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呪人・廻《カースマン・カイ》  作者: さばみそ
第七章
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熊埜御堂ミコトの長い一日・中編

その巫女の名は生橋キヨノ。件の黒ナミ事件、その中心人物と言ってもいい女性だ。なにしろ伊邪那岐命の依り代となっていた人物なのだから。

「お元気そうで。っと…みんなも元気っすか?」

「ふふ。それはご自分の目で確かめてくださいませ」

依り代だっただけに、その顔は彼の創造神と瓜二つ。元々良家のお嬢様でもある彼女。その才覚品格は共に素晴らしく、ミコトにとっては苦手な部類の人間だ。

(やっぱやりづれ~)

(ほっほっほ)

さて、何はともあれ境内の外れにある自宅に到着し、途中で会った同門たちに囲まれていよいよ久々の父親、ノリヒトとのご対面。

「お前なぁ、帰ってこいとは言ってたが連絡もなくこんな急に…」

「いや、まぁ、なんつーか…」



「この馬鹿者があ!!」

「怒鳴んなって! 俺も反省はしてんだから」

客間で全員での会食。その中で突然の帰省の理由を説明するや否や、父に怒鳴り散らされるミコト。内容を聞いていた一同、やや理不尽ではあるが納得して見守るしかない。

「ふふ。帰ったらちゃんと謝らないといけませんよ?」

この騒がしい男衆の中でも、こんな親子喧嘩を見せられても、終始穏やかなキヨノは二人の前にビールを注ぎににこやかにやってくる。やはり苦手意識があり一定の距離を置くミコトだが、同門たちはむしろ逆。その艶やかな立ち振舞いに御執心のようだ。そもそもミコトの母が亡くなって以来、女人がほとんどいなかった神社。街に出ることを禁じられていたわけではないが、男だらけで厳しい修行ばかり行っていると女性との接し方もわからなくなるわけで。そんな時に美しくも高貴な女性がやってきて別け隔てなく優しく接してくるとなると…

「おいオヤジ、これ大丈夫なのか?」

「うーん、まぁ悩みどころではあるが… ま、この馬鹿騒ぎもあと少しだからな」

「どゆこと? あ、さすがに実家に戻る感じか?」

「いやいやいやいや~」

と、キヨノが急に玄関の方に振り向いて、今までは人形のような笑顔だったのが頬を染めて目を輝かせて、ととっと小走りに向かって行く。

「なんだ?」

「驚くぞ~」

「ほっほっほ」

玄関の戸がガラガラと開く。権宮司である淡島だった。ノリヒトと兄弟のように育ってきた、いわゆる親友でありミコトにはもう一人の父のような人物。なのだからそこそこの年齢なのだが…

「お帰りなさいませ旦那様」

「旦那様はよしてくれと言ってるだろう。まったく。そのいたずら好きはいつ治ることやら」

「うふふ」

粟島は困ったような顔をし、そして見たこともない顔で微笑む。キヨノも微笑む。その姿にミコトは度肝を抜かれた。あの厳格だった男が、女などには興味のかけらも無いような枯れた男だと思っていた、むしろそっちの気があるのではとすら思った時期もあった。それがここにきてこのような美女と!?と。

「驚いたろ~?」

「ってもんじゃねえよ!マジかいろいろと!?」

「キヨノがフケセン?とかファザコン?って言うのか?らしくてな。目の色変えて近寄る若いやつらに世話を任せるわけにはいかんと淡島に任せていたらな。最初は彼女が一方的にだったんだが、淡島も徐々にな。あんな感じに見せつけるようになったのはここ最近になってやっとよ」

「うへぇ…」

何はともあれ、一時はドン引きしたミコトではあるが、信頼し尊敬する淡島がやっと身を固めようとしていることに心から喜んだ。喜び過ぎてついつい酒も進んでしまう。

「飲み過ぎですよ?」

「いやいや~こんなのまだまだっすよ~ね~あ~しまさ~ん?あ~しまさんもまだまだいけるっすよね~?」

「はいはい」

「はいはいっかいでい~んだろ~?おれにはおこるくせに~」

「はい。申し訳ございません」

「あやまんないでよ~たのしくのもうぜ~?」

と、すっかり出来上がってベロベロだ。

「やれやれ。ミコト様は昔から酒には弱いというのによく飲まれて。結婚して御子様も生まれましたが、まだまだ心は未熟なのですかね…」

目蓋を閉じてゆらゆら揺れるミコトを横目に、キヨノに対してほんの少しの愚痴を溢す。笑って受け流してミコトのグラスをお冷やが入った物と交換するキヨノだったが、そこにノリヒトが割って入る。

