小さな変化1
封家の奥様の家に、可愛らしい娘さんがいる。
そんな噂が、西の町に広まりつつあった。
封家の奥様、とは、翠花の祖母のことだ。
もう引退しているが、領主の時代の名残で、慕うものは多く、来客も度々ある。
その時にお茶を運んでくれたり、場を繋ぐ話し相手になってくれたりする翠花のことが、徐々に話題になっているのだ。
「おばあちゃん!町に本のお店が出ているみたいなの。行ってくるわね!」
明るい笑顔で出ていく翠花を見送りながら、祖母は満足げに笑う。
くろぶちの眼鏡が顔の印象を暗くしていたため、いろいろ試して、淡い緑色に落ち着いた。レンズも形を微調整して、柔らかい雰囲気にできた。
髪を思いきって肩までに切った。これは、鳳白国で流行りの髪型で、この辺りでもそうしている女性がちらほらいる。くくることもできる便利な長さだ。
前髪を切って短くすると、翠花の透き通るような瞳がはっきり見えた。
薄く化粧も施す。
もともとの造形を生かして最小限にし、頬や唇にうっすらと紅を差せば、一気に可愛らしさが溢れた。
「う・・わあっ!」
鏡を見たときの翠花の反応は、しびれた。
それ以降、相変わらず本に没頭する時間の方が多いが、人前に出ることを余りいやがらなくなり、何より俯かなくなった。
「見た目って大事よお!自信もつくし、可愛くなるって楽しいじゃない?ちょっとのことで気持ちが前向きになるんだから、楽しまなくっちゃ!!」
そう言うと、翠花は真っ直ぐな瞳で
「はい!おばあちゃん!」
と頷いたのだ。
(ま、私の孫だからね。そろそろ周りがほっておかなくなるさ。)
皇太子のことは、相手の気持ちが定かじゃないが、男は一人じゃない。
迷いなく素敵だと思えて、相手も真っ直ぐ自分を好きになってくれる、そんな恋の種は、いくらでも転がっている。
翠花の魅力は、言葉の知識だけでは断じてないのだ。
「そろそろあの子も動き出すだろうし。」
小声の呟きに出てきた(あの子)は、翠花ではない。
祖母が思い浮かべた人物は、はからずもその時、翠花と町で出会っていた。
西の町の人たちは、陽気だ。
それを表すかのように、広場の出店ゾーンに立ち並ぶテントの色は、赤、オレンジなどの暖色系が多く、買い手も売り手も明るい声でやりとりしている。
祖母のために、食事の買い物を済ませたあと、広場にむかえば、お目当ての本の店をすぐに見つけた。
(わあ!いろんな本がある!古書ばかりでもないし、鳳白国の本もたくさんあるのね。)
国境を越えて商売しているのかもしれない。
王都で翻訳を頼まれるときに少しずつ得て貯めていたお金と、本の値段を見比べて、買えそうなものを探す。
(やっぱり鳳白国の本が気になる。歴史書か、小説か・・。)
「お嬢さんは、鳳白国の子なのかい?」
ふいに、店の人に話しかけられて驚く。言葉は青風国の言葉だったが、少し発音が異なる気がした。
「いいえ。でも、鳳白国の本、好きなんです。何を読んでも特有の、伸び伸びした自由な文化や思想に触れられるから。」
「へえ。君にはそう映るんだね。誉められると嬉しいよ。文字が読めるのか。それなら・・。」
店の人は、奥から一冊の本を取り出した。
「鳳白国で、今流行っている本だ。史実をうまくおりまぜながら、物語が進んでいてね。楽しく読めると思うよ。」
小説のようだった。装丁が美しく、まだ新しい。
値段を見ると、手に取っていたうちから数冊は諦めなければならないが、買えないほどではない。
(おすすめしてもらって買うのも貴重だわ。)
「ありがとう!買います!」
翠花は笑顔で応じた。
翠花が去ってすぐ。
「おい!ここに積んでた本、どうした??」
店長らしき人物が帰って来て、鳳白国語で店番の青年に尋ねる。
「え?あの本ならさっき来たお客さんに売りましたけど。鳳白国の文章も読めるみたいだったから。」
「なんだと??」
店長の焦った顔に、青年は一気に不安になる。
「まずい。取り返さないと。行くぞ!」
店番を隣の店の売り子に託して、二人は慌てて翠花を追った。




