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《第2章 第1話 風の記憶、桜霊の目覚め》

春が深まるにつれて、桜咲学園の校庭を包む風は少しずつ変わっていった。

 柔らかな香りの奥に、どこか懐かしい“声”が混じっているように感じる。


 月城朋広は、その風を肌で感じながら立ち止まった。

 頬をかすめる一陣の風に、ひよりの笑い声が聞こえた気がした。


 ――また、春に。


 彼女が最後に残した言葉。

 それから数週間が過ぎ、彼の夢は静まり返っていた。

 まるで桜霊そのものが眠りについているように。


 放課後、図書室の窓際でページをめくっていると、

 一枚の古文書が視界の端に入った。

 「桜霊伝承録」。

 その文字を見た瞬間、心臓が早鐘のように打ち始めた。


 ページを開くと、そこにはこう書かれていた。

 ――“桜霊とは、記憶の風を司る者。

   春の満月に目覚め、人の魂の欠片を運ぶ。”


 読み進めるうち、彼は気づいた。

 その満月が、今夜なのだ。


 夜の街へ出ると、風がざわめいていた。

 桜並木が白く光り、遠くから鈴の音が聞こえる。

 その音は、かつて夢で聞いた音と同じだった。


 「……ひより?」

 呼びかけても、返事はない。

 けれど、風が確かに応えている気がした。

 その瞬間、彼の視界が淡い桜色に染まっていった。


気づけば、彼は夢の中にいた。

 夜の桜並木、満開の花が空一面に咲いている。

 空気が淡く震え、光の粒が流れていた。


 「……ここは、あの日と同じ場所だ。」

 誰に言うでもなく呟く。

 すると、風がやさしく頬を撫で、

 桜の根元に一人の少女の影が現れた。


 ひより――ではない。

 それは、彼女に似ていながらも異なる雰囲気を持つ少女。

 瞳は金色に輝き、薄く透けるような輪郭をしていた。


 「あなたが……“継ぐ者”ね。」

 その声は風のように柔らかく、それでいて鋭く心を貫く。


 「継ぐ者?」

 「桜霊の記憶を、次の春へ運ぶ者。

  あなたの中には、もう一つの魂が眠っている。」


 少女は微笑み、指先で彼の胸元を軽く触れた。

 すると胸の奥で光が弾け、ひよりの笑顔がよみがえった。


 「彼女の想いは、まだ消えていない。

  でも、あなたが忘れれば――本当に散ってしまう。」


 朋広は拳を握り、静かに頷いた。

 「俺は、忘れない。何があっても。」


 桜の花びらが舞い、風が強く吹いた。

 その瞬間、少女の姿が淡く消える。


 ――“次に会うとき、真の継承が始まる。”


 目を覚ますと、夜明けの光が差し込んでいた。

 手のひらには、淡く光る花びら。

 それは確かに、夢の中から持ち帰った“記憶”だった。



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