11話 旅は道連れ世は情け
「──貴方、ブルーノ伯爵家のご子息ですのね」
「はぇッ!? なっなななななんでそのことを…!?」
「ググったら出てきましたわ」
「えっ?」
「いえなんでもオホホホホ」
昨夜、トリスが寝入った後の暇潰しにタブレットの検索エンジンで「貴族 トリス」で調べたら普通に出てきたのだ。
リンク先は貴族年鑑という貴族に関する名簿や辞典のようなもので、実際の書籍としても存在しており、内容は1年毎に更新されるという貴族の必需品なのだが、そこに彼と思しき名前が記載されていたのをロザリアは発見した。
トリスタン・フリュー・ブルーノ。
二十歳になったばかりの彼は、ブルーノ伯爵家の次男坊。
これといった特筆事項もない平凡な男。
そんな彼が、なぜ革の鎧などを身に着けてあんなところにいたのか?
──どうか厄介事ではありませんように!
神様とホトケサマに祈りながら、ロザリアはトリスもといトリスタンの話を聞いてみた。
「…ご存知なら話は早いですね。そう、俺はブルーノ伯爵家の次男。
先日、俺の兄が父から爵位を継いで正式にブルーノ伯爵家の当主となりました」
なるほどそういうことね、とロザリアはこの時点ですべてを察した。
長男が当主になった途端に、長男のスペアであった次男が不要になる。
貴族あるあるネタの鉄板と言っても過言じゃないほどよくある話なので、秒でピンと来たのだ。
裕福な家や領地が広い家ならば、当主となった長男の補佐として次男を残しておいたり、領地の一部を与えて分家とすることもできるだろう。もしくは、力の強い家や顔の広い家であれば、せめて次男の婿入り先を探してやれる。
しかし実際はそうでない家が圧倒的多数であり、多くの場合で次男以下の子供が持て余されてしまうのが実情だ。
じゃあ長男が生まれたらもう子作りしなきゃいいじゃん! …というわけにも行かない。
長男が子を残し家を継ぐ前に死ぬ可能性がゼロでない以上、なんとしても血を残したい貴族としては、いざというときのための次男は必須。
ヨシノリ・オオツカが暮らしていた国では考えられないことだが、この国では普通に暗殺や毒殺が存在するため、油断できないから仕方ないことではあるけど。
そうして持て余されてしまった次男が歩む道はただひとつ。
家を出て自立する他ない。
「頭が良ければ王宮に仕えることもできただろうけど…」
「登用試験は受けてみましたの?」
「惨敗でした」
「まぁ」
そこでトリスタンは、騎士団に入れないものかと考えたらしいが…。
「各領地にある騎士養成学校をDランク以上の成績で卒業、もしくは冒険者としてEランク以上の魔物を最低でも5体討伐した実績が必要だと言われて…」
貴族年鑑によればトリスタンは二十歳。
学校に入学できる年齢を過ぎてしまった以上、もはや冒険者として実績を積むしか方法がない。
「3体まではどうにか討伐できました。2ヶ月も掛かっちゃったけど」
護身術程度の経験しかない貴族のボンボンにしては、2ヶ月でEランク以上の魔物3体はかなり早いペースだが、トリスタンはどうやらそうも思っていられないようだ。
「あと1ヵ月で家を出なくちゃいけないんです…」
「1ヵ月ですって?」
ロザリアは思った。
それは無理ゲーというやつでは? …と。
そもそもの話。
この平和な王国内に出没する魔物といえば、ほとんどがFランクばかり。
実はこのトリスを追い詰めていたグレーウルフ、あれが国内に出没する数少ないEランクの魔物の一種なのだが、それは単体で相手をする場合のランクであって、基本的に5匹以上の集団で行動するため、実際にはDランク相当であると言われている。
他の単体で行動するEランク以上の魔物といえば、西の国境付近に広がる大樹海か、北に連なる山脈まで足を運ばなければ出会えない。
だから本来なら、この王国内でEランクの魔物と3体も遭遇できたことが驚きなのだ。しかし、そんな偶然が今後1ヵ月以内に2回も起きるなど、当然考えられない。
「あの、差し出がましいようですが、大樹海に行かれたほうが…」
「あはは。もちろんそれも考えましたけど旅費が、ね…」
今までスペアとして頑張ってくれた次男に仕事や婿入り先を斡旋してやれない時点で、ブルーノ伯爵家の内情はお察し…である。
だからこそトリスタンは、自力で移動できる範囲内でどうにかしようと奮闘していたのだ。
…ぶっちゃけ、ロザリアにとっては「アラそうなの、大変だろうけど頑張ってね!」で終わる話だ。全く関わりのない家の次男の苦労話など、文字通り他人事でしかないのだから。
でもな~…、とロザリアは悩む。
確かにトリスタンは今まで一度も関わったことのない家の人間だが、今はどうだろう?
