第26話 エルウッドの実力
ラバウトを出発して三日が経った。
特にトラブルもなく順調だ。
イーセ王国の主要街道には、五十キデルトごとに必ず宿場町がある。
もちろん、それ以外にも大小様々な街や村が点在。
主要街道は貿易路としても使われるため、快適に旅ができるように整備されている。
「ふう、やっと言うこと聞いてくれるようになったかな」
「ウォウォウォ」
「何だよ、エルウッド。馬の操縦は難しいんだぞ」
苦労していた馬の操作も次第に慣れてきた。
俺が購入した馬は、一日最長八十キデルト移動できる黒風馬という品種だ。
しかし俺自身初めての旅ということもあり、一日五十キデルトのペースで進んでいた。
季節は冬だが、温暖なカトル地方の平野は暖かい。
そのため、宿には泊まらずテント泊をしていた。
街や村で食材だけ購入して、日没と同時に調理。
俺にとって初めての旅は、想像以上に楽しいものだった。
旅は自由だ。
こんな暮らしも悪くない。
三日目もそろそろ日没を迎える。
街道から逸れ、ちょうどいい草原を今日の宿泊地に決め、テントを張る。
そして枯木に火をつけ調理開始。
「ウオゥゥ!」
エルウッドが唸り声を上げて突然走り出した。
「エルウッド!」
俺はすぐにエルウッドを追いかける。
二百メデルトほど走ると、エルウッドの周りに毒大蜥蜴が五匹も倒れていた。
ヴェネヴァスは約二メデルトの体長で、鋭い牙と爪、そして毒を持った小型の四肢型爬類モンスターだ。
その毒は、血液の凝固成分を破壊する。
ヴェネヴァスの爪には毒腺があり、爪で傷つくと血が止まらなくなり、出血死することもあるほどだ。
小型だが、毒の危険度が高くDランクモンスターとされている。
だが、エルウッドが走り出してから、僅かな時間しか経っていない。
「え? エルウッドが倒したの?」
「ウォン!」
エルウッドが頷く。
「ヴェネヴァスってDランクだよ? エルウッドの狼牙はEランクだよね? なのに、エルウッドがヴェネヴァスを五匹も瞬殺したってこと?」
「ウォン!」
「あ! もしかして今まで野宿が安全だったのは、エルウッドがモンスターを退治してくれたから?」
「ウォン!」
「うわー、エルウッドごめん! 旅は安全で順調だと思ってた! 全部エルウッドのおかげだったのか!」
これまで野宿が安全だったのは、全てエルウッドのおかげだった。
旅は楽しいと思っていた自分が恥ずかしい。
エルウッドがいたから、楽しく旅ができていたのだ。
「ごめん、エルウッド。明日から宿に泊まるよ」
「ウォウウォウ」
エルウッドは首を横に振るが、エルウッドが危険な目に合うのは見過ごせない。
それにしても、エルウッドは強いのだろうか?
確かに狼牙の中では超希少種の銀狼牙だが、見た目は完全に狼牙である。
額に角があるだけだ。
今はレイさんの言いつけ通り、角を隠すために額当てつけている。
モンスターの中でも最低ランクであるEランクなのに、Dランクのヴェネヴァス五匹を瞬殺するほどだ。
エルウッドが特別に強いと思った方がいいだろう。
まあ俺が産まれる前から標高五千メデルトで生活してたくらいだ。
強くても納得できる。
いずれにせよ、安全な旅を心がけることに越したことはない。
ただ今日は日が暮れてしまったので、このままテント泊をすることにした。
俺がテントに戻ると、しばらくしてエルウッドが戻ってきた。
どうやら倒したヴェネヴァスの死骸を遠くに運んだようだ。
モンスターの死骸に、肉食動物や別のモンスターが集まってくる可能性を考慮したのだろう。
「ウオォォォォン!」
遠吠えするエルウッド。
周囲に自分の存在をアピールしてるようだ。
「エルウッドごめんな。ありがとう」
「ウォン!」
俺はエルウッドにお礼を伝え就寝。
翌朝、テントを片づけながら、ラバウトの旅道具屋で買った地図を確認。
「今日の夕方にはラダーに到着するな」
ラバウトから北へ二百キデルトの距離にある宿場町ラダー。
今日はそこで宿泊する予定だ。
日中の街道は安全だった。
騎士団や自警団が巡回しているし、人通りがあるので盗賊が出ることは滅多にない。
モンスターも日中はわざわざ街道に出ない。
街道で旅人や隊商とすれ違いながら、宿場町ラダーに到着。
