結】TS兵士が戦場で生き残るには~平和な世界で生きていたわたしが、どうしてこんな戦場に!?~  作者: 月星 星成
一章

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友達

『一応、衛生兵のところに行っとけ。あの大雨の中、二日間も塹壕にいたんだ。おかしくなってるところがあるかもしれないからな』


 わたしはあの後、ルークさんに言われて、衛生兵がいる野戦病院に向かっていた。正直、わたしの身体には異常が無いと思っているのだが、ルークさんに何度も言われたため、渋々従うしかなかった。

 また、今のわたしたちには、かなりの自由時間を与えられているようで、シス伍長などの先輩たちは、どこかへ行ってしまっているらしい。


(まぁ、当然なのかな)


 何せ、もともと後方で休養していた時に、他の隊が塹壕を取られてしまったせいで、夜中から戦闘し続ける羽目になってしまったのだ。しかも、ただでさえ、休養中の夜だったのに、常に大雨に晒されながら、二日間も塹壕に居座ることになったのだ。十分な休養が無いと、割に合わない。

 いくら、ルークさんやシス伍長が、わたしよりもずっと優れた兵士だったとしても、さすがにこれは堪えたのだろう。


(どこに行ってるんだろうね? 今の時間はまだ朝だし、娼婦なんていないと思うんだけど)


 かつての会話を思い出しながら、シス伍長たちがどこに行ってしまったのか予想する。

 でも、そう思っただけで、わたしがレオン二等兵にされたことを思い出してしまい、冷汗のようなものが全身から滲んでしまう。未遂で終わったものの、あれだけのことをされてしまったのだ。消えない傷になっていても、おかしくはない。


 でも、これには耐えないと駄目なんだ。わたしが、わたしとして戦い続けるためには、この程度のことで立ち止まっている暇は無い。それに、結果的には何もされてないんだ。銃に撃たれた時の方が、ずっと酷かったに決まってる。


「あ、今日は人が少ないんだ」


 まだ、雨はやんでいない。けれど、あの二日間に比べると、弱くなっているし、ただの霧雨みたいなものだ。地面に跳ねる水音も弱く、空気もどこか軽い。もし、塹壕にいる時の雨がこれくらいだったのなら、どれほど楽だったのだろうかと思ってしまう。

 

 でも、あの大雨のせいで、未だ地面は泥だらけであり、こんな状況では、碌な突撃が出来ない。だから、味方側も、敵兵も、どちらも攻め手が大きな被害を受けると分かり切っているため、大きな戦闘が起きなかったようだ。

 おかげで、野戦病院に搬送される負傷者も、必然的に少なくなってくれて、テントの前は驚くほど静かだった。


 普段なら、うめき声や怒号、衛生兵の走り回る足音が絶えない場所なのに、今日は雨音の方がよく聞こえる。


(……静かすぎるのも、落ち着かないな)


 わたしは、濡れた地面を踏みしめながら、ゆっくりとテントの入口へ向かった。

 泥が靴底にまとわりつく感覚が、まだ身体のどこかに残っている緊張を刺激する。


 深呼吸をして、布をめくった。


「すみませーん」


 わたしが、テントの中に向かって声をかけると、奥の方から布をめくる音がして、誰かがこちらへ歩いてくる気配がした。


「あら、セラちゃんじゃないの。もう、目が覚めたのかしら?」

「は、はい」

「それなら、あの雨で身体に異常が出来てないか確認しに来たってわけね。こっちに来てちょうだい」


 出迎えてくれたのは、何度もお世話になっている衛生兵のお姉さんだった。同性ということもあり、わたしのことを気にかけてくれる数少ない人の一人だ。

 その顔を見た瞬間、胸の奥に張りついていた緊張が、ほんの少しだけ緩んだ。さっきまで、レオン二等兵のことを思い出して冷汗が滲んでいたのに、お姉さんの柔らかい声を聞いた途端、呼吸が少しだけ楽になる。


