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9話 晴れときどき人助け

 今日も今日とて、ロザリアはキャンピングカーを走らせる。

 大声で歌いながらハンドルを握る姿は、まるでかつてのヨシノリ・オオツカのようだ。


「ん嗚呼ァ~、女のォ~花道ぃ~、それはァア~…あらっ?」


 ここ最近のバードウォッチングで鍛えられたロザリアの目が、ふとなにかを見つけた。

 少し離れたところにある木の枝にしがみ付いているのは──


「まあ大変っ、人ですわ!」


 小さな鳥すら見逃さないロザリアの目には、その人の姿がよく見えた。

 革の鎧を身につけた若い男で、精彩を欠く顔色。今にも落ちてしまいそうなほど疲労困憊のようだ。


「どうしてあんなところに…いえ、とにかく助けましょう」


 男がしがみ付いている木に車を寄せて、ロザリアは窓を開けた。


「もし、そこのお方! 聞こえますか! どうなさったのです!?」

「…ぁ、い、いけない、キミ、外に出ちゃダメだ…、グレーウルフがいる…!」

「グレーウルフですって!?」


 耳を澄ましても、物音ひとつ聞こえない。

 しかし相手は獣だ。ついこの前まで箱入りだったロザリアが気付けるわけがない。

 木の枝の上の男があんなにも怯えているのだから、間違いなくいるのだろう。


「…ねぇアナタ! 木からは下りられるのかしらッ!?」

「お、下りられるけど…でも…っ」


 男はキョロキョロと辺りを見回している。

 おそらく、まだ近くにグレーウルフが隠れているのだろう。


「な、何度も、何度も、逃げようと木から下りるたびに、遠吠えが…!

 アイツら、まだ近くにいるんだ…、俺を食おうと待ってるんだ…っ」


 男の言葉を聞いて、ロザリアは考える。


 たしか、グレーウルフは集団で狩りをする頭のいい魔物ではなかったか。

 あの男が木から下りると遠吠えが聞こえるということは、近くに見張りが潜んでいるということだろう。


 だが頭のいい魔物が、弱った男一人をわざわざ群れ全体で見張るだろうか?

 少数の見張りだけその場に残して、他は離れたところで休んでいると考える方が自然だ。


 ──少数なら、(わたくし)の魔法でどうにかできる。


 魔力の多さでゴリ押しする高火力の魔法がロザリアの自慢だ。

 その魔法を活かした護身術を幼い頃から叩き込まれてきた彼女なら、少数のグレーウルフであればやってやれないことはない…はず。


「ねぇアナタ! 助けてさしあげますから、そこから下りてくださる!?」


「そっ、そんなことしたら…またアイツらが…っ」


「大丈夫ですわ! 見張りの魔物はおそらく少数ですっ!

 そのくらいなら私の魔法でどうにかできますから!

 アナタは走って、これに乗り込むのです!」


「それは…馬車、なのか…?」


「ええ、馬車のようなものですわっ! …それも飛び切り馬力のある、ね」


 最高速度が180kmにも達するこのキャンピングカーが、グレーウルフ如き振り切れないワケがない。加えて、ガソリンさえあればいつまでも走れるのだ。


 運転席から高火力魔法をブッ放しながら、時速180kmで爆走するキャンピングカー…普通に考えて兵器である。逃げ切れる自信しかない。


「さあ、どうなさいます! ヤルの!? ヤラないの!?」


「……ッや、やる。やります!」


 男もこのチャンスを逃がせば後がないことを分かっているのだろう。

 覚悟を決めた目で、ロザリアを見つめた。


 ロザリアは助手席側のドアを少しだけ開け、運転席側の窓から腕を出して魔法を放つ準備をしてから、男に声を掛けた。エンジンは掛けっぱなしで、足はアクセルペダルの上。いつでも出発できる。


「準備ができましたわ! アナタは木から下りたら走りなさい!

