10話 アナタどちら様?
「麗しいお方、助けていただきまことに…!
まことに…ッ! ありがとうございます!」
「あら、よくってよ。それよりもお怪我は? お腹は空いておりませんこと?」
「ぁあいえ、その、えっと (ぐぅるるるるる)……空いて、ます」
曰く、男はあの木の上で丸1日以上過ごしていたという。
朝日を見て、夕日を見て、再び朝日を見たというのだから、確実に24時間以上は木の上で頑張っていたのは確かなようだ。そりゃあ腹も減ろうというもの。
なにか食べさせてあげようと、トリスと名乗った男をキャンピングカーの室内へ案内し、見慣れぬ内装や設備を見て挙動不審になる彼をどうにかこうにかソファに座らせてから、ロザリアはキッチンの前に立った。
なにがいいかしら? 丸1日なにも食べていないなら、お腹に優しい物がベストですわ。
オオツカ様ならきっとお粥にするでしょうけど、私達はお米に馴染みがありませんもの。パンがあるから、ミルクと卵で煮詰めてパン粥にでも……あっ!
ピコン! ロザリアの頭上で電球が光った(気がした)
いそいそとインスタントのストックがある収納から取り出したのは、小さな個包装の袋。
中身は白い粉。別にやばいブツではない。粉の名は──葛湯である。
すでに味付け用の砂糖が混ぜ込まれた市販の商品で、沸騰したお湯を注いで混ぜるだけで完成するお手軽な品は、ヨシノリ・オオツカ冬の必需品だった。
まずはこれを飲んで落ち着いてもらい、まだお腹に入るようなら改めてパン粥を作ろう、とロザリアは考え、さっそくマグカップに作った葛湯を差し出した。
「滋養のある植物の粉から作られた甘いスープですわ。
まずはこちらをお飲みになって、落ち着いてくださいまし」
「あ、ありがとうございます。…うわあ、あったかい」
もしこの男が本当に貴族なら、暖かい物を口に出来るだけで御馳走だ。
貴族の食事はテーブルに並ぶまでに、何人もの味見や毒見を挟むので基本的に冷めている。
暖かいまま口にできるものは、せいぜい目の前で淹れられる紅茶くらいだ。
だからこそ、暖かいままのインスタント麺を食べたときの衝撃を、ロザリアは忘れない。暖かい物を暖かいまま食べることの素晴らしさよ!
「っ! ほんのり甘くて、暖かくて、美味しい…!」
ふふふ、そうだろうそうだろう。
何故か得意げなロザリアが偉そうに胸を張った。
トロトロの葛湯をスプーンで何度も口に運ぶトリスの青ざめた頬に赤みが戻ってきた頃。中身がなくなったマグカップを手放さないまま、彼はこっくりこっくりと舟を漕いでいた。
「…トリス様、お食事がお済みでしたら、そろそろベッドをご用意したいのですけれど?」
「ッ、ああ、これは…失礼を……せっかく食事を、いただいた、のに…」
「お気になさらず。お疲れなのでしょう?
まずは眠って、それからお話をお聞かせくださいまし」
「ぅ、ああ…、お願い、しま、…………」
「ハイハイちょっと立っててくださいな」
「ふぁぃ……」
立たせてもフラフラと危なっかしいトリスを尻目に、ロザリアは手際よくテーブルを取り外した。
自分のベッドに寝かせれば早いんだろうけど、ロザリアとて乙女だ。
いくら弱った相手でも、男を自分のベッドに上げるなど言語道断。断固拒否。
そんなわけで、ソファーの仕掛けを展開して即席ベッドの完成。
大人2人が余裕で寝転ぶことができる広々としたダブルサイズベッドだ。
「さあ、こちらをお使いになって」
「……ふぁ、はい…」
閉じた目を開けようとして白目になっているトリスを即席ベッドに寝かせ、釣りをするとき膝に掛けている愛用のブランケットを被せてやれば、おやすみ3秒で寝息が聞こえてきた。
「…ふう。なんだか私も疲れましたわ」
緊迫した場面に飛び込んで、魔物相手に魔法をブッ放して…。
つい最近までお嬢様だったロザリアにとって、大変スリリングな1日だった。
まだ気が昂ぶっているのか、なんだかんだでもう夕飯の時間だというのにお腹も減らないし、かと言って眠いわけでもない。
「…私も今日は葛湯で済ませましょ」
それを飲んだらシャワーを浴びて、後は眠くなるまでタブレットで暇を潰そう。
車載のカーナビと同様にこの世界仕様となったタブレットは、食べれる野草から国家間の情勢、果てはおばあちゃんの知恵袋まで、多種多様な情報を得られる必需品にして、いい暇潰しにもなる優れもの。
「それにしても…本当に、どこのどなたなのかしら? ねぇ、トリスさん」
タブレットで調べたら名前くらい出てこないかしら、なんて考えながらロザリアは優雅に葛湯を啜った。
書いといて今更だけど…。
頭の上で電球ピコン!閃いた!って表現、今も通じるんだろうか…。




