17.「平和」
長い沈黙が続いた。
聞こえるものといえば、奈々子と相子の鼻を啜る音。
それに徐々に小さくなってきたアサの嗚咽くらいのものだった。
俺は少しの間呆然としていたが、来る前から持っていたシンへの怒りが沸々と煮えたぎり始めた。
アサを庇ってやる、でもなければ、元王家の力を使ってなんとか罪を軽くできるように尽力する、でもない。
わざわざ俺たちをここに集め、アサのここまでの話を聞いて、そのあげくただアサを刑務所にぶち込む?
それで親友だと?それどころか人間としてどうしてそんな発想になろうと言うんだ。
もう我慢ができないと思った。
「おいシン、黙って聞いてれば好き勝手言ってるが、アサを刑務所にぶち込むだと?何が親友だ、何が元王家だ。よくそんなこと言えたもんだな。わざわざ俺たちを呼んだのはこんなことが言いたかったからか?2年前は俺のことを嵌めたと思えば、今またアサを呼び寄せて警察に捕まえさせようってか。言ってみろよ。」
シンが苦笑いしながら何か物言いたげにしていたが、誤魔化される前にここで言いたいことを全てぶつけてやろう。
「違うんだよコウちゃん、シンちゃんは悪くないんだ。」
シンに対する俺のここから始まるはずだった大攻勢は、目を真っ赤にしたアサの一言によっていとも簡単に阻止されてしまった。
「これはシンちゃんと、俺と、そこのお嬢ちゃんの3人で決めたことなんだ。むしろシンちゃんは俺たちのことを助けてくれてる、だから責めないでほしい。」
こちらをまっすぐ赤い目で見つめながらそう言うアサに対して俺は何も言えず、黙るしかなかった。
「ここからは僕が説明する、と言いたいところなんだけど、そのためにはもう1人の招待客が必要でね。少し遅れてるみたいだ。」
シンはいつの間にか、座っていた俺の肩に手を置きながら話している。
特に不快に思っていない自分に気がつき、自分に対しても腹が立った。
「僕はその人と連絡を取らなきゃだから少し抜けるけど、そんなことよりせっかく勇作さんが作ってくれた幸歓の東阿国一の中華が、重苦しい話してる間に冷めちゃってるよ、僕ここの春巻き大好きなんだよなぁ。」
シンはそう言うと、春巻きを左手に2本掴むと、皆に背を向けて少し歩き、右手で裏口のドアノブに手をかけたところで少し動作を止めた。
「コウ、2年前のことだけど、あんなつもりじゃなかった。できればわかって欲しい。」
そう短く言ってからこちらを振り返るとごゆっくりーと一言いい、いつも通りな笑みを貼り付けて部屋を出ていった。
そこからすっかり冷めてしまった勇作の料理に各々ありつきはじめた。
佐藤は勇作に大盛りなんて言葉じゃ足りないくらいに盛ってもらったご飯に青椒肉絲と回鍋肉を交互に載せてモリモリと食べ始めたし、
アサは本当にさっきまで泣いていた人間なのかと思うくらいの壮絶な食べっぷりを見せつけていた。
次は麻婆豆腐だ、ニラ玉だと立ち上がってよそっては美味い美味いと食べている。
勇作や相子ははじめ温め直してくれようとしたが、佐藤やアサの食べっぷりに間に合わないと判断したのか、自分たちの作った料理が平らげられていくのを目を細めて見守っていた。
奈々子は誰も手をつけなかった冷めて伸び切った味噌ラーメンを食べ切ると、チャーハンを残ったスープにぶち込んで食べていた。見た目に反して豪快だ。
俺はというと、久々のちゃんとした料理に感動したのも束の間、少し食べただけで満腹になり自分の胃がこの数年で縮んでしまったことを痛感していた。
さっきの奈々子やアサの悲劇、シンのとんでも発言などなかったかのように、今の幸歓は平和そのものだった。
そういえばあの時もこんな風だった。
俺は佐藤、アサ、奈々子が食べ続けるのを横目で見ながら先ほど名前が出てきた安浦幸一や、残り2人の旧友である中井進、堂島義一のことを思い出していた。




