第50話 討伐
小隊は霧大蝮が住み着いている洞窟に到着した。
「アル、これから討伐に入る。気をつけて」
「ああ、分かった」
レイが声をかけてくれた。
俺にとって初めてのモンスター討伐だ。
正直緊張している。
トレバーが指示を出し、討伐隊が陣形を組む。
俺とレイと四人の騎士が、洞窟の入り口から約三十メデルトほど離れて弓を用意。
そして篝火台を用意し、燃石に火をつける。
「アル、練習通りにやれば大丈夫よ」
「ありがとう」
初めての討伐で、初めての弓の実戦だ。
俺は大きく深呼吸し、心を落ち着かせる。
「レイ様、ではこれからネーベルバイパーを誘い出します」
「トレバー! 決して無理するな。無事を祈るぞ」
「ハッ! お気遣い感謝いたします」
トレバーがレイに報告を行い、防毒マスクを装着し洞窟へ入った。
最も危険な任務を小隊長であるトレバーが行う。
トレバーが洞窟に入っている間、誰も言葉を発さない。
ネーベルバイパーの猛毒は一瞬で人の命を奪う。
ここにいる全員がトレバーの無事を祈っている。
どれほどの時間が経っただろう。
篝火台の炎が弱まり、騎士が燃石を追加。
そのタイミングで、トレバーが洞窟から走って出てきた。
無事に出てきたトレバーに全員が安堵。
「全員、構え!」
トレバーの号令で、騎士たちは篝火台の火に矢を入れる。
燃える石の燃石で作られた鏃は、すぐに火がつく。
トレバーも弓を用意。
あれだけ走った後でも、弓を構えると呼吸は落ち着いた様子。
さすがはクロトエ騎士団の小隊長だ。
これで弓担当の七人が揃った。
ネーベルバイパーの鱗は硬い。
そのため、何度も繰り返し火矢を放ち、鱗を焼き、矢を通りやすくする。
そして焦げた鱗へ、さらに火矢を集中して狙う。
この作戦の欠点は、周囲に火が移りやすく、消火隊が必要になることだ。
しかし、現状ではネーベルバイパーの討伐はこの方法のみ。
ネーベルバイパーの討伐は大所帯かつ長期戦で、人員も資金も必要になる大変なものだった。
洞窟から、巨大な物体の這いずる音が聞こえる。
ゆっくりとネーベルバイパーが出てきた。
全体は見えないが、恐らく十メデルト以上あるだろう。
「こ、これが霧大蝮。銀目蛇の何倍あるんだ……」
樹海で遭遇する大型の毒蛇、銀目蛇。
体長二メデルトほどで、俺が見た中では最も大きい蛇だった。
だが、ネーベルバイパーは比較にならないほど大きい。
洞窟から威嚇するように、ゆっくりと頭を出すネーベルバイパー。
二つに割れた長い舌が不気味に動く。
夜行性のため、日中に起こされたことで怒っているようだ。
俺たちの姿を認識した瞬間、頭部から霧状の体液を噴射。
その霧は猛毒だ。
トレバーが号令をかける。
「射よ!」
俺以外の六人の弓から一斉に火矢が飛ぶ。
放たれた六本の矢は硬い鱗に弾かれたが、全ての矢が頭部の中心に当たっていた。
さすがは全員弓が得意な騎士だ。
俺は初めての討伐で緊張してしまい、もたついてしまった。
弓の扱いにも慣れておらず、少し遅れて皆が狙った眉間めがけて矢を放った。
唸る火矢。
明らかに他者とは違う速度。
空気を置き去りにする勢いで、火が消えかかっていた。
矢は眉間に命中。
その瞬間、凄まじい破裂音が発生。
眉間を貫き、後頭部を爆発させたかのように弾き飛ばした。
「やった!」
ネーベルバイパーがその場に崩れ落ちると、地面を揺らし砂埃が舞い上がった。
俺は手応えを感じ、レイの顔に目を向ける。
レイたち六人は次の矢を構えていたが、第二矢が飛ぶことはなかった。
それどころか、皆信じられないものを見たという表情を浮かべている。
広がる静寂。
「う、うおー! 倒したぞ!」
