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聖母バフが強すぎる、隠れ里へようこそ~魔王軍を殲滅した最強の娘たちが、実家でママの『あーん』を待っています~  作者: 寝不足魔王


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第31話:里の新学期? 勇者アリア、ママのお手伝い免許皆伝への道!

 隠れ里『聖母の箱庭』に、かつてないほどの静謐な緊張感が漂っていた。

 大きな節目である収穫祭を終え、里の住人たちが冬の足音を微かに感じ始めたある朝。勇者アリアは、自室の姿見の前で、いつになく真剣な表情でポニーテールを締め直していた。


「……よし。いつまでも、靴下を脱ぎっぱなしにして『あらあら』と呆れられている私じゃない。今日から私は、ママを支え、ママに頼られ、ママから『免許皆伝』を授かる、里の最強看板娘になるんだ!」


 アリアは、サツキから貰った大切な刺繍入りの巾着袋を腰にしっかりと結びつけると、鼻息も荒く台所へと突撃した。


「ママ! おはよう! 私、今日からママのお手伝いを完璧にこなすことに決めたよ! どんな難しい仕事でも、魔王を倒したこの勇者アリアに任せて!」


 サツキは、朝の光の中で丁寧にお味噌汁の出汁を取っていたが、アリアのあまりの剣幕に目を丸くした。


「あらあら、アリアちゃん。おはよう。……まぁ、そんなに鼻の穴を膨らませちゃって。やる気があるのはいいことねぇ。じゃあ、ちょうど今夜のお味噌汁の準備をしているから、お豆腐を切るのを手伝ってくれるかしら?」


「お豆腐……! きた、第一の試練だね! 任せて、伝説の魔獣の急所をミリ単位で見極め、一瞬で解体してきた私の指先に、切れないものはないよ!」


 アリアは、まな板の前にどっしりと腰を据えた。サツキがそっとパックから取り出したのは、里の清らかな水で作られた、プルプルと儚げに震える絹ごし豆腐である。


「いい、アリアちゃん。お豆腐はとっても繊細なの。力を入れすぎず、包丁の重みだけで、すうっと引くように切るのよ。……ママ、隣でおネギを切ってるからね」


「分かったよ、ママ! ……くっ、この豆腐……なんて防御力が低い(脆い)んだ……! 下手に魔力を込めたら、細胞壁が崩壊してまな板ごと粉砕しちゃう……!」


 アリアは、普段は数トンもの大剣を軽々と振り回すその剛腕に、人生最大の「脱力」を強いた。

 額からは、魔王との決戦時ですら見せなかった冷や汗がポタポタと流れる。アリアの指先が、お豆腐の表面に触れるか触れないかの距離で、武者震いとは異なる次元でガタガタと震えていた。


「お黙りなさいませ、アリアさん! お母様の神聖なる包丁捌きを、あんなに震える手で汚すなんて不敬ですわ! 私こそが里の『包丁の聖騎士』として、お豆腐を聖なる立方体に浄化すべきですわよ!」


 廊下から、セシルが掃除用のハタキを指揮棒のように振り回して乱入してきた。


「……反対。……アリア、……破壊神。……お豆腐、……一秒後、……離散、……確定。……ママ。……私、……時間停止魔法、……使用。……お豆腐の、……崩壊を、……物理的に、……止める」


 ルナもどこからともなく現れ、指先に青白い魔力を纏わせる。


「ちょっと! 二人とも邪魔しないでよ! 私がいま、ママの優しさ(豆腐)と命懸けで対話してるんだからぁ!」


 最強の三人が、たかだか一丁の豆腐を巡って、国家を揺るがすレベルのプレッシャーを台所に充満させる。そんな混沌の中、まな板のすぐ横で、シロが厳しい審判の如く座っていた。


(きゅう、きゅうっ。……ふん、お姉ちゃん。肩が上がりすぎだよ。お豆腐はママの愛情と同じ。力でねじ伏せるんじゃなくて、寄り添うように包丁を入れなきゃ。そんなんじゃ「免許皆伝」なんて、百億年早いよ)


「シロ、後で覚えてなさいよ……! ……ふぅ、……吸って、……吐いて。……いくよ、ママ!」


 アリアが極限の集中状態「ゾーン」に突入した。

 彼女の視界には、お豆腐の内部構造がスローモーションで、かつ透視図のように見えていた。包丁の刃が、コンマ一ミリの迷いもなく振り下ろされる。


 トントン。トントン。トントン。


 それは、伝説の抜剣術を応用した、究極の「垂直重力カット」であった。

 アリアの手が止まった時、まな板の上には、驚くほど正確な一・五センチ角の立方体に切り分けられた、一糸乱れぬお豆腐の軍団が完成していた。


「……できた。……できたよ、ママぁあああ!! 見て、一個も崩れてないよ!」


「まぁ! とっても上手よ、アリアちゃん。角がピンと立っていて、まるでお城の石垣みたいに綺麗だわ。……はい、頑張ったご褒美に、これお味見させてあげるわね」


 サツキは微笑みながら、小皿に取った出汁の効いた煮物を、箸でアリアの口元へと運んだ。


「はい、あーん」


「はむっ! ……ふがっ、おいひいいいいい!!」


 アリアは、ママからの直々の「あーん」と、最高のご褒美である「合格点」を同時に受け取り、あまりの多幸感に膝から崩れ落ちそうになった。


「やったぁあああ! ママに認められた! 私、今日から『お豆腐の守護者』を名乗るよぉおお!」


 アリアは嬉しさのあまり、右手に包丁、左手にお豆腐の空きパックを持ったまま、台所で勝利の凱旋ステップを踏み始めた。


「コラッ!! アリアちゃん、刃物を持ったまま踊らないの! 危ないでしょ!」


「ふぇっ!? ……ご、ごめんなさい、ママぁああ!」


 結局、最後はいつものようにお説教を食らってしまったアリアだったが、夕食の席で自分が切ったお豆腐がお味噌汁の中に誇らしげに浮かんでいるのを見て、魔王の首を獲った時以上の達成感に胸を張った。


「ふふ、次は洗濯物の『神速畳み』で免許皆伝を狙うんだから! セシルもルナも、見てなさいよ!」


(きゅう……。お姉ちゃん、叱られてる時の方が頬を染めて幸せそうな顔をしてるね。……まぁ、今回のお豆腐だけは崩れてなかったから、特別に合格にしてあげるよ)


 シロがサツキの膝で満足げに鼻を鳴らす。

 「免許皆伝」への道はまだ始まったばかりだが、隠れ里の食卓は、アリアの誇らしげな笑顔と共に、今日もどこまでも温かく、賑やかに更けていくのであった。


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