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街ねこ司法書士、消えた土地の夢  作者: W732
第2章:肉球が指す微かな違和感
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2-2. ミケの小さなヒント

 佐藤誠からの情報は、健太にとってまさに光明だった。NPO法人「ふるさと再生プロジェクト」が、単に土地を狙っているだけでなく、それを担保に不正な融資まで引き出そうとしているという事実。そして、その融資書類にも「甘い匂い」がするという共通の証言は、健太が掴んだ「特殊インクによる手書き再現」という偽造手口が、広範囲で使われていることを強く示唆していた。

「佐藤君、この情報、本当にありがとう。助かったよ」健太は、心からの感謝を伝えた。

 佐藤は、「いえ、お役に立てて光栄です」と控えめに答えた。彼の真面目な人柄がにじみ出ている。

「この件、銀行としても内々に調査を進めています。もし、何か進展があれば、すぐに佐々木先生にご連絡します」

「助かる。私も、何か分かればすぐに連絡するよ」

 佐藤が事務所を後にすると、健太はすぐに、司法書士会に「高橋司法書士」の名前が騙られている件と、NPO法人が銀行への不正融資を企てているという新たな情報を連絡した。司法書士会は、健太からの迅速な情報提供に感謝し、警察へのさらなる働きかけと、会員への注意喚起を強化すると約束してくれた。

 これで、公証役場、警察、弁護士、司法書士会、そして銀行と、それぞれの専門機関が連携し、この地面師詐欺事件に立ち向かう体制が整った。健太は、一人で抱え込んでいた重圧が、少しだけ軽くなったように感じた。

「ミケ、これで少しは楽になるかな」健太は、デスクの上で丸くなっているミケに語りかけた。

 ミケは、「ニャア」と一声鳴くと、ゆっくりと体を起こし、健太の顔を見上げた。その瞳には、健太の安堵を喜び、そして次の行動を促すかのような光が宿っていた。

 健太は、これまでの情報を整理し始めた。

 1.鈴木正義の土地を狙った偽造委任状と不正な売買契約。

 2.偽造の要となる「特殊インクによる手書き再現」という巧妙な手口。

 3.その背後にいるNPO法人「ふるさと再生プロジェクト」と、彼らが騙った「高橋司法書士」の名前。

 4.NPO法人が企てる、不正な融資引き出しの試み。

 これらの情報から見えてくるのは、「ふるさと再生プロジェクト」が、再開発を隠れ蓑にした、大規模な地面師詐欺組織であるという確信だった。彼らは、下町の土地を不正に取得し、それを担保に巨額の金を金融機関から騙し取ろうとしているのだ。

 健太は、改めてNPO法人のウェブサイトを開き、掲載されている情報をつぶさに確認した。しかし、どれもこれも、地域の発展を願うような、耳障りの良い言葉ばかりで、怪しい点は見当たらない。しかし、ミケが威嚇した代表理事の顔写真が、健太の目には、獲物を狙う詐欺師の顔にしか見えなかった。

 その時、ミケが、突然、パソコンの画面に前足を伸ばし、ある場所を指し示した。それは、NPO法人のウェブサイトの片隅にある、小さな「ボランティア募集」のリンクだった。

「ボランティア募集……?」健太は首を傾げた。なぜ、今、これを?

 ミケは、そのリンクを指さしたまま、健太の顔をじっと見ている。まるで、「ここを見ろ」とでも言いたげに。

 健太は、ミケに導かれるままに、そのリンクをクリックした。すると、そこには、NPO法人の活動内容と、ボランティアに求める人材の要件が掲載されていた。

『私たちは、地域の高齢者の見守り活動や、子供たちへの無料学習支援、そして地域の清掃活動など、多岐にわたるボランティア活動を通じて、住みやすい街づくりを目指しています。特に、高齢者の身元保証人探しや、相続に関する無料相談会の案内、空き家の清掃などにご協力いただける方を募集しています。』