「倒したぞ!」
「やったぞ!」
静寂を破った隊員たちの歓喜の声が、小隊全体に広がる。
しかし、レイだけはなぜか怒った顔で近寄ってきた。
「あ、あなたデタラメにも程があるわ! たった一矢でネーベルバイパーを仕留めるなんて聞いたことがないわよ! 私たちの努力は一体なんだったのよ! 火矢の意味がないじゃない!」
「いや、そんなこと言われても……」
腰に両手を当て怒っているレイ。
「レ、レイ様。私も信じられません……」
トレバーまで怪訝な表情を浮かべている。
検死チームがゆっくりとネーベルバイパーへ近づく。
俺たちは改めて弓を構える。
もし生きていたら、すぐに矢を放つ必要があるからだ。
検死チームは慎重にネーベルバイパーの身体を確認。
ネーベルバイパーは死んでも毒が残っている。
死ねば毒が作られることはないが、死ぬ前までに作られた毒は体内に蓄積されているそうだ。
毒処理チームが慎重に毒を処理。
その間もネーベルバイパーが動くことはなかった。
全ての処理が完了し、ネーベルバイパーの討伐宣言が出された。
再度騎士たちが歓声を上げる。
歓声の中、レイはまだ腑に落ちない様子だ。
「もう、本当にデタラメなんだから!」
「アッハッハ、凄いですぞ! レイ様、こんな討伐は見たことも聞いたこともありません」
「そうでしょうね。ネーベルバイパーを一矢で倒したなんて、過去の事例でもないし、言っても誰も信じないわ」
「でも、私たちは目撃しました!」
「そうね。ひとまず、負傷者も犠牲者も出なかったことを喜びましょう」
皆が喜ぶ中、モンスターを倒したのに怒られた俺だった。
――
現地での処理が完了し、小隊は駐屯地へ帰還。
俺とレイは隊長室に呼ばれた。
「レイ様。どうやら、あのネーベルバイパーは捕獲されていたようです。体中に杭が打たれた傷跡や、太い鎖が巻かれていた痕跡が見つかりました。また、毒を絞り出していたような形跡もありました」
「犯罪組織が捕獲した個体が逃げ出した?」
「そう思われます」
「私の代になって、かなり数の組織を壊滅させたけど、やっぱり犯罪組織自体を消滅させることは無理なようね」
「それでも以前より遥かに治安が良くなっております」
「ありがとう。でも、このカトル地方に、ネーベルバイパーを捕獲できるような組織なんてなかったはずよ」
「また新しい組織でしょうか?」
「その可能性が高いわね。慎重に調査なさい」
「ハッ! かしこまりました!」
続いてレイは両手を腰に当て、大きく溜め息をついた。
「それと報告書の件だけど……。前も言った通り私たちは部外者よ。報告書に私たちの名前は不要。トレバー隊で討伐したことにしなさい。面倒だわ」
「レイ様、お言葉ですが、もうこの討伐の話は止められません。すでに伝説として語られています」
「はああ。そうよね。確かに信じられないものを見たものね。それに討伐に参加した私の責任でもあるか……」
レイは腰に手を当てたまま、目を閉じ少しうつむく。
「カトル地方の守護は九番隊。隊長は……ジル・ダズか。いいわ、正直に報告して。あとは私がジル・ダズに説明する」
「九番隊本隊に寄っていただけるのですか?」
「そうね。ジル・ダズにはきちんと説明しないと、もしかしたらトレバーに迷惑かけるかもしれないから」
「そんな、迷惑だなんて。ただ、ジル隊長は特殊なお方ですから……」
溜め息をつくレイ。
どうやらジル・ダズという隊長が厄介なようだ。
「あの、レイ様。失礼を承知で伺うのですが……」
「何かしら?」
「騎士団へは戻られないのでしょうか? その、今回の件でも……やはり騎士団にはレイ様が必要かと」