偶然といえど、ロザリアは追い詰められたトリスタンを発見し、救助までしてしまっている。
これだけしてやったんだから、もう十分だろうとも考えられるけど、それでも心のどこかで見捨てることをためらってしまう。
うんうんと唸りながら悩むロザリアを見て、潮時だと思ったのだろう。
トリスタンがお礼の言葉と別れの挨拶を告げて、金がなく身分も失う立場ゆえに碌な恩返しすらできない無礼を詫びながら、ドアを開けて出て行ってしまった。
窓の外で小さくなってゆくトリスタンの背中を見つめながら、それでも悩むロザリア。
──このまま彼を見送ってしまっていいの?
──本当に? 後悔しない?
ロザリアはハッとした。
こんなことを考えている時点で、心は決まっているのではないか?
脳裏にヨシノリ・オオツカの人生がよぎる。
海沿いの道路でヒッチハイカーを見つけたとき。
せっかくのキャンプ場で調理器具を忘れた人がいたとき。
峠道でタイヤがパンクして立ち往生している人を見たとき。
彼はいつも手を差し伸べていた。
──旅は道連れ、世は情け。
彼の人生に幾度となく登場したその言葉が、ロザリアの胸を打つ。
「そうですわ、オオツカ様もそうおっしゃっておりましたもの」
公爵家を出たロザリアには、もはや家同士のしがらみなど関係ない。
面倒事はイヤだけど、いざとなったらこのキャンピングカーでトンズラしたらいい。
「なにより…ここで見捨てては女が廃りますわ!」
──ここで見捨てたら男が廃るってね。
ヨシノリ・オオツカの言葉が脳裏をよぎるとき、ロザリアの心はすでに決まっていた。
いそいそと運転席へ座り、アクセルを踏む。目指すは、あの遠く小さな背中。
ブォオオンン!!
「うわぁッ!? なっ、えっ、あれ、ろっ、ロザリアさん!?」
キキーッと耳を劈く音を立てて、キャンピングカーの巨体がトリスタンの行く手を阻む。窓から顔を出したロザリアはひと言、「お乗りなさい」とだけ吐き捨てた。
気分はさながら、テキサスの乾いた大地でヒッチハイカーを拾うハードボイルドなトラック運転手だ。これでタバコの煙でもふかせば完璧。
「えっえっ」
「……」
「あー、その、乗せてくれる、ってこと、ですか…?」
「……」
「でも、そこまで世話になるわけには『ブッブーッ!!』ひィッ乗りますスイマセン!!」
ハードボイルドな気分なので簡単に口を開かないつもりのロザリアは、トリスタンがあまりにモタモタしているのでイラついてクラクションを鳴らした。
はよ乗れや。
ロザリアからの圧に負けたトリスタンが助手席に乗り込めば、キャンピングカーが再び走り出す。
「目的地は、ラッドヒェン大樹海ですわ」
「いっ、いいんですか!?」
「女に二言はありませんことよ」
どこまでもハードボイルドな気分のロザリア。
ちょっぴりセピアで劇画調な彼女の言葉に、トリスタンが目を輝かせる。
こうしてロザリアは、期間限定の旅のお供を手に入れた。
◆◇◆◇◆◇
「ところでこの馬車…、馬車…? これって何なんですか?」
「キャンピングカーですわ!」
いつの間にか総合評価が50ポイントを超えてた…!?
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