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【一章完結】TS兵士が戦場で生き残るには~平和な世界で生きていたわたしが、どうしてこんな戦場に!?~  作者: 月星 星成
一章

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安堵

 包帯を巻かれた左腕をそっと押さえながら、わたしはテントの外へと出た。

 前線に戻るつもりで歩き出したけれど、その前に部隊の位置を確認しておこうと思った。


「あ、帰って来た。腕は大丈夫か?」


 声のした方を見ると、ルークさんたちが少し後方に下がった場所で休んでいた。

 どうやら戦闘後の再配置で、前線から一時的に引き上げられていたらしい。


「はい、綺麗に治りましたよ」


 そう答えると、ルークさんは安心したように笑った。

 その表情には暗さがなく、むしろどこか明るさすら感じられた。


「ルークさん、何で後方に来たんですか?」

「お前が治療してる間にな、前線の整理が終わったんだよ。グレン小隊長が暴れすぎて、敵がしばらく動けねぇらしい」

「……ああ、なるほど」


 納得すると同時に、胸の奥が少しだけ軽くなった。

 わたしがいない間に何かあったわけじゃないと分かったからだ。


「腕は本当に大丈夫か? 無理してないだろうな」

「怪我のことで嘘なんてつきませんよ。……小隊長にバレたら、後が怖いですから」

「それもそうだな」


 グレン小隊長は、虚偽の報告を絶対に許さない。怪我をしていないのに怪我をしたと嘘を吐いた場合よりも、怪我をしているのに無理をして「大丈夫だ」と嘘を吐いた場合のほうが、ずっと罰が重い。

 それは、わたしたちの身体を気遣っているわけではない。怪我を隠されると、いざという時に足を引っ張られる――ただそれだけだ。何処まで行っても自分の都合で、グレン小隊長は、わたしたちの命を部品としてしか見ていない。


 ……それでも、あの人の判断が正しい場面は多い。だから誰も逆らえないし、逆らおうとも思わない。

 わたしも、その一人だ。


「シス伍長はどこに行ったんですか?」

「後方に下がって来たからな……いつも通り酒を取りにいたんだろう」

「ああ……そう言えばそうでしたね」


 野戦病院の前でかなり並んだこともあって、太陽は西の大地に堕ちかけていて、空がオレンジ色になっていた。どうやら、戦闘が終わってから思っていた以上に時間が経っていたらしい。


「そろそろ夜営の準備が始まるな。小隊長も、今日は突撃の後処理で忙しいだろう」


 ルークさんが空を見上げながら言う。

 夕焼けに照らされた彼の横顔は、戦闘直後とは思えないほど落ち着いていた。


「セラ、お前は少し休め。腕もまだ痛むだろう」

「……はい。ありがとうございます」


 返事をしながら、包帯の巻かれた左腕をそっと押さえる。

 脈打つたびに鈍い痛みが走るけれど、さっきよりはずっと軽い。


「まぁ、少し離れたほうが良いか。酒を飲んだ時のアイツらはめんどくさいから」

「そうですよね……一番は、グレン小隊長ですけど」

「そりゃそうだ」


 ルークさんは肩をすくめて笑った。その軽さに、張り詰めていた胸の奥が少しだけ緩む。

 夕焼けの光が、戦場の土と血の匂いを薄めていく。わたしは深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。


――生きて帰ってきた。


 その実感が、ようやく身体の隅々に染み込んでいくのを感じた。





 あれから、少し時間が経ち、太陽が完全に沈んで、部隊のみんなで焚き火を囲む時間になっていた。

 火の粉がぱちぱちと弾け、焦げた木の匂いが夜の冷たい空気に混ざって漂う。


「るーくぅぅぅ、お前も飲めよー! 今日は勝ったんだぞー!」

「……だからめんどくせぇって言ってんだろ。お前は一人で勝手に飲んでろ」

「ぶれませんね、シス伍長は」


 シス伍長は、いつもの金属製の水筒――中身はもちろん酒――を片手に、上機嫌でふらふらしていた。

 戦闘直後とは思えないほどのテンションで、周囲の兵士たちも苦笑しながら相手をしている。


「セラちゃんも飲むかー? ほれ、ちょっとだけならいいだろー?」

「未成年に酒を勧めないでください」

「細けぇこと気にすんなって!」

「黙らせようかな、コイツ」


 ルークさんは、酒を飲むこと自体は嫌いではないっぽいけれど、酔っ払いに絡まれるのは本当に嫌いそうだから、本当に今のシス伍長とは関わりたくないんだろうな。

 とは言っても、わたしたちの部隊で酒を飲んでいないのは、わたしとルークさんぐらいだし、シス伍長ほどでは無くても、ほとんどの人は酔っているから、ここから離れても意味は無いのだろう。一応、わたしのことはルークさんが守ってくれているから、大したことはされてないけど、迷惑をかけていると思うと少し申し訳なくなってくる。


(グレン小隊長は……ああ、あそこには近づかないでおこう)