 私の反対側のドアを開けておきましたので、すぐに乗り込むのですわ!」


「あ、ああ! わかった!」


 大きく頷いた男は、ソロソロと注意深く木を降りると、若干フラつきながらこちらに走り出した──その瞬間。


 アオー───…ンン……


「ッ!? 来ましたわね…!」


 遠吠えが響き渡ったかと思えば、3秒後には1匹のグレーウルフが姿を現した。

 遠吠えに対する返事らしき声も聞こえるが、明らかに遠いと分かる。

 ロザリアの推測は当たっていた。見張りの1匹を残して、他は離れている。


「ならば勝算は十分ですわ。ファイヤーボールッ!」


 獣は火に弱い。

 魔物とて獣の姿をしているならば火に弱いだろうと当たりを付けたロザリアが、豊富な魔力にモノを言わせた火炎放射器のようなファイヤーボールを放てば、グレーウルフがひるんで足止めに成功する。その間に、どうにか男がキャンピングカーに辿り着いた。


「はぁッ、はぁッ!! …の、乗りまし、たっ!」

「扉を思いっきり引っぱって閉めなさい!」

「はっ、ハイ!!」


 バタン。男が助手席に乗り込んで扉を閉めたとたん、唸り声をあげながら近づいてくるグレーウルフの群れが見えてきた。


「ふっ、随分と遅いご登場ですこと」


 ギアを(パーキング)から(ドライブ)へ変えて、アクセルを踏み込む!

 ブォンと雄々しくエンジンが唸り、タイヤがギャリギャリと大地を削る。


「さぁ、行きますわよーっ!」

「ぁわ、わ、わ、わ、わぁー──ッ!?!?」


 鞭を打った馬より速く走るキャンピングカーには、さすがの魔物も追いつけないようだ。見る見る間にグレーウルフの群れを引き離し、今や姿さえ見えない。


 しかし油断は禁物。実家の図書室で読んだことがある。

 ウルフと名の付く魔物は嗅覚と持久力に優れ、種類によっては覚えたニオイを追いかけ24時間走り続けるというのだから、距離は稼いでおいた方がよさそうだ。


「念のため、このまま数時間ほど走りますわ」

「ひゃい…お、お願いしますぅ…」


 助手席の上で身を縮める男が、か細い声で返事をした。


 チラリと横目で見れば随分と細身の男で、よくロザリアが駆けつけるまで木の枝にしがみ付いていられたな、と思うほど頼りない。

 しかもよく注視すると、身に付けている装備の質が高いことが分かる。


 パッと見は飾り気のない革鎧だが縫い目が細かく均一だし、ボタンは光りによって黄金色にも見えるので恐らく金が混じっているし、ベルトのバックルは細やかな彫刻の入った繊細な銀細工。

 極めつけはベルトに取り付けたポーチで、とあるブランドの刻印がチラリと見えるそれは大量の荷物を収納できる魔法鞄(マジックバッグ)というアイテムと見て間違いない。


 このアイテムひとつでドレスを5着仕立てられるほど高価なシロモノを、こうも無造作に持ち歩くこの男──貴族のお坊ちゃん以外に考えられない。

 しかし貴族のお坊ちゃんなら、護衛もなしにあんなところにいた説明が付かない。


 ──私ったら、もしかして面倒事を拾ってしまったのかしら?


 一瞬、厄介なことに巻き込まれる前に捨てちゃおうかな~なんて考えたロザリアだが、困っている人を見捨てることはヨシノリ・オオツカの信条に反する。

 ロザリア自身も彼(の記憶とキャンピングカー)に救われた身である以上、そこは尊重すべきであると思いなおし、とりあえずこの男を捨てることは保留にした。


 ええ、保留ですわ。

 今はまだ、無害であるか否かの判断も出来ませんもの。


 ロザリアとて貴族の令嬢だった女。

 それも、シュネー公爵家の娘として幼い頃から英才教育を受けてきたうえで、王族の一員になろうかというところまで行ったのだから、ただ甘く優しいだけの女ではないのだ。


 無害ならば良し。旅は道連れ世は情けと申しますものね。

 旅のついでにお望みの場所までドライブして差し上げてもよくってよ。


 ただし、害になると分かったならばそのときは──…うふふ。


 三日月の如く釣りあがった赤い唇を、車のサイドミラーだけが見ていた。

善意だけじゃない、ちゃんと警戒心や打算や下心がある女の子が好きです。

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