3-7 真天先輩と少しの不安
ひとまず今回の買い物はこのあたりにして会計を済ませた。アドバイス通りしっかり領収書もゲットしておく。
「唯人くん、もうちょっと見て回りませんか? 別の階に行ってみたいんですが」
「ああ、いいですよ。何階ですか?」
「五階です。技術書があるみたいで」
はて、真天先輩は何を見たいのだろうか。ひとまずは黙って付いていく。
五階に到着すると、真天先輩はカゴは手にせずにフロアを進んでいく。
やがて彼女は立ち止まった。
そこには……AI関連の書籍が並んでいるようだ。
「真天先輩、AIに興味があるんですか?」
「ええ」
言葉少なに返して、真天先輩は本棚に視線を移していく。
「うちの聖川グループも、少し前からAIを積極的に活用するようになっています。詳しいことはわからないんですけど」
ついさっきも役立ってもらったが、ここ数年AIの圧倒的発展が社会的なインパクトを与えているのは周知の事実だ。必然的に、関連書籍も大量に出版されている。
「ほら、『生成AIでシゴデキになろう』ですって。そんなに簡単なものなんでしょうか?」
「……こっちのは『マンガで学ぶ生成AI時代のクリエイター戦略』だって。うーむ」
この波を逃すまい、とにかくあらゆるアプローチでAI関連の書籍を出したいっていう出版社の戦略を感じる。
まだまだ出版業界に疎い俺だけど、AIと無縁ではいられないという動きはひしひしと感じているところだ。
とはいえ、本当に俺たち作家の脅威になるだろうか、という疑問はある。いくらなんでもそこまで高度な物語生成はできないだろう……そんな気持ちがあるのだが。
「AIの活用は、大事だって思います。いろいろなことが飛躍的に発展するようになる……と考えていますけど。創作に関してはどうでしょうか。イラストやアニメーションなんかでは、しょっちゅう物議を醸してますよね」
真天先輩はふいに尋ねてきた。
その通り、SNSでは頻繁に見かける話題だ。俺は当事者じゃないから、離れた場所から傍観しているだけだが……。
「唯人くんもご存じでしょうけど、AIが小説も席巻するだろうって、ちょっと前から言われていますよね。有名な文学賞の作家が、AIを使った小説を雑誌に発表したりして。海外のSF小説コンテストじゃ、AIを使った応募作が殺到してるらしくて……もう全然機能していないんだとか」
「……うん、そういう話は聞いたことがありますけど」
真天先輩は何を言いたいのだろう。その切なそうな顔を見ながら、俺は他に何も口にすることができずにいた。
「唯人くんは、このAI時代でもやっていけるって、思っていますか?」
「……」
「わたしは両親から、ちゃんとAIのことも勉強しなさいって言われています。これからの時代に不可欠だからって。確かにビジネスとは、もう切っても切り離せないものだと思います。だけど、それで優れた物語が作れるかどうかは……まだ疑問だって思ってて」
彼女は本棚を見つめたまま、後に続く言葉を探しているようだった。
いつだって穏やかで包容力があって、それが顔にも表れている真天先輩だけど、今は何だか不安げで……初めて見るような面持ちだった。
彼女の胸に何が去来しているのかはわからないけれど、寄り添いたいと思う。
「つまり真天先輩は……人間の創作の力を信じているんですか?」
「はい。人間じゃなければ生み出せないものがあるんだって、信じてるんです。ひょっとしたら、つまらないロマンチシズムかもしれないんですが」
「つまらないなんてことはないですよ。俺だって同じように思ってますから」
「本当ですか?」
「そうじゃなきゃ最初から小説なんて書いてませんって」
ふいに、手の平に温かな感覚が広がる。
真天先輩が俺の手をそっと握っていた。
「唯人くんはえらいです。こんなにも前向きで、未来に不安なんか抱かないで」
「いや、人並みに不安はありますよ? ちゃんとプロとしてやっていけるかなって」
「それでも唯人くんは、希望のほうをずっと大きく抱いているでしょう?」
トクントクン。握り合った手を通じて、彼女の鼓動の音が聞こえるようだった。
「わたしもそんな唯人くんを信じられますし、心から応援したいです。なんでもお手伝いしてあげたいです」
「な、なんでもって言いました?」
「はい、なんでもと言いました♪」
そこは「エッチなのはダメですよ」とか言うのがお約束じゃないのか。
真天先輩はまだ手を繋いだまま言葉を続ける。
「今はAIに励ましてもらったり、相談に乗ってもらうことも当たり前みたいですよね。でもわたしのほうが、ずっと唯人くんの力になれる自信がありますから」
「……それはもう! 真天先輩のサポートに勝るものはないですよ」
AIは人力ではとても不可能な速度と分量で言葉を連ねることができる。
だけどAIは料理してくれたり、こうしてデートしてくれたりは無理なんだから。こればかりは何年経っても人間の領域だと思う。自我を持つ超高性能アンドロイドみたいのは、あくまでフィクションの中の出来事だ。
さっきまでの不安の影はもう見られない。真天先輩は安心しきった顔で手を離した。
「そろそろ、出ましょうか?」
「うん、帰りましょう」




