↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖怪が見えるだけだった俺、滅んだ退魔師一族の最強継承者でした  作者: 志摩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/7

第1話 妖怪が見えるようになった日 最後の境界守




 秋の夕暮れには、不思議な匂いがある。昼でも夜でもない曖昧な時間。

 風に混じる金木犀の香り。

 校庭から聞こえてくる運動部の掛け声。

 帰宅を急ぐ生徒たちの笑い声。


 どれも見慣れたはずなのに、なぜか少しだけ世界が遠く感じる。

 神代春人は窓際の席に肘をつきながら、茜色に染まる空を眺めていた。

 十月。二学期も半ばを過ぎた頃だ。


 進路希望調査だの修学旅行だのと、教室の中は妙に騒がしい。


「神代ー! 進路どうすんの?」


 後ろの席から声が飛んできた。振り向くと佐伯がニヤニヤしている。


「まだ決めてない」


「大学か?」


「たぶん」


「たぶんってなんだよ」


 周囲が笑う。春人も苦笑した。決めていないのは本当だった。

 正確には未来を考える余裕がない。

 高校卒業後、自分がこの家を維持できるのか。進学できるのか。


 そもそも一人で生きていけるのか。考えたくない現実ばかりが頭に浮かぶ。


「お前さ」


 佐伯が机に身を乗り出した。


「今度の日曜ヒマ?」


「なんで?」


「カラオケ」


「行かない」


「即答かよ!」


 教室がまた笑いに包まれる。春人は肩をすくめた。

 騒ぐのは嫌いではない。だが積極的に混ざりたいとも思わない。昔からそうだった。


 人付き合いが苦手なわけじゃない。けれどどこか一歩引いてしまう。


 気がつけば輪の外に立っている。そんな性格だった。


 チャイムが鳴る。放課後だ。


 春人は鞄を持って立ち上がった。


「じゃ」


「あーまた帰るのか」


「家のことあるし」


「相変わらず真面目だな」


 適当に手を振り、教室を出る。廊下の窓から差し込む夕陽がやけに赤かった。


 まるで空が燃えているみたいだった。




 神代家は町外れの丘の上にある。坂道を十分ほど登った先。

 大きな杉の木々に囲まれた古い屋敷だった。


 築百年以上。いや、もっと古いかもしれない。

 正確な築年数は誰も知らない。少なくとも祖父ですら。


「気づいたらそこにあった」


 などと言っていた。

 玄関へ続く石畳には苔が生えている。


 木製の門は老朽化が進み、開けるたびに軋んだ音を立てた。近所では有名な家だ。


 幽霊屋敷。呪われた家。怪談スポット。


 いろんな噂がある。


 春人自身は信じていない。ただ一つだけ言えることがあった。

 この家は普通じゃない。夏でも妙に涼しい廊下。誰もいないのに鳴る床。


 真夜中に聞こえる鈴の音。


 そして祖父が絶対に近づくなと言っていた古い蔵。子どもの頃から違和感はいくらでもあった。

 それでも日常の一部になってしまえば気にならない。


「ただいま」


 玄関を開ける。当然返事はない。

 静かな空気だけが迎えてくれる。


 春人は苦笑した。

 二年経った今でも無意識に言ってしまう。


 祖父はもういないのに。祖父の神代源斎は二年前に亡くなった。


 老衰だった。苦しむことなく眠るように逝った。

 それだけは救いだったと思う。


 幼い頃に両親を事故で亡くした春人にとって、祖父は唯一の家族だった。

 厳しかった。口も悪かった。だが誰より優しかった。


 風邪を引けば一晩中看病してくれた。

 運動会も文化祭も欠かさず来てくれた。

 仕事の話はほとんどしなかったのに、不思議な話だけはたくさん聞かせてくれた。


 妖怪。神様。鬼。天狗。狐。河童。

 子どもの頃は目を輝かせて聞いていた。


 だが中学生になる頃には笑い話だと思うようになった。

 祖父も笑っていた。ただ一度だけ。真剣な顔で言ったことがある。


『春人』


『この世には見えないものがいる』


 縁側だった。夕暮れだった。


 鈴虫の鳴き声が聞こえていた。


『見えないから存在しないと思うな』


『逆だ』


『見えていないだけで、そこにいる』


 その時の祖父の横顔を、春人は今でも覚えている。

 あまりにも真剣だったからだ。


 まるで実際に見ている人間の顔だった。


 夕食を作りながら、そんな過去を思い出していた。

残っていた材料で簡単な野菜炒めを作る。

 テレビをつける。

 ニュースが流れていた。


 失踪事件。原因不明の事故。山中で発見された謎の獣害。

 特に興味もなく聞き流していたその時。


 ピンポーン。


 インターホンが鳴った。


 玄関へ向かう。郵便受けに封筒が入っていた。

 差出人は弁護士事務所。祖父の遺産整理関係だった。


 今さら何だろう。封を切る。中には書類が数枚。

 そして小さな紙が一枚。


 そこに書かれていた文字を見て、春人は眉をひそめた。


『蔵の箱を開けろ』


 祖父の筆跡だった。


 思わず見つめる。間違いない。何度も見てきた字だ。だがおかしい。


 遺産整理の書類にそんなものが入っているはずがない。

 しかも蔵。祖父が最も近づくなと言っていた場所だ。


 謎だった。嫌な予感もする。だが放っておけない。

 祖父が残した最後の言葉かもしれないからだ。


 夜。懐中電灯を手に蔵へ向かった。月明かりが庭を照らしている。


 風が吹くたび木々がざわめく。


 昔なら怖かっただろう。

 だが今はそんなことを言う年齢ではない。


 錆びた鍵を回す。


 ギギギ……


 重い音を立てて扉が開く。

 中から冷たい空気が流れ出した。


 まるで誰かが息を吐いたみたいだった。


 古い木箱。掛け軸。壺。よく分からない道具。


 祖父が集めていた骨董品だろうか。


 埃の匂いが鼻につく。その奥。一段高くなった場所に黒い箱があった。


 祭壇のような場所。


(これだ、絶対に……)


まるでその箱だけが神聖な何かとして扱われているようだった。


 春人はゆっくり近づく。


 鍵は壊れていた、蓋を開くとそこに入っていたのは、一つの鈴だった。


 銀色の小さな鈴。ただそれだけなのに目を離せない奇妙な魅力があった。


 まるでずっと昔から自分のものだったような。そんな感覚。

 自然と手が伸びる。指先が触れる。


 その瞬間。


 チリン……。


 鈴が鳴った。そして世界は壊れた。

 その音は決して大きくなかった。


 耳元で風鈴が揺れた程度の、小さな音。けれど、その瞬間だった。


 世界の色が変わった。頭の奥を鉄槌で殴られたような衝撃が走る。


「っ……!」


 視界が歪んだ。立っていられず、その場に膝をつく。


 吐き気。耳鳴り。心臓の鼓動だけが異常に大きく聞こえる。

 

