終章
がんがんがん……がんがんがん……!
研究所の扉の前に車を横付けしたアリシァは、車を降りて猛烈な勢いでドアを蹴り始めた。ノックのつもりだろうか。
いくらなんでも焦りすぎじゃないのか?
慌てて止めようとした時にはもう遅く、扉が開きかけていた。
「……お待ちしておりました」
ぎしぎしと軋む重そうな扉を開けたのは、二十歳くらいの小柄な女性だった。
こいつが、イリ−ナか?
「用件はわかってるかな? 影待さんを帰してもらいにきたんだけれど」
うわ。後ろからでもアリシァの威圧する雰囲気が伝わってくる。
「ええ。この通路をまっすぐ進み、奥のドアを開けてください。そこにミーミルはいます」
案内役ではなかったのか、そう言い捨て、自らは脇にある階段を上っていってしまった。
置いていかれた俺たちはしばし立ち尽くし。
「……まあ、行ってみようか」
アリシァのその言葉を皮切りに歩き出した。
「しっかしここも暗い建物ですね」
世間話でもするかのように齊藤が口を開く。
「ああ、窓が無いな」
見渡してもコンクリートの壁に、低い天井。少なくとも進んで暮らしたいと思う物件じゃあないな。
「そもそも光が足りねえ。何だこの電球は? ミーミルは貧乏なのか?」
「さあな。倹約家なのかもしれん」
「そんな奴が人間解体なんてするわけねえだろ。倹約家ってのはもっと慎ましく生きる人間のことを言うんじゃないのか?」
「ふん。じゃあ明かりなんかに頓着しない性格と言うべきか?」
「……いや、まあ、いいや。よく考えればどうでもいい話だった」
そう言って口を噤む齊藤。アリシァや響も無言のままだ。緊張しているのだろうか?
「……ええ、緊張といえば、確かに。ここでは能力が大幅に制限されるみたい」
「響は?」
「特に話すこともないのでは?」
愛想の無い台詞が返ってくる。
「秋人クンは感じないの? この、圧迫感みたいなもの」
「さあ、まあ確かに気が滅入る造りになってるけど……、特には」
「齊藤クンはどう?」
「まあ、俺のほうは元から大して使わない能力なんで。ちょっと不安ですけどね」
「そう……」
つぶやき、小さくため息をつくアリシァ。
能力が大きい分、普段とは違う環境に負担を感じているのだろうか。玄関でのやりとりと比べるまでもなく、随分覇気が無い。
緩やかにカーブする通路を、10分位だろうか? 歩き続け、ついに突き当たりにたどり着く。
「……なんで妨害が無かったんでしょうか?」
ここにきて響が疑問を提唱する。
「ああ。確かに。相手も諦めてるってところなのかな?」
楽観的な齊藤。
「もしかしたら、もう全て終わってる……とか」
自分で言ったその台詞に薄ら寒くなる。
「まだわかんないでしょう? 開けてみるまでは」
大きく深呼吸するアリシァ。こん、こん、と小さくノックし、返事が来る前に一気にドアを開けた。
書斎。教室の半分程のその部屋には、二メートル半はある本棚に四方を囲まれ、その全てに本が詰まっていいた。
中央には大きな机。そして、こちらに背を向けて座る青年がいた。
「失礼します……Mr、ミーミル?」
問いかけても、ぴくりとも動かない。
響は油断無く銃口をミーミルに向け、齊藤も身構えている。
「雪見を、返してもらいにきた。今なら見逃そう。彼女のことは諦めてくれるか?」
語気に力を混め、銃の射線を遮らないように回り込む。
「あ、ああ。おい、お前……」
目を閉じているミーミルに近づき、触れようとしたところで妙な予感がした。
「……?」
手首に指を当て……冷たい。そして、脈が無い。
「どうしたんです?」
「もしかして……死んでるの?」
俺の顔色と行動を見て、色めき立つ三人。
口元に耳を当て、呼吸が無いのを確認。
「死んでる」
「なっ! なんで!?」
叫び、走りこんでくる齊藤にミーミルを任せ、俺は机の上にある書類を眺める。
年表?
2009年……? ああ、そうか。予知で知ったことを書き記していたのか。
貴重な書類だが、今はそんなことよりも何か、他に……。
全ての書類をあさったが、これから起こる事件の事を書き記したものしか見つからなかった。
「くそ、なんだ? どういうことだよ」
せめて何か無いか、とパソコンのディスプレイに電源を入れる。
一通のメールがあった。
『ユキミは地下の研究所で眠ってる。一応調べるものは調べたから返すね。ミーミルの予知じゃあもうちょっと時間がかかるはずだったのにね。まいったまいった。本当役に立たない能力だったわ。能力者なんてのは私たち優秀な人間の道具となるべきなのよ。いずれ貴方も研究させてもらうわ。ユキミを大事にね、アキヒト。
イリーナより』
「ミーミルは、殺された、のか?」
「ふむ。そのようですね。ここはもういいでしょう。地下に行きますか?」
後ろから画面を覗き込む響。
「アリシァ? ミーミルはどうする?」
「うん、後で他の先駆者に連絡する。……今回の黒幕はただの一般人だったってことなの?」
「らしい、ね」
遺体を調べていた齊藤も立ち上がり、
「ミーミルは、なんでイリーナなんかの言う事を聞いてたんだろうな?」
「……さあな」
神話では、捕虜交換でオーディンの物となったミーミルは、首だけになってもオーディンの参謀となって助言し続けたという。
この能力者も、自分の力を扱いきれなくなったのかもしれない。
「……情けない、話だ」
「イリーナ、ね。警戒するように伝えておかないと……。こんなことを好き勝手にやられては、困るわね」
「捕まえますか?」
「……もう、逃げたでしょう。この建物の中にはもう私たちと影待サンしかいないわ」
「ま、いーんじゃないですか? いろいろ収穫もあったし。こりゃすごい財産になりますよ?」
抱えた書類の束を掲げてうれしそうな齊藤。
「じゃあ、俺は雪見のところに行くから……車の準備、頼む」
言い捨て、早足で階段へ向かう。
入り口脇の下り階段を進み、片っ端からドアを開けていく。
四つ目。保健室のような雰囲気の部屋に雪見はいた。数台のパソコンやら様々な薬品が並ぶ棚を尻目に、ベッドに向かい、小さく肩をゆする。
「雪見……? 起きろ」
「う、……うん? あれ」
ぱちぱちと目を瞬かせ、ゆっくりと起き上がる雪見。あたりを見渡し、
「おはよ。ここ、どこ?」
「えっと、樺太。さ、帰ろう」
「か、カラフトって何? 何事?」
まったく状況がつかめていない雪見を強引に立たせ、説明しながら出口へと向かった。
さらわれてから今まで、一度も目を覚ます事は無かったらしい。
「まったく。とんだ新年になっちまったな……」
何も解決していない。ただ一つ分かったことと言えば、イリーナという能力者の敵が存在する、ということくらいだ。
しかも能力者ではない。
いかに対処すべきか。考えるだけで頭が痛くなってくる……。
北海道観光を終え、事務所へと戻った俺たちを待っていたのは、大量に蓄積された仕事と苦情の山だった。
いや、随分お待たせしました。正直、何だか惰性で書いてるような気がして、ヤル気が起きませんでした。申し訳ありません。もう一つ投稿した小説については、コンスタントに続けるので、見捨てないでやってください。