いざ念願の
奴隷と言う物を初めて見たのは、俺が農家である実家の手伝いをしていた時だ。
まだ当時10歳だった俺は、言い方は悪いが豚のようなおっさんが綺麗な少女や女性を連れている姿に衝撃を受けた。
あれは、なんなんだと!
今でこそ分かるが、それはうちの村に若い娘を買いに来た人買いだった訳だが、たかが農家でしかも3男坊だった俺に学がある訳もなく、ただただ不思議に思う事になる。
その疑問に答えてくれたのは親父だった。
街で冒険者になると大量のお金を得る事が出来る。
そして金さえあれば、奴隷をあのように買える事が出来るのだと教えてくれたのだ。
それをバカのように信じた当時の俺。
親父としてはしてやったりだろう、上手い事口車に乗った子供が、自ら口減らしの為に出て行ってくれるのだから。
それでも、12歳まで手元に置いていてくれたのは、せめてもの親心かもしれないな。
それから、本当に色んな事があった。
俺にとっては大事件の数々だった訳だが、まぁ一般的な冒険者のよくある出来事の範疇だろう。
そこで幸いだったのが、俺に英雄願望が皆無だった事と、実際に人並み以上の才能はなかった事か。
お陰で今まで慎重に生きてこられたし、特に調子に乗る事もなかったのだから。
勿論、相応の修羅場は潜ってきたし、命の危機も何度もあった。
それでも、気付けば俺より年長者を探す方が難しくなるくらいにはベテランになっている。
俺が冒険者になって20年の時を経たのだ、それも当たり前だろう。
何せ、経験である程度カバー出来るとは言え、身体能力の低下を感じたら引退するのがこの業界の基本だからな。
20年……、そう、20年だ。
ケツの青い小僧がおっさんとなり果てるのに十分な年月である。
そして、奴隷を買う事が出来る資金を貯めるにも、また十分な年月と言えるだろう。
長かった、本当に長かった。
結局俺は、奴隷を買うと言う初心を貫徹したと言う訳だ。
ずしりと重たくなった貯金用の革袋を手にし、改めて感慨深い思いに浸る。
これがどのくらい軽くなるのだろうか?
本音を言えば俺も引退を既に考えているし、なるべくなら多めに残して今後の生活に役立てたいと思う。
だからと言って妥協しすぎるのも、念願の奴隷を買うと言うのに情けない話だ。
奴隷を買う為に金銭の賭け事は一切して来なかった俺だが、今回がある意味最初であり最大の金銭の絡む賭け事だと言い切れる。
ならば、こうして悩むのも醍醐味ではないか。
きっと今俺は気持ち悪い笑みを浮かべているのだろう。
だが、そのくらい許されるべきだ。
何せ、一世一代の大勝負に出る訳だからな。
色んな思いを馳せつつ、同時に大金を手にしているので十分に周囲に気を配りながら目的の場所へと向かう。
貴族街なんて殆ど来た事がないからな、街の中で特に治安が良いとは言え油断は禁物なのはベテラン冒険者として当然の心構えである。
何せ、1つの間違いや油断が場合によっては死だからな。
いや、やっぱり浮き足立っているか。
普段ならこれ以下のお金でも油断しないと言うのに、思いを馳せる時点でだいぶ舞い上がっていたようだ。
自分の迂闊さに背筋に冷たい物が流れるが、幸いな事に無事に目的の場所へと辿り着く事が出来る。
「あー、どのような御用でしょう?」
立派な黒服を来た男が、どう対応したものかと言う風に聞いてきた。
そりゃぁそうだろうな、冒険者なんてピンキリすぎるし、ランク次第じゃ下手な貴族より権限を持っていたりする程だ。
かと言って新人を抜けた程度の相手なんかに下手に出れば、下手すると懲罰物でもあるし。
となると、このような中途半端な対応も目を瞑ってやるべきだろう。
まぁ、俺自身文句を言えるような立場ではないと言うのが一番大きいか。
無論、舐められるほどでもなく、うん、寧ろこんな対応が実は適切なのかもしれない。
「俺はこの街のランクDの冒険者だ。
金はこの通りある。
一応先触れとして、冒険者のアベイルで聞いていないか?」
「ああ、それは聞いているぜ。
と言うか、旦那があの有名なアベイルか」
名乗れば途端にニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる男。
ああ、俺が奴隷を買う為に必死になっていたのは、この大きな街ですら知らない者の方が少ないくらいだからな。
別に隠してもいなかったし、20年もそんなバカみたいな事を公言し続けるなんて俺くらいだろう。
「どのアベイルかは知らないが、多分あっていると思うぞ」
「かかかか、俺らの間じゃ特に有名だったぜ。
まぁ旦那は運が良かったな、たんまり稼がせて貰った俺だからこんなに親身にっと、いけね」
まるで旧友のような雰囲気だった男がわざとらしい咳をし、スっと俺ですら上等だと分かる礼儀作法を披露する。
「ようこそおいで下さいました。
当ミヒャイル商会への入場料として、金貨1枚と銀貨1枚お預かり致します。
銀貨は入場の代金、金貨は保証金ですね。
奴隷を購入なさった場合は金貨は返還されますので、ご安心下さいませ」
ふむ、聞いていた通りだな。
俺のようないくら上役に話を通した者でも、ランクD程度じゃふっかけられる事もあるらしいのに、この男一体俺でいくら稼いだ事やら。
思いたあたる節はいくらでもあるが、逆にありすぎて分からん。
「いやぁ、それにしても、どんなブ男かと思ったら寧ろ男前じゃないか。
それで奴隷を欲しがるなんて、よっぽど好きなんだな」
「なんだ、稼いだと言うなら理由は大体知っているんだろ?