「おいおい淡島、お前さんもまだまだ見えておらんの~」

こちらもまたベロベロになりつつある父ノリヒト。親子揃ってかと呆れ気味の淡島ではあったのだが…

「見えていない、とは?」

「この馬鹿息子はな、実はめちゃくちゃ酒に強いんじゃぞ? お前以外み~んな知っとる。なあ?」

一部始終を見物していた部下たちが揃ってうんうんと頷く。

「酔い潰れるとこってレアっすよね?」

「たしかに、あんま見たことねえよな」

「むしろ潰れた俺らを介抱してくれてるよな」

「会計もいつの間にかしてくれてたり、最後は忘れ物ないかってチェックもして」

「飲み過ぎてやらかした時は店主と話しつけてくれて、しっかりしてるよな」

「おい、やらかしたなんて話は聞いとらんぞ?」

「つーか、必ず潰れる時ってな?」

「な~」

ミコトの酒の場での話し。部下たちから聞こえてくるものは、凡そ淡島の記憶には存在しないもの。半分寝ているミコトを見ながら、では何故今はこんなにも?と疑問に思う。

「あら?まだお分かりになりませんか?旦那様は意外と人の心がわからないのですね。私、少し悲しいですわ」

「え?いや、その… どういうことなのだ?」

キヨノのいたずらな一言に慌てふためく淡島。その様子に大笑いする一同。その笑い声で目覚めたミコトも、何もわかってはいないがつられて笑う。

「お前が大好きだから甘えてるんじゃわ。信頼しとらなきゃあこんな無防備にベロベロになるかってことよ」

そう言ってぐいとグラスに残った酒を飲み干すノリヒト。その空になったグラスにキヨノが優雅にすら見える動きで新たな酒を注ぐ。その顔が赤い理由は酒なのか照れなのか。旦那様はそんなところには気を回せない程に驚いていた。たしかに信頼関係にはあったと自負はしていたが、そんなにも気を許す程だったとは思ってもいなかったのである。

「お前もこいつも、ワシに言わせれば似た者同士よのぅ。自分はそんなに大したもんじゃねえと過小評価しやがる。だから自分を信頼してる者がいることを理解出来てねぇ。てめぇはそういう対象に成り得ねぇと思ってやがる」

胡座(あぐら)を崩して片手をつき、グラスを掲げて揺らして口悪く語る。

「ま、それでも馬鹿息子のことはどーでもいいってことよ。こいつも自分の家族を持った身だからな。しっかりと仕事もして、やらかしもあるようだが、そんな時にこうして帰って来てくれるようになっただけで俺ぁ十分よ。それよりも淡島!」

「はい!?」

しんみりモードからの真顔での大声。淡島はついていけずに恐縮してしまう。チラリとキヨノを見ると楽しそうに微笑んで淡島のグラスにも酒を注ごうとする。慌ててグラスを飲み干す淡島。

「ふははっ。そうして自分が惚れた女に対して、不器用ながらも向き合えるようになったのが一番喜ばしいことよ。ここにいる全員な」

ノリヒトがグラスを一段と高く掲げる。すると部下たちも談笑を一時止めて全員がグラスを淡島に向けて掲げた。無論、ミコトもである。

「あ~しまさ~ん、まじでしゃ~あせになってくらさいよぉぉぉ」

急に泣き出して膝に飛び付いてきたミコト。どうしていいかわからずに、とりあえず頭を撫でてやるとそのままミコトは熟睡してしまう。

「私、嬉しいです。旦那様がこんなにも慕われていて」

「……うむ」

少し涙ぐむ淡島の頭をペシッと叩いてノリヒトが腕を引く。

「いいから、さっさと馬鹿息子をひっぺがしてこっちに来い。まだまだ夜は長えぞ」

「まったく。君も相変わらずだ」

「お?少し昔に戻ったか?」

「それが望みなのだろう?」

「俺はもっと成長しろってんだよ」

「それはこっちのセリフだ。何十年言わす」

「なにを~?」

そのやり取りを久しぶりに見る者も、初めて見る者も、驚き笑い、肴にして酒を続ける。暫くして二人が同時にギブアップして寝室へと向かい、部下たちが片付けを完全に終えた時には朝日が昇ろうとしていた。




「……ったま痛ぇ……… てか今何時だ? ん?通知…」



「ヤバ…」



翌日の昼前。ヒジリからの十数件の通知を見て青ざめ、一気に酔いも醒めたミコトは挨拶もそこそこに外に飛び出る。

「わりい!帰るわ!またな!」

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