兵、走る
現場に到着したタケトたちは深い深いため息をついた。タケトは精算を済ませ、タクシーを帰す。そして不機嫌そうにその場に胡座をかくサトルの隣で再び深いため息をついた。
「すごいですね…」
「あ~すげ~ゴミだな~」
海岸線に造られた高い防波堤だが、もちろん海岸線の全てに造られたわけではない。途中途中で切れ目はある。港や海水浴場等がそうだ。この海水浴場は防波堤により潮の流れが変わり、昔よりも漂流物が流れ着きやすい場所になった。流木、ペットボトルや缶瓶、お菓子の袋。外国の文字も多く見られる。
「潮の流れなんて造る前に計算できそうなものなのに…」
タケトがポツリと呟くとサトルがゴミを蹴飛ばしながらポツリと呟くように返す。
「造ることが大事なんだろさ。造らせるやつは功績、造るやつらは金、んで造ってもらうやつらは心の拠り所、ってな」
賛否があったことはタケトも知っている。だからこそせっかく造るのならばと思っていた。しかし、資材も金も労働力も無限ではない。時間もだ。故に妥協が生まれ打算が生じる。その結果が逆にうまくいくなんてことは稀だ。
「理解はしていても、か…」
海の向こうをぼんやりと眺める。快晴。青い海に青い空。その境に島のような影がゆらゆらとしており幻想的な景色を作り出している。
(蜃気楼、か… ハユタラス伝説の島もこういう現象が重なって生まれ…)
「違う!」
タケトはハッとして身構える。そして呪力を左目に集中して蜃気楼を分析し始める。
「どした?」
「この先の海には島はない。海上建設物も無い。だからあんな蜃気楼が見えるはずがないんです!」
サトルもどこからか取り出した小さな望遠鏡で蜃気楼を覗く。
「冗談でしょ…」
「あらら…」
そこに確認出来たものは豪華絢爛な巨大楼閣。そしてそこに棲む妖怪の姿。五階建ての楼閣の窓や廊下に見える姿だけでもパッと見凡そ百数十体。
「幅が150m? 奥行きも同じくらいあるとして…」
「ヒト型の妖怪が多めな。なんか酒瓶持って歩いてんのもいるな。でっかい宴会場で盛り上ってるとしたら、10倍いても不思議じゃねえな~ つか、何?あれ?」
自分の口にしようとした数値の上を軽く言ってしまうサトル。タケトは自分の見立ての甘さに… いや、最悪の予想は出ていた。しかし、言いたくはなかったのだ。それが現実になった場合、現状の戦力と付近の立地。もし戦いが始まって町に妖怪が流れてしまえば手に負えなくなるのは明白なのだから。
「あれは蜃気楼です」
「ちゃう言うたやん」
思わず突っ込むサトル。しかし、あれは紛れもなく蜃気楼なのだ。
「蜃という妖怪が気を吐いて楼閣を現す。という伝説があるんですよ。蜃気楼という名称はそこからきています。蜃は蛤のこと。あれだけ大きな楼閣だから、あの下には相当大きな蛤がいるんでしょうかねぇ」
「蛤かぁ。焼いて一杯やりてぇなぁ」
「ですねぇ… でも願わくは、このまま向こうが気付かずに消えてくれることを…」
「無理じゃね?なんかこっち見てるし。うわ、すげえ集まってきたし。超怒ってるっぽいし」
「偉い人?が諌めてなかったことに…」
「あ~残念。なんか烏天狗っぽいのがこっちに飛んで来てるわ」
「はぁ… しょうがない。あれを待ってる間に次々と来られたら厄介だ。なんとかしてこっちから向かいますか」
タケトは大きく項垂れて、協会へと緊急事態の連絡を入れる。その間にサトルは望遠鏡をしまって替わりに呪符を取り出していた。多種多様、カラフルで今まで見たことがない紋様や形の物もある。
「それ、どういう効果が…」
「付与術師って言ったべ。何でもくっ付けてやんよ。とりま、浮遊&跳力!」
サトルが呪符を二枚飛ばすと、それは光となり二人の足を纏う。
「効果は100秒な。んじゃ、アレ返り討ちにしてそのまま乗り込むか!」
「え?え?うわっ!?」
サトルが浮かび、そして空中を蹴って烏天狗に向かって行く。タケトは勝手がわからず、浮いた瞬間にバランスを崩し、足を動かした途端に明後日の方向に弾かれる。
「ちょ!っとまっ!っとと、なるほどっ、ね!」
「お?っげーな。あっちゅー間に追いついた」
「慣れたら楽しいですねこれ」
「時間、忘れんなし」
「敵は三体。突っ切きります。俺の後に」