 健太は、その文章を読み進めるうちに、背筋が凍りつくのを感じた。

「高齢者の身元保証人探し……相続に関する無料相談会の案内……空き家の清掃……」

 これらは、まさに地面師が、ターゲットとなる土地の情報を収集したり、土地所有者に接近したりする際の、絶好の口実になるではないか。

 高齢者の身元保証人探しを装って、高齢者の資産状況や家族関係を把握する。

 相続に関する無料相談会の案内を装って、土地の所有権や登記状況に関する情報を引き出す。

 空き家の清掃を装って、空き家の登記簿謄本や、所有者の情報を得る。

 彼らは、ボランティアという、最も「善意」に満ちた活動を装って、下町の住民たちから巧妙に情報を引き出していたのだ。そして、その情報をもとに、ターゲットとなる土地を選び、詐欺の計画を練っていたに違いない。

「なんてことを……!」健太は怒りに震えた。市民の善意を踏みにじる、最も悪質な手口だ。

 ミケは、健太の怒りを感じ取ったかのように、静かに健太の腕に顔を擦り付けた。そして、今度は、ウェブサイトのもう一つの小さなリンクを指し示した。それは、「活動報告」という見出しだった。

 健太は、ミケに促されるままに、「活動報告」のページをクリックした。そこには、過去のボランティア活動の様子が写真付きで掲載されている。高齢者と笑顔で交流するボランティア、子供たちに勉強を教えるボランティア、そして、公園で清掃活動を行うボランティア……。

 健太は、掲載されている写真の一枚一枚を、食い入るように確認していった。すると、ある写真に目が止まった。それは、高齢者の家を訪問しているボランティアの写真だった。その写真の背景には、ぼんやりとだが、見覚えのある建物が写っている。

「これは……!」

 健太は、その建物を、すぐに鈴木醸造の裏手にある蔵だと認識した。写真には、ボランティアの男性が、蔵の入り口付近に立っている姿が写っている。そして、その男性の顔は、健太がNPO法人のウェブサイトで見た、代表理事の顔と瓜二つだった。

「やはり、彼らが鈴木さんのところに……!」健太は、確信した。

 あの「宗教団体の勧誘員」を名乗って鈴木正義を訪ねてきた男たちの一人が、NPO法人の代表理事であり、そして、ボランティア活動を装って、事前に鈴木醸造の情報を収集していたのだ。

 健太は、その写真を拡大し、さらに詳しく確認した。すると、ボランティアの男性の手元に、何か小さな箱のようなものを持っているのが見えた。それは、健太が正義から聞いた、「宗教の勧誘員が手土産に持ってきていた和菓子の箱」によく似ている。

「これだ!この時に、あの特殊なインクが仕掛けられたのか!?」

 健太の頭の中で、全てのピースが繋がった。

 彼らは、宗教の勧誘を装って鈴木醸造を訪問し、その際に、和菓子の箱に仕掛けた特殊な液体を、正義の実印、あるいは印鑑登録証に付着させた。そして、その後に、偽造した印鑑登録カードを使って区役所で印鑑証明書を不正取得。公証役場で本人になりすまし、特殊インクで「描かれた」印影を認証させたのだ。

「甘い匂い」は、その和菓子の匂いと、特殊インクの匂いが混ざったものだったのかもしれない。

 健太は、興奮して呼吸が荒くなった。これまでの疑問点が、全て一本の線で繋がったのだ。

 しかし、同時に、胸の奥底に、言いようのない怒りがこみ上げてきた。人々の善意や、地域のつながりを利用して、詐欺を行う。その卑劣さに、健太は激しい憤りを感じた。

 ミケは、健太の興奮を鎮めるように、そっと健太の腕に頭を擦り付けた。そして、写真に写っているNPO法人の代表理事の顔を、まるで獲物を狙うかのように、じっと見つめていた。その瞳には、怒りと、そして、獲物を見定めたかのような、鋭い光が宿っている。

