第2話 ハルク・ベルク
声の主はミハイルの返事を待たず玄関を開き、そこにはあの男が立っていた、背の低いシルクハットを被った男、アラスタは瞬時にまた父を連れていく気だと訝り、無意識のうちにその目は、父と同じような眼光を幼いながらに向けていた。
「あら?お邪魔だったかな?ミハイルちゃん」
腰に右手を当て、左手を扉の外縁へ突っ張り棒の様に当てると顎を引き、小首を曲げた、ベルクと名乗る男、その視線はミハイルに向いていたが、近くにいるアラスタにも視線を移した。
「いつも急ぎで挨拶がまだだったね、僕はハルク・ベルク、なかなかいい発音だと思うだろう?ハルク、ベルク、ほら、音がしっくりする、大好きなんだ、僕自身、この僕の名前がね」
腰に当てていた右手を目を隠すほど深く被ったシルクハットの鍔に添え、握りこんだ親指を勢いよく突き立て弾く、するとシルクハットは腰の右横についたベルトのバックルのような金具に引っかかり。
透き通った白い髪が開いた玄関から吹き込んだ風になびいて煌めき、その顔は、まるで星空と大海原が交わって生まれたような美貌があった。
「もう一度言うよ、僕はハルク・ベルク、今後ともよろしくね」
「いつも通りだな、お前」
息子の背中をさする父は立ち上がった、アラスタはゆっくりと見上げる。
てっきり口調の冷たさから敵意むき出しで睨みつけているのだろうなと思っていたが、その顔は呆れ返っている顔だった。
「んー、何気ない言葉に棘があったぞぉミハイルちゃん」
ミハイルに指を指すハルク、妙に体のくねらせ方が女性的だ。
そのあとすぐに大袈裟な身の振り方で自分自身の体を抱き締めると、情けない声を「あぁ」と漏らし、仰け反った体を戻し、ミハイルと鼻が触れるほど急接近した後に、少しも声のボリュームを落とすことなく喋りだした。
「まただよ、またゴーレムだ」
ミハイルは冷や汗で額を湿らせ、静かに自分の部屋に行くようにと目線を流したが、アラスタは行く気はなかった、ここまで反抗したのは新たに産まれてからは初めてのことで、ミハイルも眉間にシワを寄せて首に手を当てると、小首を曲げる。
そんな姿に察したハルクは笑顔でアラスタの目線まで身をかがめる、そして玄関から見える外へ指を指す。
「今日は僕の息子も連れてきたんだ、良かったら一緒に遊んではくれないかな?」
アラスタは一考した後、ミハイルのほうを見る、すると笑顔で小さく頷いた。
いつまでもこうして居ても意味は無い、頃合いを見てもう一度聞こうと、自分を納得させ、頷き返した後に外へと歩き出した。
「聞き分けのいい子だね……まだ話してないか」
「聞いてたのか?」
深いため息を吐いた、長い白髪をかきあげ、前髪を後ろに回すと、ハルクは瞑った目を開く。
「大体分かるよ、君のことだ、そうだろうなだなんて、僕じゃなくても分かるはずさ」
ミハイルは、踵を返し、壁に掛けられたチェスターコートを羽織ると、振り返ることなく話し始めた。
「私と同じ目にだけはあって欲しくないんだ、1度はあの子の元から消えた方がいいと思った、でもダメだった、そんなこと出来ないなんてこと、わかりきってたはずだったが」
「重ねてるとこもあるんだろうけどね、髪以外はリリーにそっくりだし」
ハルクのその言葉に、父としての優しい笑顔を口だけにうかべ、ネックレスについた2つの装飾品を手の平にのせる、1つは小さな白い石ころのようなもの、もうひとつは金のロケットで開くと蓋には愛しのリリーと刻まれており、若き日のミハイルと、リリーという女性が身を寄せあった白黒写真がはめ込まれていた。
髪がうねり1つ無い金髪な事以外は成長したアラスタ瓜二つだった、幼さを除けばだが。
「今回のゴーレムは、どうなんだ」
「手こずるかもね、なんてたって御大層な探求者様だ」
「なるほど、あのヤブ医者どもが」
2人は父の部屋の扉を開くと、中へ入っていった。
「今回も夜だ、頑張ろお互い」
この言葉を発した時、ハルクの顔から薄ら笑いは消え、父と同じ眼光をただ発するのみだった。