第33話:王都の休日。ママと娘たちの、ときめきウィンドウショッピング
秋の柔らかな陽光が、王都の目抜き通りを黄金色に染め上げていた。
石畳の両脇には、色とりどりの布を掲げた露店や、精巧な細工が並ぶ雑貨屋、そして甘い焼き菓子の香りを漂わせるカフェが軒を連ねている。
「あらあら……。今日はお天気が良くて、本当にお出かけ日和ねぇ」
サツキは、いつもの割烹着を脱ぎ、落ち着いた藤色の外出着に身を包んで微笑んだ。その隣を死守しているのは、銀髪を微かに揺らした賢者ルナである。彼女の無機質な瞳は、今や大陸最高の魔導演算能力を「ママの歩行速度と歩幅の完全同調」のためだけに費やしていた。
「……王都、……商店街。……人口密度、……平常時の、……一.三倍。……ママ。……迷子、……危険。……左手、……しっかり、……ホールド。……離さない」
「ふふ、ありがとうルナちゃん。でも、そんなにぎゅっと握らなくても大丈夫よ」
ルナは無言のまま、サツキの柔らかい掌の感触を脳内の「永久保存アーカイブ」へと転送した。背後では、アリアとセシルが「ずるい! 私もママと手を繋ぐ!」と小競り合いを演じているが、ルナの耳には届かない。今日の彼女は、サツキの「左側の守護者」としての聖務に没頭していた。
一行が最初に立ち止まったのは、色とりどりのリボンや髪飾りが並ぶ小さな装身具店だった。
「まぁ、可愛いわねぇ。ルナちゃん、この青いリボン……あなたの髪色に、とっても似合うと思うわ」
サツキが、手に取った小さなサテンのリボンをルナの耳元にあてがう。
その瞬間、ルナの体内魔力回路が過負荷を起こした。
(……っ!? ママが、……私を、……選別。……視覚情報、……可愛い、……認識。……脳内、……多幸感、……飽和。……私、……今、……消滅、……しても、……悔い、……ない)
「……ママ。……これ。……買う。……家宝、……にする」
「あらあら、そんなに気に入ってくれたの? でも、今日は『見るだけ』を楽しむウィンドウショッピングの日よ。……ほら、あっちのガラス細工も見てみましょうか」
サツキはリボンを棚に戻すと、楽しそうに次の店へと歩き出した。ルナは、サツキの指先が触れたリボンを名残惜しそうに見つめながら、その「サツキが可愛いと言った」という情報を、一文字の狂いもなくデータベースに刻み込んだ。
次に訪れたのは、世界中の香料が集まる香水店だった。
アリアが「ママにはこの『情熱の薔薇』が似合うよ!」と真っ赤な小瓶を振り回し、セシルが「いいえ、お母様の清廉さを引き立てるのはこの『聖なる百合』ですわ!」と割り込む中、ルナは静かにサツキの隣で、彼女が足を止めた瓶のラベルをチェックした。
「……ママ。……柑橘系、……反応、……良好。……ベルガモット。……メモ。……後で、……魔法で、……精製、……する」
「ふふ、いい匂いねぇ。でも、私には少しお洒落すぎるかしら。……ねぇ、あそこのカフェのテラスで少し休みましょうか」
サツキが指差したのは、広場に面した開放的なカフェだった。
椅子に座ると、サツキは大きく伸びをして、幸せそうに街行く人々を眺めた。
「何も買わなくても、こうして歩いているだけで心が弾むわね。みんなの楽しそうな顔を見ていると、ママまで元気になっちゃうわ」
「……同意。……ママ。……笑ってる。……それ、……世界、……最高、……コンテンツ。……宝石、……魔導書、……ゴミ、……等しい」
ルナが、サツキが注文したハーブティーの温度を、火魔法の精密制御で「ママの好む最適温度」へと一瞬で調整する。
(きゅう、きゅうっ! ……ねぇルナお姉ちゃん、僕へのお土産は!? ママが選んだ「一番もふもふした何か」を、ちゃんとキープしてるよね!?)
里でお留守番中のシロから、緊急の念話がルナの脳内を叩いた。ルナは一瞬だけ眉を寄せ、念話の返信を「……ノイズ、……遮断」の一言で切り捨てた。今の彼女にとって、このサツキとの穏やかな午後のティータイムを邪魔するものは、神獣であろうと容赦はしない。
日が傾き始め、里へ帰る時間が近づいた頃。
サツキは、通りの片隅にある小さなお土産屋に一人で立ち寄り、何かを隠すようにして戻ってきた。
「はい、今日はお付き合いしてくれてありがとう。……これ、今日一日の記念に、みんなでお揃いのストラップよ」
サツキが差し出したのは、里の木で作られたような、素朴で温かい手作りのストラップだった。
アリアとセシルが「ママとお揃い!」と大騒ぎする中、ルナはその小さな木彫りの飾りに、そっと指先を触れた。
「……これ。……世界一、……高価。……聖遺物、……凌駕。……ママ。……ありがとう。……大好き」
ルナは、無表情のまま、けれどその瞳を微かに潤ませて、ストラップを大切に懐へと収めた。
結局、高価なブランド品や宝石は一つも買わなかったけれど。
サツキと一緒に歩き、同じ景色を見て、笑い合った記憶。
それこそが、賢者ルナにとって、どんな魔法でも手に入らない、最高に「ときめく」戦利品なのであった。




