小さな変化2
「重そうだね。持とうか?」
声をかけられて振り向くと、同じ歳くらいの青年がにこっと笑っていた。
最近町に出ると、よく声をかけられるようになった。
西の町の治安は悪くないが、まだ悪意の有無を見分けられるほど人を見る目はないという自覚があるので、翠花はいつものように丁重にお断りする。
「ありがとうございます。これくらいは持ちなれていますので大丈夫です。」
「えー。持ったお礼にお茶を奢る約束をしようと思ったのに。ガード固いね。」
「えーと。あなたが持ってくださるとなぜお茶の約束に?・・あ、私が奢る側ですか?」
素直に尋ねると、吹き出されてしまった。
「いいね。そういう反応は新鮮!違うよー。俺、海里ね。まあ・・デートの約束をなんとか取り付けようという下心です。」
そう言いながら、本だけ残して、提げていた買い物袋をひょいっと持ってしまう。
「え、あの!」
慌てて返してもらおうとした、その時。
「@gpajあi.!wtやrgpはm,!」
向こうから異国の言葉で何かを叫ぶのが聞こえて、そちらを見ると、年配の男性と若い男がこちらに向かって走ってくる。
さりげなく道を空けようと脇にそれたのだが、二人の目的は、他でもない翠花だったようだ。
(あれ?本屋の売り子をしていた人だわ。)
「知り合い?」
海里に聞かれて、「一応・・」と答える。
「ごめんね。なんだか、店主の私物が混ざっていて、売っちゃダメな本があったみたいで・・。」
若い本屋が青風語で話しかけたのだが、言い終わる前に店主らしき年配の男性が翠花の持つ本に手を伸ばしたせいで、
「きゃあ!」
翠花は驚いてバランスを崩してしまう。
「おっと。」
海里が支えてくれたお陰でこけずにすんだのだが、その拍子に持っていた本が散らばってしまった。
慌てて本を拾い、汚れをはたく。
(雨が降ってなくて良かった。)
店主は、目当ての本を探すのに必死で、見つけるとすぐに懐に入れてしまった。
(ああ、若い店員さんが勧めてくれた本だわ。)
「すみません!大丈夫?」
若い本屋は申し訳なさそうに、残りの本を拾うのを手伝ってくれる。
「大事な本だったんですね。会えて良かったです。」
翠花は、残念な気持ちを出さないように、笑いかけたのだが。
「中は見ましたか?」
店主が、鋭い目で聞いてくるのでビクッとなってしまう。
「あ、まだ、読んでいません。」
「本当に?」
(な、なんだろう?)
「ねえ。失礼じゃない?さっきからなんなの?」
横から翠花を守るように、海里が割り込む。
「いや、見てないなら別にいいんです。では。」
(え?)
「・・おっさん。いい加減にしろよ。」
本を持って、そそくさと退散しようとする店主に、本代について聞こうとした時、それより若干早く、海里の低い声がした。
先ほどまでの軽い感じとは異なる、妙な迫力のある声。
「な、なんだね?」
店主は、あきらかにたじたじとなっている。
「あ、あの、本の代金ですよね?えっと、確かここに・・はい!」
若い本屋は機転を利かせて翠花に返金をしてくれたのだが、不穏な空気は変わらなかった。
「ねえ、あんたさあ。この町でそんな態度で商売するなら、こちらも考えがあるよ。とりあえず、家まで来てもらえるかな。」
「家?」
店主と同じように首をかしげる翠花に、海里は頭をかきながら説明する。
「俺、封海里っていうんだ。親父がこの辺りの領主なんだよ。」
(封・・ってことはあれ?おばあちゃんの・・。)
今更ながらに自分はまだ名乗っていないことに気づく。
「何もやましいことがないなら、ついてこれるよね?」
迫力のある笑顔に、断る選択肢は当然なく、店主は若い店員に片付けを指示して翠花と共に封家の本邸に行くことになったのである。
そして、封家の本邸にて。
(落ち着いたら、挨拶に行く予定だったのよね。)
祖母の権限は大きいらしく、その気遣いに甘えていたのだが、今となってはそのせいで気まずい。
「さて、と。対応も問題だけど・・正直言って、怪しいんだよね。本、確認させてもらってもいい?」
当主は今は留守らしく、護衛らしき人物が二人いる部屋で海里は口を開く。
向かいには店主、翠花はなぜか海里の隣に座らされていた。
店主は渋々といった様子で本を渡す。
「鳳白国語の本なんだね。内容は確認しようがない、か。」
(あ・・。)
「ちょっと見てもいいですか?」
翠花が声をかけると海里はすっと渡してくれた。
ぱらぱら・・と内容を見る。
名前の語られない男と女の出逢いから話が始まるのだが、惹かれ合っていることを何となく確かめた矢先、戦乱で引き裂かれる。
(史実がうまく織り混ぜられ・・って言ってたな。気になる!!)
危うく物語に引き込まれそうになるところで、
「何か、気になるの?」
と聞かれて我に返った。
「あ、いえ、中身は普通の物語みたいです。店員さんが、面白いよっておすすめしてくださってました。鳳白国で流行っているらしいです。・・あら?」
本を返そうとした翠花は、次のページに栞が挟まっているのを見つけた。




