第46話 帰還
霧島たちが去り、森にはゆっくりと静寂が戻りつつあった。
さっきまで耳を裂いていた殺気が嘘のように消え、代わりに自分の荒い呼吸だけが残る。
俺はふらつく足でアヤカのもとへ駆け寄った。
地面に倒れ込んでいたアヤカの肩に触れると、その身体がかすかに震える。
「……アヤカ……!」
呼びかけると、アヤカはゆっくりと目を開けた。
焦点の合わない瞳が俺を捉え、弱々しく瞬く。
「……太一、くん……?」
その声を聞いた瞬間、胸の奥が一気に緩んだ。
生きている──それだけで十分だった。
膝から力が抜けそうになるのを、必死にこらえる。
「無事で……よかった。
俺たちは……生きてる」
アヤカは小さく頷き、再び目を閉じた。
その呼吸は浅いが、確かに続いている。
ノエルが俺の横に立ち、坂上の倒れている方を指差す。
「タイチ。あいつ……どうする?」
坂上は意識を失っているが、まだ息はある。
霧島にスキルを奪われたせいか、身体から完全に力が抜け落ちていた。
まるで魂だけ抜かれたような、そんな虚ろさがあった。
「……連れて帰る。
こいつは、まだ俺たちの知らない情報を持ってる」
ノエルは無言で頷き、坂上の身体を軽々と抱え上げた。
その動きは静かで、迷いがない。
血の契約を結んだという言葉の重さが、今さらながら実感としてのしかかる。
俺もアヤカを抱きかかえ、宿へ戻ることにした。
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宿に着き、扉を開けた瞬間―― アリスが勢いよく駆け寄ってくる。
「タイチくん!? その傷……!
何があったの? アヤカちゃんも……!」
「ちょっと色々あってな。アヤカは気絶してるだけだ」
驚愕の表情のまま、アリスはすぐに治癒魔法を展開する。
その光は相変わらず温かく、触れられるだけで痛みが引いていく。
張り詰めていた身体が、ようやく自分のものに戻っていく感覚がした。
「……助かった」
アリスは胸を撫で下ろし、ノエルへ視線を向ける。
「この子は……?」
俺はノエルを紹介する。
「ノエル。今日から俺たちの仲間になった。仲良くしてやってくれ」
ノエルは一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。
「私はタイチと血の契約を交わし、服従関係を結びました。
奴隷にされていたところをタイチに救われ、一生仕えることを心に決めました」
アリスの目が大きく見開かれる。
「私はアリス! よろしくね!……って、血の契約!?
本当に……?」
ノエルは静かに頷いた。
アリスは俺を睨みつける。
「タイチくん!?
血の契約ってどういうことかわかってしてるの?」
「いや、その……成り行きで」
「成り行きって! どちらかが死ぬまで続く契約よ?
こんな若い子にそんな重荷を背負わせるなんて……!
だいたい、私っていう婚約者がいながら次から次へと女の子を抱え込んで……」
ノエルがそっとアリスを制した。
「アリス。私はそんなつもりで契約を結んだのではありません。
それに、アリスがタイチの大切な人であるなら、私はアリスにも服従を誓います。
主の大切な人間は、私にとっても大切な人間ですので……」
アリスはため息をつき、頭を抱える。
「はぁ……ノエルちゃんがそれでいいなら、もういいけど……
ノエルちゃん、これからよろしくね」
ノエルはぱっと笑顔を見せた。
「はい!」
その笑顔は、さっきまでの戦場の空気を忘れさせるほど柔らかかった。
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治療が終わったあと、俺はアリスに告げる。
「明日、国に帰ろう」
アリスは驚いたように瞬いた。
「えっ……もう?」
俺は森で起きたことを順に話す。
霧島の襲撃、坂上のスキル吸収──
アリスは真剣な表情で聞き、最後に小さく頷いた。
「……わかったわ。明日の朝、馬車で戻れるように手配しておく」
アリスはすぐに動き出す。
その背中を見送りながら、胸の奥に重いものが沈んだ。
霧島の力、坂上の変化――
どれも軽く扱える問題じゃない。
ノエルは静かに俺の隣へ座り、短く言った。
「タイチ。私は、あなたについて行きます」
その言葉が、妙に心に響いた。
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