「予定より早く到着したな。まだ夕方前だけど、先に宿を探すか」
宿場町ということで、街道沿いには宿がたくさん並んでいる。
各宿で激しい呼び込みが行われていた。
俺はいくつかの宿を見て回る。
しかし、馬小屋のある宿がなかなか見つからない。
「お兄さん! 宿をお探しですか? 馬と狼牙もいるんですね。うちなら馬小屋もあるし、狼牙を部屋に入れてもいいですよ!」
赤毛の若い女性が声をかけてきた。
「一泊いくらですか?」
「狼牙と馬、そしてお兄さんの夕飯と朝食もつけて、全部で銀貨一枚でどうですか?」
「それはちょっと高いかな。他所を当たるよ」
「お兄さん待って! なかなか手強いですねー。装備品が新しいから新人冒険者だと思ったのに」
「商人みたいなものです」
「あちゃー、商人さんか。じゃあ、半銀貨七枚でどうですか?」
「そうですね、じゃあ半銀貨八枚払いますよ」
「え! いいんですか! たくさんサービスしますね!」
銀貨一枚でも良かったのだが、言い値をそのまま聞くわけにはいかない。
騙されることがある。
逆に値切りすぎると、宿で良いサービスを受られないかもしれない。
こういう時は、値引きの額よりも少し多めにすると印象が良い。
商人のトニーに教えてもらった宿屋の値引き交渉テクニックだ。
ただし、物を買う時は徹底的に値引きしろと教えられた。
係の男性に馬を預け、受付で赤毛の若い女性に半銀貨八枚を払う。
「夕食は日没後、朝食は日の出後です。馬の食事はこちらでやっておきますね。狼牙の食事はお兄さんと一緒でいいですか?」
「はい、それでお願いします」
「狼牙ちゃん、かわいいですね! たくさんサービスしますね!」
「ウォン!」
エルウッドが喜んでいる。
ここまでエルウッドのおかげで安全な旅ができたので、ゆっくりしてもらいたい。
部屋に案内された。
ランクとしては中級宿だ。
トイレは共同で、宿に風呂はない。
部屋に荷物を置いて、まずは街の大衆浴場へ向かう。
ラバウトを出てから初めての風呂だ。
ゆっくりと湯船に浸かったので疲労は取れた。
そして、風呂上がりに水角牛のミルクを飲む。
これが本当に美味しい。
宿に帰ると、ちょうど夕食の時間だった。
「お兄さん、お帰りなさい! 夕食の支度ができてますよ!」
食堂に用意されていた夕食。
地元産の食材がふんだんに使われたメニューに驚く。
想像以上に豪華だったため、俺は麦酒も注文。
エルウッドは生肉を美味しそうに食べている。
赤毛の若い女性が麦酒を運んでくれた。
呼び込み、受付、ホール担当と大活躍の女性である。
「お兄さん、ラバウトから来たんですか?」
「そうです」
「行き先は王都ですか?」
「ええ、そうですよ」
「やっぱり! じゃあ今の王都の状況知ってます?」
「え? どういうことですか?」
「実はクロトエ騎士団の一番隊隊長が変わったそうなんですよ」
王国が誇るクロトエ騎士団は周辺国で最強と名高い。
その騎士団のエースでもある一番隊隊長はレイさんなのだが……。
「一番隊の隊長ってレイ・ステラー様ですよね?」
「そうです。レイ様が隊長でした」
「じゃあ今は誰が隊長を?」
「副隊長だったザイン・フィリップ様が隊長になったんですって。三ヶ月前、この街に一番隊が来た時にザイン様を見かけたけど、本当にかっこよくて私ファンになっちゃったんですよー」
「確かに真面目な好青年ですもんね」
レイさんに絶対服従だったザインさんが、一番隊隊長になったとは驚きだ。
では、レイさんはどうしているのだろうか。
「レイ様はどうしてるんですか?」
「なんと! 団長に昇進されたんですって!」
「ええ! き、騎士団の団長!」
「そうなんですよ。以前から噂されていましたからね。というか、お兄さん。ザイン様に会ったことあるんですか?」
「ん? ああ、ありますよ。俺も三ヶ月前にラバウトでお会いしたんです」
赤毛の女性にザインさんと会ったことを話した。
もちろん、力比べで俺が勝ったことは内緒だ。
女性は大喜びだった。
それにしても、レイさんが騎士団団長とは驚いた。
騎士団の団長なんて、一般人では手の届かない雲の上の存在だ。
気軽に会えないような気がする。
しかし、俺は王都へ向かうしかない。




