18.「駅前ロータリー、イチナナサンマル」
シンと一緒にアサとの初対面を果たしてから、2ヶ月がたった。
俺たちはあれから毎日のようにギターを練習し、時折3人で相談してはレコード店にベース、ドラム募集の張り紙を貼ってもらったり、町の掲示板に貼ってみたりと試行錯誤を重ねたが、結果は全く出なかった。
俺が少し上手くなったと喜んでいるのを傍目に、隣でアサはそれ以上にぐんぐん進歩していった。
元々飲み込みの早い性質なのだろう、俺は尊敬とほんの少しの嫉妬心を持ってアサに追いつこうと必死だった。
そんなある日、いつも通り学校終わりにシンの家に辿り着いた俺とアサに、全く来る気配のないメンバー募集に業を煮やしたのであろうシンが突然宣言する。
「ライブをして、メンバーを集めよう。まずは駅前、路上ライブだな。オリジナルはまだ難しいにしても、コピーで四曲はやりたいよね、、週末よりは時間帯的に平日の帰宅ラッシュ狙った方が確実かなあ。」
いつも通りと言えばいいのか、シンはこちらを見てはいるものの、自分の頭だけをぐるぐる巡らせ、自分1人で解決したようだった。
「レイニーデイの恋をするなら、コンフォーターズのあの世の先まで、ホワイトモンキーのバール、デスデイの何かがあふれそう、この四曲で。そうだなあ、来週の金曜日でどう?」
勝手なことを言いながらきらきらとした笑顔で俺たちに問いかけるシン。
今は水曜日。次の金曜日までは9日しかない。
隣のアサを見ると、緊張しながらもワクワクと目を輝かせていた。
俺は反論しても意味のないことがわかっているので深いため息で返事の代わりとした。
そしてギターの練習以外全てそっちのけで送った9日間が終わり、当日を迎えた。
夕方の5時、アサと2人でギターを背負いながら駅前のロータリーの屋根の下まで、シンのキーボードを運ぶ。
アサはというと、軽い荷物だけ抱えて後ろを気楽についてきていた。
荷物を下ろして壁を背にすると、改めて人の多さに驚く。
今まで気にも留めていなかったが、いざここで演奏すると思うと一人一人の顔がはっきりと見えて緊張が加速する。
アサは予想通りのあがり症で、ここから演奏できるのかが心配になるくらいに顔が強張っていた。
シンはいつも通りだろうと思ったが、よく見ると荷物のファスナーを開ける指が少し震えていた。こいつでも緊張するなんてことがあるんだと、なぜか少し感心する自分がいた。
チューニングも済ませたころには、楽器を持って立つ俺たちを訝しげにジロジロと見ながら通っていく人が増えてきた。
少し、雨が降り始めていた。
「よし、じゃあ始めようか!」
シンの朗らかな一声で、俺たちの人生はじめてのライブが幕を開けた。
予定していた三曲までが終わった。
途中目の前で立ち止まってくれる人、拍手をしてくれる人もいた。
ただ、その人たちも退廃音楽じゃないの、と周りに言われたのかそそくさと退散していった。
しかし遠巻きに見てくれる人、遠くから曲が終わるたびにグーにした手をこちらに向かって振り上げてくれる人。
目の前には同じ中学生くらいであろう男の子2人が屋根ギリギリのところで背中を濡らしながら座って聴いてくれていた。
やってよかった。
もちろんアサはミスを何度かしたし、俺に至っては一度曲を止めるレベルのミスまでした。
しかしやってよかったと思った。次はもっと長くやりたいとまで思った。
「次が最後の曲です。」
俺は小声でそう言うと、イントロを弾き始めた。
その時、視界の左端に警官の格好をした男が見えた。
急いでシンの方を見ると、シンも気づいているようではあるが、続けろと目で合図された。
気にはなったが、俺も途中で止めるようなことはしたくない。
特に警官に動きもないまま、最後の曲が終わる。
最後の曲の時には遠巻きに見ていた人も少し近くに来てくれていて、さらに人も増えていた。
曲が終わるとまばらな拍手が起こり、中年の男性に俺は背中を叩かれた。
シンとアサの方を交互に見ると、2人とも満足気な表情を浮かべている。
「ここで退廃音楽の演奏が行われていると通報が入った!見ているものは直ちに解散しろ!逮捕するぞ!」
先ほどの警官がいつの間にかほど近くにいて、大声を張り上げていた。
見てくれていた人たちは蜘蛛の子を散らしたように小走りで去っていく。
「お前ら3人、楽器を片付けたら俺についてこい。」
警官はそういうと俺たちをじっと見て楽器を片付け終わるのを待っている。
俺はこのあとどうなるのかと、その先に激怒するであろう父親の顔が浮かび、頭が真っ白になっていた。
駅前のロータリー、17時30分。
駅前の時計台を無意識に見たその時刻、全てが終わったと思われた。
この警官はとにかく目つきが鋭い。30半ばほどだろうか、襟元は開き、上着の裾が出ているなど着崩されてはいるが、きっとこの人が私服でも職業がなんだと思うかと問われれば警官か軍人と誰もが答えるだろう。
背は高くなく、顔も男前とは言わない。顔つき、体つきも特段精悍ではないが、それは全て細い目から出るどうしようもない鋭さが補っても余りある迫力を備えさせていた。
楽器をゆっくりと片付け終え、俺たちは黙って歩き出す警官の後ろを着いて歩いた。
その分逃げ出すことも頭をよぎったが、楽器や荷物を持っては逃げ切らないだろう。しかし、捨てることなど考えられなかった。
うつむきながら、きっとシンの家がなんとかしてくれて逮捕はないはずだとか、しかしうちの父親は俺を助けないかも知れないとか頭を無駄に巡らせていると、
「着いたぞ、入れ。」
警官は短く一言だけ言った。
顔を上げると、そこはさびれた中華料理屋だった。
何事かと思ったが、何も言えないまま俺たちは中に入り、警官が進むままに広いテーブルについた。
「お前ら、腹減ってんだろ。あ、逮捕とかしないから安心しろ。好きなもん食え。」
そう言いながら警官は俺たちの方にメニューを投げる。
「邪魔して悪かったな。でも通報されたら嫌でも行かなきゃ行けないのが俺たちの仕事なんでな、悪く思うなよ。」
警官はそう言いながらニカッとこちらへ笑みを浮かべると、忘れてたと言い、安村誠、しがない安月給巡査だと自己紹介をした。
俺たちは少しその言葉に安堵しながら1人ずつコウ、シン、アサと名乗ると、アサは本当にいいのか、いや、いいんですかと安村に聞いた。
「おお、なんでも食え。大きな声では言えないが俺も昔やってたんだ、いいもん見せてもらったよ、その礼だ。」
アサはその言葉に目をキラキラさせ、
「レバニラ定食、ご飯大盛りで!」
と厨房の50代後半の店主らしき男に叫んだ。
俺も遠慮がちに、じゃあ同じものでという。
シンはケロッとした顔で、天津飯と空芯菜を頼んでいる。
安村が最後に注文しようとした時、勢いよく店のドアが開いた。