「お?楽できる感じ?んじゃ任せた」
返事の途中でタケトは更に加速する。予想に反して向かってきた人間に驚き、空中で静止し待ち構える烏天狗。だが今回は相手が悪い。タケトは上下左右にフェイントを入れながら更に加速。その動きに全くついていけず見失い、そして待ち構えたまま微動だに出来ないまま、三羽は捻切れた。
「はっや!えっぐ!」
「先、行きます」
タケトが一人跳ぶ。そして迎撃されたことを知った妖怪たちの追撃を、烏天狗の他に鳥のようなモノ、頭だけのようなモノもいたが同様に瞬殺。出発から約60秒後、高欄に着地、破壊して減速し楼閣の三階の廊下から広い空間へとそこらの物を弾き飛ばしながら滑り込む。
「あと15秒くらい残ってるけど…」
広い空間。宴会場だったようだ。つまりそこには待ち構える妖怪も多数。片膝をついたままに囲まれるタケト。
「殺れ!一人も逃がすな!!」
「クソ人間が!死にさらせえ!!」
タケトの倍はあろう鬼が金棒を振り下ろす。回りの妖怪が興奮し押し寄せて歓声をあげる。が、一転静まり返る。野次馬の後ろが悲鳴も破壊音もしないことを訝しみ、どうなった?と前に出て覗くと、金棒の半分と頭部を失った鬼がちょうど倒れてくるところだった。
「ギャッ!」
「おのれニンゲ!?」
「あ、わりい」
妖怪たちが激昂して一斉に、というタイミングでサトルが到着。先陣を切ろうした妖怪の上に着地して潰して黙らせてしまった。サトルはそのまま妖怪の上にしゃがみ周囲を見回し、タケトを見つけた。
「どんな感じ?」
「問答無用で戦闘開始、の一歩手前ですかね」
「タイミングミスった~」
「いやいや、ベストタイミングですよ。また面白い付与術お願いしますね」
「エンチャントな!」
サトルが両手に先程の倍以上の呪符を持ち、先ずは右手の呪符を飛ばす。それは再び光となって二人を覆う。
「各種能力向上だ。ぶちかましてやんな!」
と、空いた右手に酒瓶を持って叫ぶ。タケトは呆れるも、沸き上がる力に興奮を隠せない。
「あ、あとしっかり避けろよ!属性付与熱!」
次は左手の呪符から放たれた光が床へと落ちる。すると板張りの床からベリベリという音がして
「うわっちー!?」
「ギャッ!?床が抜け…」
高熱を帯びて干からび、割れて落ちて穴が空く。地に足つけて移動するモノ共は足を火傷し階下に落ちていく。なんとか回避したモノも火傷は免れず、むしろ自分から落ちていく。
「一気に減りましたね」
「っても、やっつけたわけじゃねーし、効果が切れればまた登ってくんじゃね? つか、上から来たわ」
宴会場は吹き抜けになっており、四階の廊下からは丸見え。タイミングを見計らっていた一体の鬼が幅の広い両刃の剣で落下しながらサトルに斬りかかる。
「先ずは厄介そうなキサマからだ!」
「いいけどこれ、けっこう弾むよ?」
「何!?」
ユウジロウは剣を酒瓶で受け止めた。斬れるか砕けると思われた瓶はグニャリと大きく歪む。
「腕力向上付与二重&弾力付与三重」
「ぐ…ぬぬ…ぬあああ!?」
鬼は抵抗するも、強力なゴムと化した酒瓶の反動には勝てず、再び四階に吹き飛ばされた。いや、跳ばされ過ぎて天井に激突し、そのまま三階に落下して脆くなった床を砕き二階へと落ちる。
「エンチャンターすげ~」
「だろ~?この世の全てが俺の武器だぜ?」
「アイツだ!あの札のヤツをヤれ!全員でかかれ!!ヤツさえヤれ…ゔぁ?」
「本当にそう思う?」
能力向上により普段以上に動けるタケトはサトルの派手な活躍に隠れるように、集団へ飛び込むと複数体を術で一気に捻切り、切り伏せた妖怪の体を踏んで次へと飛ぶ。それぞれ自由にやっているが、それがいいコンビネーションになっていた。
「んじゃま普通に付与罠針」
「余所見してる場合かな?」
「くそ!人間ごときニギャ!!」
「ボサッと見てねえで術のひとつでも掛けや…」
三階は妖怪たちは混乱の極み。タケトたちには余裕の殲滅戦である。しかし…
「上はちゃんとしてるね。下も油断ならない」
「そろそろヤバいか?」
「術反射とかあります?」
「あんまり強いのは反せねえけど?」
「それは俺の役目なんで」
「タケちゃん頼れる~」
二対千で始まった戦い。
五分経過。
現在二対九百。
妖怪側の実力者はまだ姿を見せず。