「ありがとう。でも、戻る予定はないわ。ヴィクトリア女王陛下も分かってくださっているもの」
「し、失礼いたしました」
「でもそうね。冒険者としてできることがあれば、もちろん協力は惜しまないわよ」
「ありがとうございます!」
残りの処理は全て騎士団の仕事だ。
俺たちはもうやることがないので、そのまま宿へ移動。
ひとまず俺の部屋で、レイが珈琲を淹れてくれた。
「アル、私は別に怒ってないのよ? でもね、あまりにも理不尽な討伐だったから……」
俺はレイから無言で珈琲カップを受け取る。
「ね、ねえ、怒ってる?」
レイが申し訳なさそうな表情を見せていた。
「ご、ごめんなさい」
レイが泣き出しそうな表情で謝ってきた。
俺は我慢できずに吹き出す。
「ア、アハハ。レイ、なんで俺が怒るのさ」
「ちょ、ちょっと! アルが怒ってると思って不安だったんだから!」
「ごめんごめん。でも今回は凄く勉強になったよ。モンスターの追跡から討伐。後処理。集団での行動。そして一つはっきり分かったことがある」
「な、何かしら?」
「レイは騎士団団長がとても似合うってことさ」
「もう!」
「アハハ。でも、本当に良い経験になったよ。俺のために騎士団の討伐を手伝ったんでしょ? ありがとう」
「ふふふ、いいのよ。これで冒険者試験も大丈夫でしょう。アルならAランクも受かるわよ?」
「だから、それは無理だって!」
「ウォウォウォ」
エルウッドまで笑っていた。
人生初のモンスター討伐だったが、レイや騎士団のおかげで無事に討伐。
俺の手には弓の感触が残っており、正直まだ興奮している。
これから冒険者として生きていくのだから、慣れる必要があるだろう。
とはいえ、記念すべき初討伐だ。
その夜はレイとエルウッドと祝杯を上げた。
――
翌日、俺たちはラダーを発つ前に駐屯地へ寄る。
トレバーが出迎えてくれた。
「レイ様、今回は誠にありがとうございました。少ないですが、これは協力金です」
「今回は不要よ」
「そういうわけにはいきません!」
「私たちも討伐を利用させてもらったのよ。このお金は私たちが受け取ったことにして、隊員の討伐成功報酬に上乗せしなさい。あ! 忘れてたわ! アルが壊した弓代に使って……」
「し、しかし」
「いいのよ。ふふふ」
「しょ、承知いたしました。お心遣い感謝いたします」
トレバーが俺の前に立つ。
「アル、今回は本当にありがとう」
「いえ。こちらこそ、貴重な討伐経験をさせてもらいました」
「これでまだEランクというのが信じられないよ」
「アハハ、これからアセンでCランクを受験します」
「ああ、頑張ってな」
「はい、ありがとうございます」
「それにしてもアルが羨ましいよ。私があと十歳若かったら、レイ様の後を追って冒険者になったのに」
「え?」
「騎士団には、私と同じように考える人間は山ほどいるぞ。それほどレイ様は騎士団での影響力が高く、未だに全員がレイ様のために命をかけるのだよ。アッハッハ」
レイが溜め息をつく。
「もう、トレバー。バカなこと言わないの」
「し、失礼いたしました」
「ふふふ、じゃあ私たちは行くわ」
「ハッ! またどこかでお会いできることを願っております」
「ええ、ありがとう。それではトレバー隊に祝福を!」
「レイ様とアルに祝福を!」
俺たちはラダーの騎士団駐屯地を後にした。
◇◇◇
とある酒場にて。
小柄な男が大男に話しかける。
「結局、ネーベルバイパーは討伐されちまったよ」
「レイ・ステラーと満点男と狼牙か」
「厄介なことになっちまったわー」
「しばらく動向を探る。大きな動きはやめておこう」
「そうだな。ボスにも怒られたし、重要案件も外されたし。はー、最悪だ」
◇◇◇