ほら、受け取れ」
つかの間の見事な仕草もなんのその、再び馴れ馴れしくなる男。
ま、裏の世界で生きている以上このくらい出来て当たり前なのかもしれない。
それにしても、俺の事が下世話なのはどこに行っても変わらないようだな。
男の言葉に辟易しながらも、金貨1枚と銀貨5枚を手渡す。
それを見て男の顔色が変わった。
「流石、伊達に長い事冒険者をしている訳じゃないってこったな。
安心しな、旦那が買える値段の奴隷も今日はちゃんと出品されるさ。
ま、そもそも旦那の手が出せない方が基本少ないが。
とにかく、コツとしては欲をかき過ぎない事だな」
「ふむ、情報ありがとう」
「いやいや、それじゃぁ頑張ってくれよ、旦那」
ああっと返事を返し中に入る。
いよいよだ。
どうしても感慨深い思いが湧き上がり、自然と気分も高揚してくる。
さぁ、長年の夢を叶えるとするかね。
売り買いは進み、出てくる奴隷の質もそして当然金額も上がっていく。
奴隷を持つと言うのは、当然一種のステータスになる訳だが、意外な事に明らかに俺より格下の冒険者ですら居た。
まぁ、理由はすぐに思い当たるし、すぐに納得もするが。
奴隷の首輪が付いていると基本逆らえないからな。
そして、安い奴隷はとことん安い。
まさかあんなにも安いとは思わなかった。
そんな風に色々と衝撃を受けたり、新たな発見をしたりしつついよいよ俺のお目当ての奴隷が出てくるようになる。
つまり、若い女だ。
それだけで見目がそんなに良くなくともガツンと金額は上がるもので、確かに高望みしすぎるのは危険に違いない。
それに、本当に金持ちだろう特別な席に居る奴らはまだステージを見向きもしていないし……、まだまだ溜め込んだ額からするとはした金程度とは言え油断は禁物だな。
いよいよ持って出てくる奴隷の質が上がってくる。
護衛向けの奴隷ならば既に俺どころではない程の実力者だろう。
そうでない者は見目も良くなり、時折り多少この国では珍しいと言う種族も混ざりだした。
そろそろ頃合だろう。
野郎ばかり続いているが、次くらいに出てきた女でよほど好みでない場合以外は手を打つか。
金額的にも買ったら半分くらい使ってしまうと言うところだ。
それにしても、特別席の奴らが誰1人として動いていないのがちと気になるな。
所詮奴らに取ってみれば、並の冒険者が20年貯めた金程度じゃ大した事ないと言う事か。
そう思うと、どうしても悔しさが湧き上がる。
「さぁ、続きましてキャット族の戦士と行きましょう」
っと、悔しがっている場合じゃないな。
ステージへと視線を戻せば、ナイスバディの妙齢の美女が立っていた。
キャット族に珍しさはないしこれまでも何度も出て来た訳だが、これまでに比べれば群を抜く程の美貌に度肝を抜かれる。
戦士とも紹介されていたが、足運び等のちょっとした動作や表情、そして雰囲気から俺くらいの冒険者なら束になっても叶わない程の実力者だとも何となくだが感じられた。
これヤバくないか?
極端にまた質が上がったように思えるのだが……。
冷や汗と悪い予感が体を駆け抜けていく。
説明される内容もさる事ながら、明らかにテンションが違う。
ああ、特別席の奴らもついにステージへ視線を向けているじゃないか。
頼む、俺の買える金額であってくれ!
「それでは、彼女の値は白金貨100枚からです」
現実は非情なり。
スタートの時点で俺の全財産にほど近い金額が提示されてしまう。
その直後手を挙げた特別席のおっさんが金額を倍に釣り上げる。
終わった、完全に終わった。
茫然自失となってステージをただただ眺め続ける俺。
特別席で既にやり取りは終えていたのだろうか、そのままそのキャット族の美女は倍額にしたおっさんの物になった。
その後6人ほど奴隷が出てきたが、金額はますます高くなる訳で、当然何も出来る事はない。
ただただボケっと指を咥えて、特別席の奴らが買っていくのを眺めるだけだ。
奴隷売買も終わり皆が徐々に帰宅して行く中、衝撃のあまり動けない俺。
情けないとか言うレベルの話ではない。
いや、切り替えるんだ。
金貨1枚と銀貨5枚程度で貴重な経験を得られたんだ。
1回依頼をこなせばお釣りが来る程度じゃないか。
そう自分に言い聞かせて店を後にする。
当然いつまでも大金を持ち歩く理由はなく、先ずは全く軽くならなかった貯金用の革袋を元の場所へ戻す。
そして、そのままいつも足を運ぶ酒場へと向かう。
中に入れば俺に視線が集まる。
そりゃまぁ、今日行くっつってたから当然だな。
んで、予想通り俺の顔を見るや大爆笑を始めるお客ども。
テメーら、傷心の俺を慰めろや!
そう思うものの、俺も逆の立場なら間違いなく爆笑していただろうから、何とかこらえてカウンターへと向かう。
丁度空いていたそこに座り、いつものお酒を頼もうとしたら先に店のオヤジが出してくれた。
「オヤジ、頂くぜ」
「ああ、それは俺の奢りで良いぞ。
その半泣きの顔に免じてな」
いかついオヤジにしみじみと言われ、思わず固まってしまう俺。
当然周りは更に盛り上がる。
お、おのれぇ。
次こそは……、そう、次こそは必ず奴隷を手に入れてやるからな!




