見合いの相手2
(顔が、見えない・・。)
笑顔を作りつつ、ばれないように目に力を入れてみるものの、思い切りしかめるわけにもいかず、諦めるしかない。
しかし、表情が読めない会話はなかなかに辛い。
しかたなく、翠花はとにかく笑顔で相づちをうつ、という従姉妹、睡蓮の助言を忠実に守るしかなかった。
青河の話は、それが可能なくらいに十分楽しかった。
将来有望で、これだけ歴史や風土に詳しく、話題が豊かな人物ならば、やはり自分よりふさわしい相手が必ずいる。
相づちをうつだけの、ぱっとしない自分など、相手にされないに決まっている。
これといって才女らしい特別な知識を披露することもなく、特に突っ込んで質問されることもなく終わりそうな流れに、青河が無難に終わろうとしていると理解し、翠花はほっとしていた。
ありのままを見せれば、それで十分。
期待はずれの自分は丁重にお断りされるだろう。
「・・会ったらぜひ、聞いてみたかったんだけど。」
食事も終わり、そろそろお開きかな、と思った時に不意に聞かれ、翠花は少し身構えた。
「なんでしょうか?」
「君は、龍華国語が読めるよね?なぜ、読めるようになったの?」
(きたわ。)
そもそもこの見合いは、翠花が龍華国語が読めるということを過大評価されて組まれたものだ。
「・・お話するのも恥ずかしいのですが。」
ならば正直に言うまでのこと。
きっかけは、何てことないことなのだ。
「本には、参考資料というものがあります。」
引用の際には引用元が記される。
翠花は、気に入った本を見つけると、同じ作者の本を全て読み、次に作者が引用した部分の引用元や、作者が参考資料として記したものを読む、という広げかたをしていた。
本を通して見える作者像を想像するのが好きだったからだ。
周りにそういう目的で本を読む人はいない。
かなり変わっているのだろうという自覚はある。
「好きな本の中に、龍華国の伝説をモチーフにした話が載っていたんです。初めて知る伝説で、興味をもって、出典をたどると龍華国語で書かれた本に行き着いて、そこから。」
「へえ。どうやって読めるようになったの?」
「その本は龍華国語のものしかありませんでしたが、他の本で翻訳されたものがあって、照らし合わせながら言葉の意味を確認していったんです。」
言葉が分かれば文法を。
完全に独学のため、正しくないところもあるはずだ、と正直に告げる。
「なるほど。で、読みたかった本は読めるようになったの?」
「・・意味が辿れるくらいには。元々青風国も龍華国だったのですから、まったく言語が異なるわけではないですし。」
「・・いやいやいや、かなり違うだろ。」
「え?」
声色だけで表情はよく分からない。
(そうか。青風国の言葉は語順に特徴がある。一番似てたのは、皓紅国の言葉だったわね。・・まあ、いっか。)
「ちなみに、きっかけになった本って何?」
「ああ、『龍騎士の物語』という本で確か作者は皓蒼麒という方だったかと・・。」
「・・・・・・。」
なぜか相手が無言になるため、どきっとする。
何か良くないことを言ってしまっただろうか?
「あの、青河さん?」
不安になって尋ねると、空気が動いた。
「なんでもないよ。出ようか。」
(あとは、家までたどり着けば終わり。)
送ってくれるものの、すっかり無言になってしまった青河のそばで、物や人にぶつからないように注意しながら、なんとか帰路をすすむ。
「翠花さん?行き過ぎそうだけど?」
近くの障害物に集中していたせいで、家を通りすぎかけるという失態をおかしていたらしい。
「ありがとうございます!」
あたふたとお礼を言ったあと、翠花は意を決して続けた。
「青河さん!あの、私、傷つかないので!気を遣わずにお返事くださいね。」
「・・はい?」
要領を得ない返事。
(やっぱり良い方なんだわ。)
遠回しに躊躇わず断ってかまわないと告げたのに、反応が鈍いということは、やはり気を遣っているのだろう。
「青河さんが素敵な方だということは、よく分かりました。その青河さんがお決めになったことですから、なんと言われても受け入れます。どうぞ思うままにお返事ください。」
「・・なんと言われても?」
「はい!」
躊躇わず断言すれば、やや間が空き、
「へえ・・・。」
低い声が返ってくる。
「では失礼します!」
(やりきった!)
話している間に手探りで戸をみつけていた翠花は、にっこり笑ってお別れをした。
この時の翠花はいろいろ目一杯頑張ったことで大きな達成感に包まれており、最後の「へえ・・・。」に含まれていた黒い部分に全く気づかないまま、家に入ってしまった。
「なんと言われても、ねえ。」
見合い相手の青河が、そう言いながら、見る人が見たら鳥肌がたつような悪い笑顔になっていたことを、翠花はまだ、知らない。