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第63話 襲撃

 クエストを終えた俺たちは、村へ帰るために森の中を進む。

 しかし、俺はふと馬を止めた。

 後方から何かの気配を感じたからだ。


「アル、どうしたの?」

「レイ! 馬から降りろ! 早く!」


 俺は馬から飛び降り剣を抜く。

 そして、剣の平地で馬の尻を叩いた。

 レイも即座に反応して、同じ行動を取る。

 馬は森の中へ走っていった。


 エルウッドも気付いたようで、気配がする後方へすでに走り始めている。


 後ろを振り返ると、猛スピードで飛びかかってくる黒い巨大な物体。

 その物体にエルウッドが飛びかかる。

 そのおかげで、ほんの僅かな時間的余裕が生まれた。


 俺とレイはすかさず左右にダイブし、その黒い物体の襲撃を避けた。

 完全な不意打ち。

 エルウッドがいなければ()られていただろう。


 エルウッドは弾き返されながらも上手く着地していた。


「エルウッド! 助かった! だが無理するな!」

「ウォウ!」


 俺とレイは剣を構え、黒い物体と退治する。


「あ、あれは! 槍豹獣(サーべラル)!」


 レイが叫んだ。


「サーベラスだって!?」


 ◇◇◇


 槍豹獣(サーべラル)


