第27話 意図せぬ人助け
旅は順調だった。
日中は移動して、日没で宿に泊まる。
おかげで盗賊など犯罪の類には遭遇していない。
先日の毒大蜥蜴が出現して以来、モンスターも見かけなかった。
ラバウトを出て十日が経過。
約五百キデルト進み、南部のカトル地方から中南部のキーズ地方へ入った。
王都イエソンまであと半分の距離だ。
カトル地方からキーズ地方に入ると、まず最初に標高二千メデルトほどの山岳地帯を越える必要がある。
山岳地帯に入った俺は、曲がりくねった峠道を進む。
季節は冬ということもあり、厚手のコートを着て馬にまたがる。
それでも骨身にしみる寒さだ。
カトル地方の暖かさが懐かしい。
峠の登り坂を進んでいると、街道に人が集まっていた。
どうやら、岩で道が塞がっているようだ。
岩の手前には一台の立派な馬車が停まっている。
「どうしたんですか?」
「落石があって進めないんでせえ」
馬車の御者が教えてくれた。
「落石ですか」
大小様々な大きさの岩がいくつも重なり、完全に道を塞いでいた。
「他に道はないんですか?」
「この峠はこの道しかないんでせえ。しかもここはちょうど崖になっていて、道路を迂回することもできないんでせえ」
御者の言う通り、峠道の谷側は深い崖で、山側はそびえ立つ岩壁だ。
そのため落石を迂回することはできない。
騒ぐ通行人たち。
「どうする。こんな大岩動かせねーぞ」
「人だけだったら通れるだろ?」
「馬はどうするんだよ」
徒歩の旅人たちは、目の前の岩をよじ登って通っている。
しかし、馬や馬車は通れない。
岩は最も大きいもので、直径二メデルト前後。
「これくらいなら運べるな」
俺は馬を降り、岩の前に立つ。
そして両腕で大岩を抱え込む。
一気に大岩を持ち上げ、そのまま崖の下に落としていく。
それを見ていた人たちは驚きの声を上げていた。
「お、おい! 持てるのか?」
「凄いぞ!」
「ぐっ、こ、腰が……」
中には真似をして腰を痛めた人もいたようだ……。
俺は僅かな時間で、街道の落石を全て片づけた。
皆驚きながらも、感謝の声をかけてくれて先へ進んで行く。
「さて、俺も行こうか」
馬にまたがろうと思ったところ、馬車から一人の女性が降りてきた。
「あの岩を持つなんて凄い……。もしかして、名のある冒険者様ですか?」
「い、いえ、ただの旅人です」
「ご謙遜を。本当に助かりました。ありがとうございます」
年齢は二十代後半か。
美しい黒色の長髪で、眼鏡を掛けている。
身長は俺と同じくらい。
手足がすらっと伸びた細身の体型。
白い毛皮のコートを羽織り、裾に向かって広がる黒のロングスカート。
俺でも分かる高貴な服装だ。
丁寧な言葉遣いと、知的で落ち着いた雰囲気が相まって、大人の魅力を感じる綺麗な女性だった。
「私はカミラ・ガーベラと申します。この先の街アセンで宿屋と宝石店を営んでます」
「アル・パートです。ラバウトからイエソンへ向かう旅の途中です」
「そうでしたか! それでは、今日はアセンで宿泊が必要でしょう。ぜひ私の宿に来てください。このお礼をさせていただきたいのです」
「え? い、いや、それには及びません。岩をどけなければ俺も進めませんでしたから」
「受けた恩は必ず返すのが私の信念です。そのおかげで商人として成功してきたのです。ぜひ、アルさんにお礼をさせてください」
「わ、分かりました。……それではお言葉に甘えます。ありがとうございます」
カミラさんの真剣な眼差しに応えることにした。
俺は馬にまたがり、カミラさんは馬車に乗り込む。
御者が馬車を進め、俺とエルウッドはついていく。
峠の頂上を越え、下りに入る。
しばらく進んでいると、峠の麓に大きな街が見えた。
「おぉ! 凄い!」
壮観な光景に、俺は思わず叫んでいた。
眼下に広がる広大な街。
ラバウトよりも間違いなく大きい。
「あれがアセンでせえ。このキーズ地方の最大都市でせえ」
「そうなんですね。人口はどれくらいなんですか?」
「五十万人はいると言われてるでせえ」
「そ、そんなに!」
ラバウトの人口の十倍だ。
そんな大きな街で宿屋と宝石店をやってるというカミラさん。
もしかしたら、やり手の商人なのかもしれない。
無事日没前には峠を越え、キーズ地方の最大都市アセンに到着。
街の入口で城壁を見上げる。
その高さは十メデルト近くもあり、巨大な街を囲んでいるそうだ。
「これが城壁……」
俺の地元であるラバウトには城壁がなかったが、主要都市は防衛のために街自体を巨大な壁で囲う。
世界事典で読んだことがある。
城門をくぐり街道を進む。
街道は街の中心部に続いており、そのまま市街地へ入る。
しばらくすると、見るからに高級な商業区を進んでいた。
「ラバウトの高級区域の比じゃないぞ」
ひときわ大きな建物の前で馬車は停止。
建物の前では、数人の使用人が集まっている。
「お帰りなさいませ」
どうやらカミラさんを出迎えていたようだ。
まるで貴族のような出迎えに驚く。
田舎者の俺には初めて見る光景だった。
「アルさん、ここが私の宿です。どうぞ中へ」
「こ、これが宿なんですか? 城のような建物なんですけど……」
「ウフフフフ、ありがとうございます」
使用人の一人が俺の馬を預かってくれた。
そして、別の使用人が俺の荷物を持ち建物へ進む。
俺はまずはロビーに通された。
高級革のソファーに座り、ロビーを見渡す。
話に聞いたことがある宮殿のような豪華さだ。
もっと普通の宿だと思っていたので、俺はかなり緊張している。
カミラさんが従業員に指示を出し、こちらへ歩いてきた。
「お待たせしました」
「こ、ここがカミラさんの宿なんですか?」
「ええ、そうです。ありがたいことに、アセンでも一、二を争う宿になりました」
「凄いですね。これほど立派な宿は見たことがありません」
「ウフフフフ、ありがとうございます。今、食事の用意をさせています。もう少しお待ち下さい」
「あ、ありがとうございます」
あまりにも豪華な内装に、気後れしてしまった。
つい先日まで山の上で生活していた俺にとって、ここは異次元の世界だ。