第19話:騎士団、里の外郭ガードに正式配属? 教団の「聖域」公認騒動
王都の教会本部、大聖堂の会議室には、重苦しい沈黙と、それ以上に「異常な熱気」が満ちていた。
教会の重鎮たちが顔を揃える中、中央に立つ大司教グレゴリオは、かつてないほどに艶やかな肌と、潤いに満ちた喉で朗々と宣言した。
「……信じられぬと言うのなら、その眼で確かめるが良い。かの地には、神の奇跡を超越した『慈愛』が実在する。私はあの里を、教会の不可侵聖域として正式に公認すべきであると進言する!」
グレゴリオが掲げたのは、サツキから持たされたシロの抜け毛――通称『聖母のお守り』。
しかし、保守的な枢機卿たちは鼻で笑った。
「大司教、乱心されましたか。たかが狐の毛を宝物と呼び、辺境の未亡人を聖母と崇めるとは。……よほどお疲れのようだ。我ら自慢の視察団を送り、その『ペテンの里』を暴いて差し上げましょう」
こうして、教会の「清廉潔白(自称)」なエリート視察団と、追加の精鋭騎士たちが、重い腰を上げたのである。彼らは「偽の聖域を正してやる」と息巻いていたが、道中の魔物に苦戦し、隠れ里の結界に辿り着く頃には、やはり泥だらけでバキバキの隈を作った「極限の疲労状態」に陥っていた。
一方、隠れ里『聖母の箱庭』では。
「あらあら、なんだかお外がまた騒がしいわね。シロちゃん、今日はお客様がずいぶん多いみたいよ」
サツキは庭で、セシルが鏡面仕上げに磨き上げた廊下を眺めながら、大きな鍋を火にかけていた。
「きゅう、きゅうっ(ママ、また『お疲れさん』たちが列をなしてやってきたよ。……あーあ、結界の門が壊れそうな勢いだね)」
シロが欠伸をしながら門を見据えた瞬間、結界を無理やりこじ開けるようにして、白銀の鎧を纏った視察団たちがなだれ込んできた。
「ここが……噂の……。ガハッ、空気が……清浄すぎる。……おい、女! 我らは教会の公式視察団である! ここを不法占拠しているという『サツキ』を出せ!」
先頭の枢機卿が声を荒らげる。だが、サツキは大きな木べらを持ったまま、ふわりと微笑んだ。
「あらあら、いらっしゃい。私がサツキよ。……まぁ、そんなに泥だらけになって。ちょうどお廊下の雑巾がけが終わったところなの。上がって、温かいお茶でも飲みなさいな」
「お、お茶だと!? 我らをおちょくって――」
「枢機卿様、お待ちを! ……この香り、……この圧倒的なまでの『実家感』。……ただ者ではありません!」
視察団の騎士たちが、サツキの放つ「全肯定おかんオーラ」に当てられ、次々に武器を下ろしていく。
さらに彼らの戦意を根こそぎ奪ったのは、大鍋から漂う暴力的なまでに優しい、甘辛い醤油の香りだった。
「はいはい、お腹が空いていると、トゲトゲした気持ちになっちゃうわよ? ちょうど肉じゃがが炊けたところだから、まずはこれでお腹を落ち着かせなさい」
サツキが差し出したのは、里のホクホクしたジャガイモと、お肉がたっぷり入った特製の肉じゃが。
視察団の面々は、毒見も忘れ、吸い寄せられるようにお椀を受け取った。
「……っ!? なんだ、この旨味は。……ジャガイモが、口の中で溶けて……魂に語りかけてくる……」
「……サツキ殿。……自分は、……王都の権力争いなんて、……どうでもよくなっちゃったっす……」
一口食べた瞬間、エリートたちのプライドは、サツキの煮汁の中に溶けて消えた。
彼らは庭先でむせび泣きながら、肉じゃがを貪り食う。もはやそこに「枢機卿」も「エリート」もなく、ただ「空腹を満たされ、心まで温められた一人の人間」がいるだけだった。
「「「これこそが、真の福音だぁあああ!!」」」
そこへ、先んじて里の外郭を守っていた『外郭ガード』の騎士たちが、訓練(という名の開拓作業)から戻ってきた。
「おい、新入りども! サツキ殿に、勝手に泣きついてんじゃねぇ! 肉じゃがのお代わりは、あっちの側のドブさらいを終えた順だぞ!」
「なんだと!? 貴様らこそ、特権を気取りおって! サツキ殿、自分は今日から、この里の『側溝掃除担当』としてここに住むことを誓います!」
伝説級の騎士たちが、肉じゃがのお代わりとサツキの「偉いわね」の一言を奪い合い、里の雑用を巡ってハイレベルな争いを開始した。
「あらあら、みんな急に働き者になっちゃって。……セシルちゃん、新しい子たちにもお掃除の仕方を教えてあげてくれるかしら?」
「お任せください、お母様! 不浄な新入りたちを、徹底的に……お掃除の極意で叩き直して差し上げますわ!」
セシルが「お母様の聖域を汚す不届き者は許しません」と言わんばかりの圧を放ちながら、山のような雑巾を視察団の前に積み上げた。
数日後。王都に戻った大司教グレゴリオは、以前にも増して誇らしげに報告書を提出した。
「……見ただろう。視察団の全員が、あの里を『地上に残された最後の楽園』として承認した。今やあの里は、教会が総力を挙げて守護すべき『サツキ殿の不可侵域』である!」
結果として、里は教会公認の聖域となり、同時に「最強の騎士たちが休暇を返上してでも通いつめる、世界一倍率の高い奉仕場所」へと変貌を遂げたのである。
「あらあら、なんだか肩書きが増えちゃったみたいね。でも、人数が増えるなら、明日からお米を炊く量を増やさなきゃ」
サツキは、今日も大量の洗濯物を干しながら、満足げに笑った。
里を包むのは、平和な笑い声と、お出汁のいい匂い。
教団の権威すらも「食欲」という名の本能で飲み込み、隠れ里の支配権(お財布と胃袋)は、今日もサツキの手の中にがっちりと握られているのであった。




