22話 キャンピングカー立派すぎ問題
「どっ、どうしましょう…」
船を前に、ロザリアは途方に暮れていた。
「断られてしまいましたわ…」
なにが。
キャンピングカーの積み込みを、だ。
最寄の国境が、ヴルツァーリ王国とエンリオ小国郡を隔てる大河であったため、ロザリアは船に乗ることを想定していた。
調べた限りだと、この大河を渡るための大きな船があって、運賃を支払い乗船して運んでもらうシステムになっているらしく、さらに金額を上乗せすれば大きな荷物も一緒に預かってくれるという情報までロザリアは突き詰めていた。
ロザリアは船というものを見たことはなかったが、噂によれば馬を乗せて運ぶことも珍しくないというのだから、当然自分のキャンピングカーも運んでもらえることを期待した。
そのためのお金も、道中のギルドで受けた依頼で稼いでいるため、準備は万端。
あとは船に乗るだけ。さぁ、いざゆかんエンリオ小国郡へ!
…実はここで1つ、誤算があった。
船を見たことのないロザリアだが、ヨシノリ・オオツカの記憶の中で何度かフェリーに乗船しているため、「馬も運べる大きな船」と聞いた彼女は何の疑いもなくフェリーを想像してしまったのだ。
夢の中の彼も己のキャンピングカーを連れて何度も利用していたフェリー。
斜路を使って車ごと乗り込み、目的地に着くまで船の中で自由に過ごすという船旅を彼と一緒に体験したロザリアは、大河を渡る船をフェリーの一種であるとすっかり思い込んでいた。
それが、実際に見た船はどうだ。
確かに大きいのだろう。だがそれはあくまでこの世界の基準で、だ。
フェリーを知るロザリアにとって、それは酷く貧相で頼りなく見えた。
何度も大河を渡ったのだろう古びた船体は全て木造。
あちこちに補修の跡も見られて、それがまた彼女の不安を煽る。
船の大きさも、平民の家を2つ3つ横並びにした程度。
同じく木造の斜路の上を1頭ずつ馬が登って船に乗り込む様子を見て、ロザリアの心中に不安の嵐が吹き荒れた。
あんな小さな船でこのキャンピングカーを運べるだろうか。
いや、そもそもあんな貧相な斜路をキャンピングカーが渡れるのか。
しかし、せっかくここまで来たのだから、とロザリアは意を決して船乗りに話しかけた。
何度も大河を渡った実績がある船である。素人の自分が思う以上に頑丈なのかもしれないと信じて。
まぁ、結果はご覧のとおりなのだが。
「ンな訳分かんねぇデカいモンなんざ乗せられっかよ。他を当たりな」と言われてしまい、意気消沈のロザリアはどうしたものかと考えあぐねていた。
「まさかここにきて、キャンピングカーが立派であることが仇となるなんて…」
今までともに旅をしてきた相棒であるキャンピングカーを、ここで捨てるなんて選択肢はありえない以上、ロザリアはこの大河を渡ることができない。
「…ナビちゃん、別の国境はあるかしら?」
『目的地を選択してください。ハングレーズ王国国境』
「う~ん…とりあえず、そこはキャンピングカーで越えられるかしら?」
表示されたルート案内は、どう見ても途中で途切れている。
それもそのはず、ヴルツァーリ王国とハングレース王国の国境は険しい山脈なのだから。
まるで槍の穂先を連ねたような鋭い山の峰の、こちら側がヴルツァーリであちら側がハングレースという分け方をしている──というより、誰も越えられないのでそうする他なかったと言える。
しかも山の裾野には、魔物が跋扈する深い樹海が広がっているのだから、誰一人この山を越えて隣国へ行こうとする者などおらず、そうなると当然だが登山道なんてものも存在しない。
人すら登れない山を、キャンピングカーで登れるはずもなく。
「大河の方がまだ可能性を感じますけれど……」
キャンピングカーを運ぶ方法さえあれば。
もっと大きく頑丈な船があれば。
それか、例えば──
「キャンピングカーを持ち運べる魔法があれば…」
なーんて。そんな都合のいい魔法が存在するはずもない。
ヨシノリ・オオツカの世界で科学が発展したように、こちらの世界では魔法が発展している。
ゆえにロザリアも知っているのだ。科学が万能じゃないことと同じように、魔法とて決して万能ではないことを。
「はぁ…。もっと現実的なことを考えましょう、…あら?」
なんだか、周囲が明るい。
令嬢だったときのクセが未だ抜けないロザリアは、外にいるといつも日陰に入ってしまう。
今もまさに、キャンピングカーの陰に避難していたはず…。
「え、そんな、まさか…、なんで……」
キャンピングカーが、ない。
「ウソ…っ! そんなはずありませんわっ!
ねぇ、どこへ行ってしまわれたの…!?」
あの日からいつでもどこでも一緒の相棒。
神とヨシノリ・オオツカからの贈り物。
ロザリアの自由の象徴。
それが忽然と消えてしまった。
「いやよ、いや、お願い…。
まだ私、自由でいたいの…! ああっ、神様…!」
深い絶望と大きな不安に押し物され、その場に崩れ落ちてポロポロと涙を零しながら神に祈ったロザリアは、組んだ手の中にある何か硬い物の存在に気がついた。
「ぐすっ、…えっ、なにかしら…? 小石? ではありませんわね?」
白くて、四角くて、見慣れた文字とメーカーのマークが塗装された──
「きゃっ、キャンピングカーですわッ!?」
それは、小さな小さなキャンピングカーだった。
片手で握り込めるほど小さな車体に、豆粒より小さなタイヤや窓までしっかりとある、実に精巧なキャンピングカーのミニチュア模型に見えるこれは……。
「模型、なんかではありませんわ…。私には分かります…!」
ロザリアの手のひらの中で、すっかり可愛らしくなってしまったコレこそが、まさに彼女の相棒であるキャンピングカーそのものであった。
「小さくなってくださったの…? 私のために…? 私が願ったから…?」
小さな相棒を、コロコロと手のひらで転がし、ツンツンとつつく。
ロザリアの涙はすっかり止まっていた。
「ああッ、神様、オオツカ様…!
ありがとうございますっ、ありがとうございますっ」
聖なる物を握り締めて祈る修道女のように、ロザリアはキャンピングカーを手の内に、晴れ渡る空へと祈りを捧げた。
このお話は基本的に、ピンチになっても割とどうにでもなる系なので、お気軽に読んでください!




