《第2章 第4話 消えた少女の影》
午前零時を過ぎた校庭。
夜桜が白く光り、ひとひら、またひとひらと静かに落ちていく。
月城朋広は、ノートを胸に抱きしめながら立っていた。
そのページから漏れる光が、まるで彼の心臓の鼓動と同調するように揺れている。
「……ひより、いるんだろ?」
風が一瞬止まり、空気が張りつめた。
その瞬間、桜の根元に人影が現れた。
白いワンピースの裾が風に揺れ、髪が淡い光を帯びている。
――桐生ひより。
だが、その顔はどこか違っていた。
微笑んでいるのに、目の奥には記憶の欠片もない。
「あなた、誰ですか?」
朋広の喉が固まる。
彼女の声は確かにひよりのものだった。
けれど、その響きは冷たく、まるで世界のどこにも彼を知らないようだった。
「ひより……俺だ。月城、朋広だ。」
彼女は一歩後ずさった。
足元の花びらが淡い光を散らす。
「月城……朋広?」
「そうだ。俺たちは――何度も、桜の下で出会ってきた。」
その言葉に、ひよりの瞳が一瞬だけ揺れた。
まるで、忘れていた夢を思い出すように。
だが次の瞬間、影が地面に広がった。
桜の根元から、黒いもやが這い出してくる。
「……やっぱり、来たか。」
朋広はノートを開く。
ページの奥から、淡い光の輪が放たれた。
それが影を照らし、形を持ちはじめる。
――福田の影。
ひよりを見守っていたはずの、あの男の輪郭。
だが今は黒い靄に包まれ、狂気のように呻いていた。
『継承を止めろ……魂が重なれば、この世界は壊れる……!』
「そんなこと、関係ない。
俺は、ひよりを取り戻す。」
朋広の手から放たれた光が、影を裂いた。
悲鳴とともに、夜風が校庭を駆け抜ける。
ひよりが倒れ、朋広が抱きとめる。
彼女の瞳に、わずかな光が戻っていた。
「……朋広……?」
「そうだ、ひより。思い出したか?」
彼女は小さく頷き、そして彼の胸に顔を埋めた。
「桜が……また、咲いたんだね。」
朋広は空を見上げる。
満開の桜が夜空を覆い、風が二人を包み込む。
その花びらの中で、ひよりの輪郭が再び揺らぎ始めた。
「待って……ひより!」
光の粒が彼の腕の中からこぼれ落ちる。
まるで別れのように、優しく、静かに。
――そして、彼女の姿は消えた。
残されたのは、一枚の桜の花びらと、彼女の微かな声。
『……次の継承者に、託して。』
朋広は拳を握りしめた。
その花びらが、次なる物語への扉となることを、彼は悟っていた。
「……桜魂は、まだ終わっていない。」