 健太は、この写真が、地面師たちの犯行の決定的な証拠になる可能性があると確信した。すぐにこの写真を印刷し、警察と弁護士に情報提供を行う必要がある。

 健太は、ミケを抱きしめた。

「ミケ、よく見つけたな!これだ、これが決定的な証拠になる!」

 ミケは、「ニャア」と満足そうに鳴くと、健太の腕の中で小さく体を震わせた。その震えは、健太には、喜びと、そして「まだ終わりじゃない」という決意の震えのように感じられた。

 健太は、すぐに橘弁護士に電話をかけた。

「橘先生!NPO法人『ふるさと再生プロジェクト』の決定的な証拠を見つけました!」

 健太は、NPO法人のボランティア募集の実態と、活動報告の写真に写っていた代表理事の姿、そして和菓子の件について、興奮気味に説明した。

 橘弁護士は、健太の説明をじっと聞いていたが、健太が話し終えると、電話口で深く息を吐いた。

「なるほど……それは、まさに決定的な証拠となるでしょう。ボランティアを装って情報を収集し、さらに犯行を実行していたとあれば、悪質性も極めて高い。すぐにその写真と、NPO法人の情報、全て私に送ってください。警察にも、この情報を直ちに伝えるべきです」

 橘弁護士の声には、これまでの冷静さだけでなく、強い怒りが滲んでいた。

「佐々木先生、本当に素晴らしい発見です。この情報があれば、警察も本格的に動かざるを得ないでしょう」

 橘弁護士の言葉に、健太は安堵した。これで、警察の捜査が大きく進展するはずだ。

 電話を切ると、健太はすぐに、写真の印刷と、NPO法人に関する資料をまとめる作業に取りかかった。

 その日の夕方、健太は再び警察署を訪れ、田中刑事に新たな証拠を提示した。田中刑事は、健太が持参した写真と資料を食い入るように見つめ、その眉間に深い皺を刻んだ。

「これは……やはりそうだったか」田中刑事は、唸るように言った。「NPO法人を隠れ蓑にした、巧妙な情報収集。そして、ボランティア活動中に直接接触し、犯行に及んでいたとは……。まさか、そこまで周到に計画されていたとはな」

 田中刑事は、写真に写っているNPO法人の代表理事の顔をじっと見つめた。

「この男は、我々もマークしていた人物の一人だ。これだけの証拠があれば、動かざるを得ない。すぐに、本格的な捜査を開始する」

 田中刑事の力強い言葉に、健太は胸が熱くなった。ついに、警察が本格的に動き出す。

「ありがとうございます、田中刑事!」

「いや、礼を言うのはこちらの方だ、佐々木先生。君が、猫のヒントを元に、ここまで粘り強く調べてくれたおかげだ。まさか、印影の『甘い匂い』が、和菓子の匂いと特殊インクの痕跡だとはな。鑑識も、頭を抱えていたんだ」田中刑事は、苦笑しながら言った。

 健太は、ミケに感謝の念を抱いた。ミケがいなければ、この事件の真実を暴くことはできなかっただろう。

 警察署を出ると、健太は、夕焼けに染まる下町の空を見上げた。再開発の工事現場では、重機がまだ作業を続けている。しかし、その工事の音も、今日の健太の耳には、少しだけ違って聞こえた。それは、新しい街が生まれる音だけでなく、悪を暴き、正義が勝利する音でもあるように思えた。

【免責事項および作品に関するご案内】

 この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、地名等はすべて架空のものです。実在の人物、団体、事件とは一切関係ありません。

 また、本作は物語を面白くするための演出として、現実の法律、司法書士制度、あるいはその他の専門分野における手続きや描写と異なる点が含まれる場合があります。 特に、司法書士の職域、権限、および物語内での行動には、現実の法令や倫理規定に沿わない表現が見受けられる可能性があります。

 これは、あくまでエンターテイメント作品としての表現上の都合によるものであり、現実の法制度や専門家の職務を正確に描写することを意図したものではありません。読者の皆様には、この点をご理解いただき、ご寛恕いただけますようお願い申し上げます。

 現実の法律問題や手続きについては、必ず専門家にご相談ください。

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