第1話 転生と追放
日々積み重なる業務をただ消化するだけの、代わり映えのしない毎日。
黒澤太一、三十五歳。
今日も俺は、机の上に積まれた仕事を淡々と片付けていた。
パソコンの画面を睨みつけながら、エナジードリンクをひと口。
「……今日は何時に帰れるんだろうな」
誰に聞かせるでもない独り言。
その瞬間だった。
視界が“白い光”に呑み込まれた。
眩しさに思わず目を閉じ、耳鳴りが響き、足元の感覚がふっと消える。
息が詰まり、心臓が跳ね、世界が遠ざかっていく。
――あ、これ死ぬやつか?
そんな考えがよぎった次の瞬間、光がふっと消えた。
気づけば俺は、冷たい石の床の上に立っていた。
「……どこだ、ここ?」
見上げると、高い天井と巨大な石柱。
壁には見たことのない紋様が刻まれ、淡い光が揺れている。
どう見ても神殿だ。
周囲には同僚や上司が二十人ほど。
誰もが呆然と立ち尽くしていた。
「え……なにこれ……」
「ここどこだよ……」
「どうなってんだ……!」
混乱が広がる中、石造りの祭壇の上に立つ男がゆっくりと腕を広げた。
「ようこそ、異世界の来訪者よ――よくぞこちらの世界へ参られた」
よく通る声が神殿全体に響く。
「汝らは、この国を救うべく転生された」
転生――?
「ちょっと待てよ、転生ってどういう意味だよ!」
「帰らせてくれよ!」
「仕事残ってんだぞ!」
叫びが飛ぶが、男は冷たく言い放つ。
「鎮まれ。汝らは向こうの世界ではすでに死んだ身。帰ることなどできぬ」
……死んだ?
胸の奥が冷たくなる。
家も、家族も、仕事も――全部、もう戻れない?
男は淡々と続ける。
「見た目が変わっておろう。転生魔法とは、彷徨う魂を呼び寄せ、新たな肉体を与える魔法。元の世界に戻れば、魂は浄化され無となるだけだ」
神殿が静まり返る。
震える声で同僚が尋ねた。
「……この国を守るって、どういう……?」
「この国は魔族の脅威に晒されておる。戦力が足りぬゆえ、転生魔法で汝らを呼んだのだ。戦闘職に選ばれた者には報酬も弾もう。平和になれば遊んで暮らせるほどにな」
「じゃあ……戦闘職じゃなかったら?」
「生産職ならば、この国で自由に暮らすがよい。ただし報酬は出せぬ。そこは理解せよ」
安堵の声が漏れる。
男は続けた。
「では其方らの力を見せよ。スキルボードオープンと唱えるがよい」
全員が一斉に唱える。
光の板が空中に浮かび、文字が並ぶ。
「俺、剣聖スキルだってよ!」
「私は治癒スキルがある!」
「賢者スキル……!」
歓声が上がる中、俺も自分のスキルボードを覗き込んだ。
その瞬間、手の甲に赤い光が集まり、熱が走る。
「うっ……あっ……熱っ……!」
次の瞬間──炎の形をした紋様が刻まれた。
「なんだこれ……?」
司祭が俺を見て、顔を引きつらせた。
「そっ……それは……邪神の紋様……!
まさか転生者の中に邪神の加護を持つ者が……!」
空気が凍りつく。
「邪神の加護……?」
「やばいだろ、それ……」
「近づくな……!」
同僚たちが一斉に距離を取る。
司祭は冷たく宣告した。
「邪神の加護を持つ者を、この国に置くわけにはいかぬ。
――タイチ・クロサワよ、即刻この国から立ち去れ」
「は……? 待てよ……!」
「命だけは取らぬ。第二の人生を与えられただけでも感謝するがよい」
理不尽すぎる。
怒りが込み上げ、体の奥から熱が噴き出す。
司祭は怯え、叫んだ。
「ひっ……早くこの者を国外へ転送しろ!」
その声で我に返る。
身体から立ち上る炎が消えた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!
誰か止めてくれよ! 同じ会社の仲間だろ!? なぁ……!」
言い終わる前に、足元に魔法陣が展開される。
光が弾け、視界が揺らぐ。
最後に見えたのは、同僚たちの怯えた顔だった。
――そして俺は、異世界の荒野へと放り出された。
冷たい風が吹き抜ける。
見渡す限りの荒野と、遠くに広がる森。
しばらく立ち尽くし、深く息を吐いた。
「……追放ってマジかよ……
だったら……生きてやるよ。
俺を見捨てた国なんかより、よっぽどマシな生き方をしてやる」
こうして、俺の異世界生活は最悪の形で始まった。