 階級 Aランク

 分類 四肢型獣類


 体長約十メデルト。

 大型の獣類モンスター。 


 その巨体からは想像できないほどのスピードを誇る四足歩行のモンスター。

 瞬間的なスピードは、四肢型モンスターの中ではトップクラス。

 しなやかで柔軟な身体を持つ。

 長く太い尻尾立てながら走ることで重心をコントロールするため、最速時でも不規則な動きが可能。


 森の食物連鎖の頂点の一角で、人や動物はもちろん、他の大型モンスターですら簡単に仕留める。

 気配を消し獲物に飛びかかり、刃物のような爪で引き裂き、鋭い牙で食いちぎる。

 森の暗殺者という異名を持ち、圧倒的な狩りの能力を持つ。


 体毛は黄金色で、黒い斑点が特徴。

 その毛皮は非常に高価で取引される。


 ◇◇◇


 俺はモンスター事典を思い出した。


 剣を構えたおかげで、サーベラルはすぐには襲ってこない。

 十メデルトほどの距離を起き、お互いが身構えている。

 俺たちはサーベラルから絶対に目線を外さない。

 離したが最後、襲われるだろう。


「ア、ア、ア、アル! ち、違う!」


 珍しくレイが動揺した声を出す。


「あ、あれはダメよ! あれはサーベラルのネームドよ!」


 レイの絶叫と同時に、目の前にいたはずのサーベラルが姿を消す。

 その瞬間、俺の右から飛びかかってきていた。

 鋭く巨大な爪を剥き出しにして、俺の首筋を狙いすまして振り下ろす。


「グッ!」


 片刃の大剣(ファラゴン)を縦に構えると、剣と大爪が激しくぶつかり火花が飛んだ。


 速いなんてものじゃない。

 何とか剣で防御したが、死という文字が頭をよぎる。

 これほどの危険を感じたのは初めてだ。

 俺は生存率を上げることだけを考えた。


「レイ! エルウッド! 逃げろ!」

「アル! 一人じゃ無理よ!」

「ダメだ! 逃げろ! 俺が引きつける! 早く!」

「クッ! アル、相手はネームドよ! 絶対に無理しないで! 死ぬわ!」


 このサーベラル相手に全員逃げるのは無理だ。

 レイは俺の意図を汲み、エルウッドと森の中へ走っていった。


 これほどのスピードを持つモンスターを相手にするには、行動を限定させることが最も大切だ。

 レイやエルウッドがいると狙いが分からない。

 俺一人なら狙いは俺のみになり、対処の方法はある。

 俺はレイたちが進んだ方向を塞ぎ、サーベラルの正面に立った。


「お前の相手は俺だ!」


 サーベラルの赤い眼光が揺れる。

 小さく吠えると目の前から姿が消えた。


「左か!」


 俺は左に向かって、剣を横に振る。


 甲高い音を立て、激しくぶつかる片刃の大剣(ファラゴン)と大爪。

 硬度八を誇る黒紅石の素材から作られたこの片刃の大剣(ファラゴン)でも、サーベラルの大爪に傷一つつけることができない。


 サーベラルは着地と同時にまた消えた。

 あまりにも速すぎて目で追えない。

 気配を頼りに感知する。


「上!」


 頭上で剣と大爪が火花を散らし、サーベラルは五メデルトほど先へ足音も立てずしなやかに着地した。

 上半身だけを捻り、俺の姿を捉えて離さない。

 ゆっくりと歩きながら、身体を反転させ正面を向く。

 そして、威嚇の咆哮を上げた。


「ガグゥオォォ!」


 俺は額から冷たい汗が流れていた。

 このサーベラルは強すぎる。

 これまで一流と呼ばれる剣士と戦ってきたが、こいつはレベルが一桁も二桁も違う。

 ほんの僅かなミスが死を招く。

 俺は命の危険を感じていた。


 その危機感が幸いしたのか、俺は深く集中することができ、意識が無に近付く。

 標高九千メデルトの天空とも言える世界で、ひたすらツルハシを振っていた時の感覚だ。

 自分の周囲の全てが察知できるようになった。


 サーベラルは右から、左から、時には変則的なフェイントを入れて飛びかかってくる。

 しかし、どの攻撃も俺は反応できていた。

 恐ろしいほどのスピードも、今の俺はゆっくりと見えている。


 サーベラルも何かを感じ取ったようで、仕切り直しのように十メデルトほどの距離で構えた。

 ゆっくりと姿勢を低くし、重心を後ろに下げるサーベラル。

 両手の大爪で地面をしっかりと掴み、後ろ足を極限まで折り曲げ、大きく力を溜めている。

 その様子はまるで弓のようだ。


「ガグゥオォォォォォ!」


 サーベラルが大きく吠えた。

 森にこだまする咆哮。

 サーベラルの赤い目がさらに燃えるような赤に染まり、全身の漆黒の毛が逆立つ。

 その姿を見て、俺は本能的に恐怖を感じてしまった。


 赤い眼光が、その場に揺らめき光跡を残す。

 それと同時に右から大爪が襲ってきた。

 信じられないスピードだ。


 目の前にはまだ赤い光が残っている。

 残像なんて初めて見た。


「グッ!」


 俺は上半身を折り曲げ必死に躱すも、サーベラルの鋭い大爪は軽鎧(ライトアーマー)を紙のように斬り裂く。

 そして俺の右上腕から血飛沫が飛ぶ。


 サーベラルがどこへ着地したのか見えない。

 僅かに赤い光跡が見えるだけだ。

 気配を察知するしか認識する手段がない。


 もう一度、右から攻撃を受けた。

 同じ場所を抉られ、傷口がさらに広がった。

 傷は深く、血が吹き出しているのが分かる。


 だが俺も目が慣れてきたようで、サーベラルの姿を捉えることができるようになっていた。

 何度も同じ攻撃が通用するわけがない。

 サーベラルは、またしても右から飛びかかろうとしていた。


「もう慣れたんだよ! フェイントだろ!」


 俺は逆の左に剣を振り下ろす。

 サーベラルは右と見せかけ、左から飛びかかってきた。

 俺の剣とサーベラルの巨体が交差する。


 すれ違いざまにサーベラルが振り下ろした大爪は、鎧を斬り裂く。

 今度は俺の左上腕から大きく血飛沫が上がっていた。


「グウウ!」


 だが俺もやられっぱなしではない。


「ガグォォォォォ!」


 サーベラルは着地と同時に再度咆哮を上げた。

 いや、あれは悲鳴だろう。

 頭を何度も大きく振り、よだれを垂らして唸っている。


「グゴゥゥゥ!」


 サーベラルが左腕で自分の耳を撫でる。

 しかし、撫でることは叶わない。

 なぜならば、サーベラルは左耳を失っているからだ。


 俺は左腕を犠牲にして、サーベラルの左耳を叩き斬ったのだった。


 耳を斬り落とされ激昂したサーベラルは、口を大きく開き、牙を剥き出しにして俺に飛びかかってきた。

 しかし、明らかに冷静さを欠いている。

 これまでと違い、容易に対処可能だ。


 俺は牽制の意味を込めて、剣を大きく縦に振る。

 サーベラルは剣を避け、俺の姿すら見ずに、そのまま森の中へ走り去った。

 風が吹き、まるでサーベラルを追うように、枝と葉の擦れる音が遠のいていく。


 俺は剣を構えたまま、その方向を見つめる。

 しばらくすると、完全にサーベラルの姿と気配が消えた。

 どうにか撃退できたようだ。


 両腕の上腕部から、かなりの血が流れている。

 そして、戦ってる最中は感じなかった痛みが出てきた。

 剣を持つのも辛いことに気付く。


「ふうう。や、やったか……。」


 俺は大きく息を吐いた。

 あのまま戦っていたら、俺の腕は動かなくなり殺されていただろう。

 これほどまでに命の危険を感じたことはなかった。

 俺は安心して、その場に座り込む。

 もう腕が上がらない。


 そこへ、レイとエルウッドが走って戻ってきた。

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