 グレン小隊長の酔い方は、別に悪いというわけではない。というか、ずっと一人で飲むだけで、他人には絶対に迷惑をかけない酔い方だから、シス伍長ほうがかなり酷いだろう。

 けれど、急性アルコール中毒になりそうなほど飲んでいるせいで、近づくと本気で怒られそうだ。


「るーくぅ、こんやこそは! 一緒に行こうぜー」

「お前な……、セラがいるところで、そんな話をするなよ」

「別にいいですけど。興味はありませんが、ルークさんとかには必要なことだと理解していますし」

「ほらー、いいじゃんかー」


 後方に下がって来たのだから、娼婦のところに行こうとでもしているのだろう。戦場には楽しいことなんて無いし、わたしの前世は男だったんだから、その気持ちは理解している。だから、嫉妬とかも無いし、嫌悪感も無い。


――わたしとは、何一つ関係ない話だ。


「セラもいくかー? 男娼もいるってよ」

「ごめん、セラ。コイツのことは黙らすから」

「お願いします」


 それは、ラインを超えている。

 その気持ちを察してくれたのか、ルークさんの拳がシス伍長の鳩尾に突き刺さり、「ぐほっ」と情けない声をあげて、シス伍長は崩れ落ちた。

 自業自得だ。慈悲なんていらない。


「本当にごめんな。コイツは馬鹿だから」

「大丈夫ですよ。そもそも、軍規的に、それは駄目でしょうに」

「いや、前線にいる時や不同意は駄目だけど、後方でかつ最後までしないのは、一応セーフだったはずだぞ。グレーではあるけれど、黙認されてるらしい」

「……ルークさん、殴られたいんですか?」

「ご、ごめん」


 全く、十四歳の子供になんてことを言うんだろうか。前世があるからよかったものの、普通は嫌なんだからね、そんな話は。

 ……もし、アインがここに居たら、シス伍長はアインにも誘っていたんだろうか。何故か分からないけど、それは嫌だな。


 ルークさんも反省してくれたのか、それからは今の話のようなことはせず、焚き火の前で黙って水筒の蓋を開けたり閉めたりしていた。気まずさを紛らわせようとしているのが、横から見ても分かる。

 反省しているようだから、ちゃんと許してあげよう。


「そう言えば、友達出来ましたよ」

「え? あのセラに?」

「あのセラにって、どういう意味ですか?」


 やっぱり、許してあげるというのは無しだ。

 あのセラにって何なの。一体、わたしのことを何だと思っているだろうか?


「いや……だって、セラって他人に心開かないじゃんか。シスですら、しっかり話せるようになったの一か月くらいかかったよな」

「……社交性が無いことは認めますけど、さすがにその反応は酷いと思いますよ」

「そうかなぁ?」


 うん、酷い。とっても酷い。深く傷ついた。

 友達くらい、わたしにだって作ることは出来るんだもの。ごくまれにしか出来なくても、しっかりとしたちゃんといる。……アインだって、わたしの友達だったんだから。


 そう言えば、ルークさんは友達がいるんだろうか。シス伍長や同じ隊のみんなとは仲良くしているけど、他の隊の人と関わっているところは見たことが無い。

 まぁ、わたしも衛生兵を除くと、この隊以外の人たちとは関わったことが無いし、それが普通なのかもしれないけどさ。


「確かに、わたしは友達が少ないとは思いますけど、ルークさんはどうなんですか?」

「少ないって、もしろ一人じゃ……。まぁ、いいや。俺の友人か……ちゃんといたよ」

「いたって……その、ごめんなさい」


 わたしがそう言うと、ルークさんは首を横に振った。


「気にしなくていいよ。戦場ではこんな話、よくあることだから」


 そんなことを言うルークさんの顔は、どこか疲れているようで、わたしは何も言うことが出来なかった。

 きっとルークさんも、アインの死のようなことを、何度も経験したのだろう。だから、その言葉がこんなにも軽くて、こんなにも重い。


「……辛くないんですか?」


 気づけば、そんな言葉が口から漏れていた。

 聞くつもりなんてなかったのに。


 ルークさんは少しだけ目を伏せ、苦笑した。


「そりゃ、辛いに決まってる。でもな、これが戦場なんだ。だから、辛いって気持ちよりも、諦めの方が上回ってしまってるんだよ」

「それは……」

「はい、この話はおしまい。今日は、安心して寝れるんだから、早めに寝とけ。安眠は後方に下がった時にしかできないんだからさ」

「……そうですね」


 そうして、わたしたちはしばらく焚き火の前で黙って座っていた。

 火のはぜる音だけが、夜の静けさを切り裂いている。


 周囲では、酔った兵士たちの笑い声や、誰かが歌っているような声が聞こえる。

 けれど、そのどれもが遠く感じた。


「……セラ」


 不意に、ルークさんがわたしの名前を呼んだ。


「はい?」

「お前は、無理すんなよ」

「……ルークさんも、ですよ」

「それもそうだな。じゃ、おやすみ」


 そうして、わたしはテントに戻って、瞼を閉じた。

 けれど、胸の奥で何かがくすぶっていて、これから嫌なことが起きるんじゃないかという予感が、静かに、けれど確かに、わたしを締めつけていた。


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