 ドクン。ドクン。


 鼓動が早くなるたび、空気が重くなっていく。


 息が苦しい。蔵の中が急に狭くなった気がした。

 まるで見えない水の中に沈められたようだった。


 そして、なにかが視界の端で動いた。


「……え?」


 顔を上げる。そこには誰もいない、そのはずだった。


 だが確かに見えた。箱の向こう。棚の陰。人影のようなものが。


 春人は懐中電灯を向ける。


「何もいない。気のせいか」


 だが。もう一度視線を動かした瞬間だった。天井にいた。


「ッ!?」


 悲鳴を飲み込む。人ではない。黒い染みのようなモノ。人間の形をしている、だが顔がない。

 両腕だけ異様に長い、蜘蛛のように天井に張り付いている。


 そして、顔がないはずなのに。笑っていた。

 そんな気がした。


 ぞわり。


 全身の毛穴が開く。


 だが怪物は一匹ではなかった。壁にもいる。柱にもいる。棚の隙間にもいる。足元にもいる。


 今まで見えなかっただけで。最初からそこにいたかのように。無数の影が春人を囲んでいた。


『みえる』

『みえるぞ』

『こいつみえるぞ』


『おい』

『みつかった』


『みつかった』

『みつかった』


 頭の中に直接声が響く。男。女。老人。子供。

 様々な声が混ざり合い、意味を持たない雑音になる。


 春人は動けなかった。恐怖で足がすくんでいる。

 逃げろ。本能はそう叫んでいた。けれど身体が言うことを聞かない。


 その時だった。鈴が眩く光る。銀色の光だった。月明かりにも似た優しい光。だが怪物たちにとっては違ったらしい。


『あああああああ!!』


『嫌だ!!』

『境界守!!』


『逃げろ!!』

『継承者だ!!』


 怪物たちは悲鳴を上げながら消えていく。黒い煙になり。


 風に吹き飛ばされるように。次々と、跡形もなく。

 やがて静寂が訪れた。


 まるで何もなかったかのように。蔵の中には春人しかいない。だが冷や汗だけが現実だった。


「なんだよ……今の……」


 震える声で呟く。返事はない。当然だった。

 怪物なんているはずがない、現代日本だ。


 科学の時代だ。妖怪も幽霊も存在しない、そんなことは小学生でも知っている。

 だが、さっき見たものは何だ、夢か。幻覚か。疲れているのか。

 説明がつかない。帰宅した後も眠れなかった。


 ベッドに横になっても目を閉じられない。鈴は机の上に置いてある。

 月明かりを受けて静かに輝いていた。

 祖父はこれを知っていたのか。だから蔵を開けるなと言ったのか。


 午前三時。ようやく眠りについた春人は夢を見た。

 知らない風景だった。


 巨大な鳥居。無数の提灯。真っ赤な月。

 そして。血だらけの着物を着た祖父が立っていた。


『春人』


 祖父が呼ぶ。昔と同じ声、優しい声。


『見えてしまったか』


「じいちゃん?」


『ならもう戻れん』


「何がだよ」


『気を付けろ』


 祖父の顔が曇る。今まで見たことがないほど真剣な表情だった。


『境界が壊れ始めている』


 その言葉を最後に夢は終わった。


 翌朝目覚まし時計の音で目を覚ます。

 最悪の気分だった。夢の内容が鮮明に残っている。


 いや。夢だったのだろうか、そんなことを考えながら制服に着替える。


 机の上を見る。鈴はそこにあった。

 つまり昨夜の出来事は夢ではないようだった。


 朝の通学路。住宅街を歩く。見慣れた景色。昨日までと何も変わらない。

 変わらないはずだった。


「……なんだよ」


 思わず足が止まった。


 電柱の上。何かが座っている、猿、だった。

 だが普通の猿ではない。顔が異様に赤い。

