4-4 真天先輩とラブラブランチ
翌日の昼休み。俺はいつものように席を立つこともなく、教室でボーッとしていた。
「タダヒト先生、どうしたんだ?」
「愛しの先輩とメシ食うんじゃないのか~?」
クラスの男子たちが冷やかしてくるが、それでも俺は立ち上がれない。
本当に昨夜はなんてものを送りつけてくれたんだ。いったいどんな顔をして彼女に会いに行けばいいのか。
それから十分ほど経って……。
「我和くん! 聖川先輩が来てるよ」
声をかけられ、俺は廊下を見やった。
そこに、心配そうな顔を向けてくる真天先輩がいた。
それどころか、教室の中にまで入って俺の席に近づいてくる。
「どうかしたんですか? 具合でも悪いんですか」
「べ、別に悪くはないですけど」
「それならよかった。なかなか来ないからどうしたのかなって、様子を見に来ちゃいました」
そりゃそうだ。真天先輩の性格ならそうするに決まっている。
彼女の手には、ふたつの弁当箱があった。俺の昼メシも持ってきてくれたんだ。
「また生徒会室に移動するのは手間ですね。ここで食べさせてもらっていいでしょうか?」
おおーっとどよめくクラスメイトたち。
「くうっ、見せつけてくれるじゃないですか」
「それ、聖川先輩の手作り弁当ってことだよな?」
「まだはっきりしたこと聞いてないんですけど、聖川先輩と我和くんって、そういう関係ってことでいいんですよね?」
興味津々に言葉を投げかける後輩たちに、真天先輩は優雅な微笑みを絶やさない。
「周知の事実みたいですし……もう言っちゃってもいいですよね?」
「あ、その……」
「先日からお付き合いさせてもらっています。わたしたち恋人同士になりました♥」
おおおおーっ! さっきの倍くらいの音量でみんなどよめいた。
「どなたか、椅子を貸していただけますか?」
「どうぞどうぞ! 使っちゃってください」
俺の隣の男子が率先して自分の椅子を譲った。
真天先輩はその椅子を寄せてくると、机にふたり分の弁当箱を乗せる。
「じゃあ、いただきましょうか。今日のランチはこちらです」
「――ッッッッ!」
昨夜の写真と同じくらい驚いた。たまらず椅子から転がり落ちそうになる。キャーッと女子たちの歓声が重なった。
いくつものハート型の卵焼きが、弁当箱の一角を占拠していた。
その卵焼きは、外周は普通の黄色だが、中央がピンク色になっていて……。
「ここ、これはいったい……?」
「レシピサイトで検索したら、作り方が載ってたんです。ピンク色の部分は食紅を使ってるんですよ。まず普通の長丸の形に作ったら、斜めに切るんです。そして2個を組み合わせれば、上手くハートの形になるって寸法で」
「な、なるほど。……じゃなくて! 恥ずかしいじゃないですか」
「唯人くんが生徒会室に来てくれたら、いつものようにふたりきりで食べられたんですが」
くすくす笑いが起こる。ますます恥ずかしい……。
幸いというか、卵焼き以外はどうやら普通のメニューだった。
「これは豆腐入りの鶏つくねです。たんぱく質ばっちりですよ」
「あ、ありがとうございます。美味そうだ……」
鶏つくねなんて、かなり手間がかかるだろうに。今日も朝から張り切って料理してくれたんだな。
まだ恥ずかしさはあるけど、さすがに真天先輩への感謝の気持ちが上回ってきた。
「それじゃあ……いただきます」
「いただきます。まずはハートをパクリといっちゃってください」
みんながジロジロ見つめる中、俺はハートの卵焼きをパクリと口に放り込んだ。
「どうですか? お味は」
「……うん、いつも通り美味しいです。ほんのり甘くてふわふわで」
「では鶏つくねは……あーん♪」
真天先輩はあくまでも余裕の表情で、鶏つくねを箸で取って俺の口元に持ってくる。
周囲からは、いろんな感情がまぜこぜになったような溜息が漏れていた。
「ほらほら、のんびりしてるとお昼休みが終わっちゃいますよ?」
クラスメイトの前で俺をからかって楽しんでいるのだろうか。真天先輩にそんな一面があったとは……。
「あ、あーん」
とりあえず口に入れる。その瞬間、肉と豆腐の旨味がほとばしった。
濃厚なタレも合わさり、実に年頃の男好みの鶏つくねだ。
「恥ずかし美味い……!」
「これからも良質なたんぱく質のメニュー、いろいろ考えますからね。わたし勉強したんです。男の子は特にたんぱく質を摂るのが大事だって。うふふっ」
意味深なことを言う真天先輩である。
お互いに弁当を食べ終えたタイミングで、女子のひとりが聞いてきた。
「聖川先輩、我和くんのどこがよかったんですか?」
「そうですねえ……たとえば、常に真面目に目標に突き進むところとか。人間にとって、とても大事なことだと思うんです」
真天先輩はしみじみとしながら言ってくれる。
「必ずいい結果が出るとは限らないのに、唯人くんは毎日のように、何年も小説を書き続けていたんです。そしてついにコンテストで受賞した。誰にでもできることじゃない……というより、ほとんどの人はできないことだと思います。心から尊敬してますし、支えたいって思います」
「小説を書いてると、そういう風に評価されるのか……俺もやってみるかな」
そういう目的で小説を書いても、まず結果は出ないと思う。
俺が今こういうことになっているのは、本当に奇跡としか言いようがなく――
「今ならAIがあるよな。それでパッパと書いちゃうとか?」
その発言に、俺も真天先輩も少し固まった。
「なんかSNSで見たけどさ。今すごいらしいじゃん?」
「へー、そうなん?」
「パーッと命令すれば、パーッと小説が完成するんだって!」
「バカね~、自分で書かなきゃ意味ないでしょ」
「そうそう。我和くんは自分で書いてたから聖川先輩のハートを射止めたんでしょ」
お気楽に言い合うクラスメイトたち。
真天先輩は弁当箱を片付けて立ち上がった。
「そろそろ戻ります」
「……ありがとうございました。わざわざ来てくれて」
「明日はふたりきりで食べましょうね。皆さん、お邪魔しました」
律儀に挨拶してから、丁寧な足取りで去って行く真天先輩。
「いやー、マジでよかったなぁタダヒト先生。聖川先輩とカップルになれて」
「支えたいとか言ってたよな。ならこれからも頑張って書かなきゃな!」
「ああ、うん」
俺はすぐに午後の授業の準備をして、今は小説のことは考えないことにした。




