【番外編】ロージーちゃんとプリン
天気の良い平日の昼下がり。
21号の本体、サミュエル・メイはとある地方都市の老舗デパートにいた。
彼はこのデパートの催事『大きい猫展』に行きたいと言った母親に付き合って一緒に見に来ていた。
サミュエルも猫好きだったので。
「サミュエル、猫可愛かったわね。
うちもお父さんが猫アレルギーじゃなければ飼えるのにね…
あ、ねえ、この後どうする?お茶する?」
「さっきランチしたばかりだし、喉乾いてないからいい」
「あらそう。
じゃあママ修理を頼んである時計を宝飾売り場に取りに行ってくる。
あなたは地下の『プリンプリンセス』にプリンを買いに行ってくれない?
十二個お願い。
明日のホームパーティーでお客様にお出ししたいの。
あそこのプリン評判いいから。
駐車場で落ち合いましょう」
「わかった」
「あ、カード。
はい、お支払いはこれで。
そうそう、プリンはプレーンと抹茶半々でね」
「了解」
こうしてサミュエルは母親と別れてデパ地下に向かった。
いつもは行列が出来ている『プリンプリンセス』だったが、この時はたまたま空いていた。
「すみません、プレーンと抹茶六個づつ下さい」
この注文に店員は持ち帰りの時間を聞いてきた。
「20分」と答え支払いのためカードを店員に手渡そうとしたその時、サミュエルは気づいた。
その店員の顔に見覚えがあると。
「ロ、ロージーちゃん…」
店員もサミュエルの顔を見て、ん?と首をかしげる。
「あ?どこかで見た顔…
えーっと、えっーと…
思い出した!
21番、21番じゃん!久しぶり!」
あ、マジか。
ロージーちゃん僕のこと覚えていてくれてた…
「ロ、ロ、ロージーちゃん、噂では都会で暮らしてるって聞いてたけどこっちに戻ってきてたの?」
「ん、二十五歳の時、若き経営者と結婚してタワマンの角部屋で暮らしてたんだけど、会社の業績が悪くなってから、ダンナ人が変わっちゃってさー
お金入れてくれなくなっちゃって…
それだけじゃなく暴言吐くようになっちゃって。
だから去年子供連れて実家に戻ってきたんだ〜
今離婚調停中なの」
…子供が…いるんだ、ロージーちゃん…
離婚調停中…
「ね、21番は今何してるの?」
「!」
「今日は有給?」
サミュエルは無職であることを言いたくなかった。
けれど今の自分の状況を赤裸々に語ったロージーちゃんに嘘はつきたくない。
「実は…無職なんだ」
「えっ!」
驚いたロージーちゃんの顔をサミュエルは正視できない。体裁の悪さからすっと視線を斜め下に落とす。
「地獄に仏!」
そんなサミュエルに向かってロージーちゃんは意味わかんないことを叫んだ。
「お、お、お願い21番!
無職ならうちで働いて!明日から!」
「え?」
サミュエルはロージーちゃんの言葉にきょとんとする。
「あ、説明するね。
私今ここの店長やってるんだけど、昨日バイトが喧嘩して同時に二人やめちゃってさ、週末どうやって乗り切ろうかと頭抱えてたの。
ね、新しい人が入るまでいいからここで働いて〜
私を助けると思って」
ロージーちゃんはサミュエルに手をすり合わせて懇願した。
接客業…?
サミュエルは思いもしなかった申し出に思考停止の状態。
「働くの!働かないの!」
そんな彼をロージーちゃんは恫喝する。
これにサミュエルは懐かしさを覚えた。
中学の時から彼女はこんな感じだった…
「働きます…」と思わず彼は言ってしまう。
「よしっ!
じゃあ三十分後に簡単な面接するから。
それまでに履歴書用意して。
4階の文具売り場で売ってるから」
「うん…
あ、プリン…プリンをママに渡してくる。
それから履歴書用意するよ」
ロージーちゃんはプリンをサミュエルに手渡した後言った。
「走れ、21番!時間を守るのは社会人の最低限のルールだよ!」と。
21号の人生、変化の予感。
本人自覚はないけれど、運に恵まれている21号。
ロージーちゃんと中学の時に同じクラスになれたことは彼に与えられた幸運のひとつであることは間違いない。
そしてこの再会も。