 身体は子供ほどの大きさ。目だけが人間のようだった。

 こちらを見ている、完全に。春人の身体が凍りつく。


 猿は口元を歪め、笑った。そして、次の瞬間には電柱の中へ消えていた。


 まるで最初から存在しなかったように。


「は……?」


 声が漏れる。

 通行人は誰も気付いていない。サラリーマンも。主婦も。小学生も。誰一人。


 春人らさらに歩く。

 コンビニの屋根。信号機の上。マンションのベランダ。そこら中にいた。


 人ではない何かが、昨日まで見えなかった存在が。

 当たり前のように街に溢れていた。


(見えているのは俺だけ……?)


 世界が変わったのではない。


 変わったのは自分だ。そう理解した瞬間、背筋が冷たくなった。






◇◇◇



 放課後、春人はまっすぐ帰るつもりだった。


 だが。旧商店街を通った時、悲鳴が響いた。


「キャアアアア!!」


 女の子の声、反射的に走る。声を頼りに、人通りの少ない路地裏へ飛び込んだ。


 そして。見てしまった。


 小学生くらいの少女が尻もちをついている。目の前には女が立っていた。


 長い髪。異様に白い肌。そして。耳まで裂けた口。


 都市伝説『口裂け女』。


 春人の喉が鳴る。テレビで見たことがある。ネットで見たことがある、嘘の話だったもの。虚構の産物。


 だが今目の前にいる。実在している。


『わたし……きれい?』


 女が笑う。少女は泣いている、逃げられない。腰が抜けていた。


 気付けば春人は前に出ていた。少女を背中にかばう。


「逃げろ!」


 少女が顔を上げる。涙でぐしゃぐしゃだった。


「お兄ちゃん……」


「いいから走れ!」


 少女は立ち上がり路地を駆けていく。後に残ったのは春人だけだった。


 口裂け女が首を傾げる。不自然な角度だった、骨が存在しないみたいに。


『あなた……見えるの?』


 冷や汗が流れた、逃げたい。今すぐ。だが足が動かなかった。


『見えるのね』


 裂けた口がさらに広がる。笑っている。


 その瞬間。ポケットの中で鈴が震えた。


 チリン。


 澄んだ音が響く。


 すると。、口裂け女の顔色が変わった。


『その鈴……!』


 後退する口裂け女。一歩、さらに一歩。


 妖怪の方が怯えていた。


『界鈴……どうしてお前が持っている!』


 春人は答えられない。何も分からない。


『ありえない……』


 口裂け女は震えていた。


「境界守は滅んだはず……!」


 そう言い残し、闇の中へ消えた。


 静寂が訪れる。春人は呆然と立ち尽くした。


 境界守。界鈴。



 昨夜から知らない言葉ばかりだ。その時だった。


 背後で風が吹く。甘い花の香り、どこか懐かしい匂い。


「当然よ」


 少女の声に、振り返る。


 そこにいたのは、夕陽に照らされた白い着物。腰まで伸びた銀髪。金色の細い瞳。


 人形のように美しい顔立ち、そして、頭には狐の耳。



 春人は言葉を失う。少女は微笑んだ。


「初めまして、神代春人」


 なぜ名前を知っている、問いかける前に少女は続けた。


「私は白夜」


 夕風が吹く、その背後に巨大な白い尾が幾重にも揺れた。


「あなたは千年続く退魔師一族、境界守最後の継承者」


 黄金の瞳が細められる。


「そして、人間と妖怪の運命を変える人」


 世界が大きく動き始める音がした。神代春人はまだ知らない。


 祖父が何者だったのか。界鈴とは何なのか。


 そして妖怪たちが恐れる"最後の境界守"が、他ならぬ自分自身であることを。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。