3-6 真天先輩とラノベコーナー
階段を上って三階に到着し、カゴを手に取る。ずらりと棚が立ち並ぶフロアは多くの人で賑わっていた。小説好きの人が、同志がこれほどいるのだと思うと妙に嬉しくなる。
俺と真天先輩はまっさきにライトノベルのコーナーに向かった。
何十年も前からある老舗レーベルからここ十年くらいで出てきた新興レーベルまで、だいたいは揃っているようだ。棚に差し込まれた各レーベルの特色ある背表紙が、手前に平積みされた彩り鮮やかな表紙が目を楽しませてくれる。
真天先輩はその中から、何気なさそうに一冊をピックアップした。表紙イラストは繊細かつ独特なタッチで、いわゆる美少女系とは違う絵柄だ。
「このイラストレーターさん、最近よく見ると思いませんか?」
「人気急上昇中みたいですね。だいたい異世界ファンタジーものを手がけているみたいですけど……俺の小説もいつか、この人にイラストを描いてもらいたいな」
「唯人くんの小説にもきっと抜群に合いますよ、うん!」
今度は俺が別の一冊を手に取った。知らないタイトルだった。特に理由はない、なんとなく気になったのだ。
「これは……忠臣蔵の時代に転生? っていうか忠臣蔵ってなんですっけ」
「お殿様が切腹させられてお家断絶の目に遭った家来たちが、主君の仇討ちをするっていうお話です。昔から何度も小説はもちろんドラマ化や映画化もされてるんですが、ライトノベルでは見たことがなかったです」
「リベンジものですか」
「簡単に言うとそうですね。歴史小説で読んだことがありますが面白いですよ」
「とにかく、ラノベとしてはかなりマイナーな題材を選んだってことか……」
内容から察するに、かなり重い話だと思うのだが……表紙には鮮やかな美少女が描かれている。
「ふふっ、メインの登場人物が女性になっちゃってるんですね! わたしもこのタイトルは知らなかったんですけど楽しそうじゃないですか」
「よし、買っちゃおう」
ネット書店だと、閲覧履歴に基づいて自分に合いそうな商品をおすすめしてくれる仕組みがある。しかりリアル書店だとそういうものはない。
たまたま目に入った、なんとなく良さそうなものをそのまま手に取る。そして……隣にいる人からの後押しなんかで買ってしまうこともあるんだ。いいなと思う、こういうの。
それからものんびりと棚を見回っていたが、真天先輩があっと声を上げた。
「唯人くん……これ」
おそるおそる棚から抜き出したのは、ちょっと……いやだいぶエッチ系のエロゲ転生ものだった。胸の谷間も露わな美少女の表紙は、男子高校生にはあまりにも刺激が強い。
「ま、まさか買うんですか?」
「エッチ系の小説、唯人くんと一緒なら勇気を出して買えるかも……って前に言ったじゃないですか。あれ、本気ですよ」
真天先輩は扇情的な表紙を少し恥ずかしそうに、けれど楽しそうに眺めている。
「唯人くんも一緒に買ってみませんか? あと一冊あります」
「いやいや、俺はいいです」
「今さら照れることはないじゃないですか♪」
「なんでそこまで買わせたがるんです?」
「じゃあこうしましょう。これは唯人くんのおうちに置かせてもらって。……自分の部屋に置いておくと、誰かに見られるかもしれませんし」
「そこは気になるんですかやっぱり」
「花も恥じらう乙女ですもの」
「は、はあ……真天先輩がそれでいいなら」
俺も真天先輩も、気になった作品をどんどんカゴに入れていった。
「ところで唯人くんって、小説は経費にできるんですよね?」
「け、経費?」
「確定申告ですよ。作家には必須なんでしょう?」
真天先輩はスマホを取り出して素早く入力する。
「ほら、AIによる概要。『高校生が作家として活動し収入を得た場合でも、一定の条件を満たせば確定申告が必要となります。年齢に関わらず、所得税の申告義務は発生します。』ですって」
「むむむ……そんなこと全然考えてなかったんですけど」
でもそういえば今年の春先、確定申告かったるい、早くAIでやれるようになってくれという先輩作家たちの嘆きをSNSで目にしていたような。
俺にもその義務が発生するなんて当たり前じゃないか。今日の今日まで思い至らなかったとは何たる不覚!
「小説、娯楽のために買うつもりなんですけど。本当に経費になるんですか?」
「作家のお仕事に役立つなら、だいたいは経費に計上できるはずですよ。先輩作家の小説を読むのはもちろん娯楽ですけど、れっきとしたお勉強になるじゃないですか」
再びスマホで調べる真天先輩。すぐに結果を見せてくれる。
「ほら、AIもそう言ってます」
「便利だなAI」
「お買い物をしたら領収書を必ずもらっておくのが大事です。あとで忘れないようにしましょうね。そして領収書はいつでも確認できるように、しっかり保管して」
「うーん、すごい面倒そうだ……」
俺は小説だけ書いていたいのに。そう思っていると真天先輩が微笑みを向けてくる。
「事務作業だったらわたしがやりますよ。これもサポートの一環ですから」
「いいんですか?」
「俺は小説だけ書いていたいって、顔に出てましたもん」
「そ、そんなに? ……にしても真天先輩、ビジネスのことも詳しいんですね」
「詳しいというほどじゃないと思いますが……お金のあれこれについては、両親からいろいろ教えられてきましたから。学校では勉強しないことだけど、ちゃんと身に着けておきなさいって」
さすがは聖川グループのご令嬢だ。逆に俺が少し恥ずかしくなってしまった。今後はお金のこともちゃんと考えないとな。