「痛いところはある?」

「大丈夫です。疲れくらいしかありません」

「ほんと? それならよかったわ。熱も無いし、顔色も悪くないわね」


 体温を測ったり、足の状態を確認しながら、お姉さんは慣れた手つきでわたしの身体を診ていく。


「ふむ……足の色も悪くないわね。塹壕足の心配もなさそう」

「よかった……」

「二日間もあの泥の中にいたんだから、もっとひどい状態でもおかしくなかったのよ? ほんと、よく頑張ったわね」

「……ありがとうございます」


 あの二日間の間に、いろんなことがあったせいで、素直に言葉を受け取ることが出来ない。でも、何度もお世話になっている人に、その気持ちを見せたくなくて、わたしは表情を偽ってしまった。

 こんなことをしても、何も変わらないってことは、自分でもわかっているというのに。わかっているのに、やめられない。


「気を失ったって聞いて、本当に心配したんだからね。今度は、自分の体調に気を付けるように」

「はい……ごめんなさい」

「リナちゃんも、心配してたんだからね」

「うっ……」


 衛生兵の友達の名前を言われてしまい、何も言い返せなくなってしまう。確かに、わたしことを心配してくれる人がいると言われてしまうと、胸の奥がきゅっと締めつけられるような、どうしようもない気持ちになる。


(……心配、か)


 あの二日間の間で、わたしはわたしのことをずっと責め続けていた。

 わたしが手を引いたせいでルカが死に、わたしが余計なことを言って、レオンをさらに追い詰めてしまったから、あんな出来事が起きてしまった。どれも、原因はわたしであり、アインが死んだ時と同じように、自分のせいだと思ってしまっている。


 そのせいで、わたしはわたしのことを軽視している。どれだけ怪我をしても、どれだけ負担をかけても、それは当然のことであり、戦い続けることが出来るのなら、それでいい……と。

 だから、他者から心配されるというのは、まるで、自分の中の間違いを指摘されているようで、どうしていいかわからなくなってしまう。


「セラちゃん?」

「……はい」

「無茶をするつもりだよね」

「――ッ」


 息が詰まる。衛生兵のお姉さんが言ったその言葉は、わたしの胸の奥に隠していた本心を、まるで見透かしたように突いてきた。

 否定しようと口を開きかけたのに、声が出なかった。

 お姉さんは、わたしの沈黙を責めるでもなく、ただ静かに、優しい目で見つめてくる。


「同じ隊の人から、何があったのか聞いたよ。セラちゃんのことを慕っていた後輩が死んだことも、もう一人の後輩から何をされたのかも」

「それは……」

「でもね、それは自分を罰する理由にならないの。他人の死に意味を見出して、平静に保とうとするのは良い。でもね、他人の死に対して、勝手に意味を付けて、自分のことを責めるのは、絶対にしちゃダメなことなんだよ。それは、自分にとっても、死んでしまった人に対しても、絶対に良くないことだから」

「……っ」


 胸の奥が、ぎゅっと掴まれたように痛んだ。

 お姉さんの言葉は、優しいのに、逃げ場がないほどまっすぐで、わたしの中の間違った正しさを静かに崩していく。


(そんなつもりじゃ……なかったのに)


 心の中で言い訳のように呟く。

 わたしはただ、わたしが悪いと思ったから、償わなきゃいけないと思ったから、傷つくのは当然だと、そう思っていただけで――他人の死に意味を付けようとしていたわけじゃない。


 でも、その考え自体が、もう間違っていたのだと、お姉さんの言葉で思い知らされる。

 胸の奥がじんわりと熱くなり、呼吸が浅くなる。

 お姉さんの声には、衛生兵として数えきれないほどの死を見てきた重みがあった。


「セラちゃん。あなたが自分を責めて苦しむことは、誰のためにもならないのよ」


 その一言が、深く刺さった。


「はい……」

「焦る気持ちも分かるよ。だから、今はじっと安静にしてて」


 安静にする。それは、今のわたしにとっては、本当に難しいことだった。

 頭ではわかっている。自分を責めても何も変わらないことも、無茶をしても誰のためにもならないことも。


 でも、心のどこかが、ずっと火の粉みたいに落ち着かなくて、じっとしていると、その焦りが胸の奥をかき乱してくる。立ち止まった瞬間、あの二日間の光景が全部押し寄せてくる気がして――だから、どうしても安静にすることが出来ない。


 そんな時だった。


「セラちゃん?」


 リナ(友達)が、奥から顔を出した。

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