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昼食


「隆さん! お昼ご飯はどうしますか?」



お昼休みの始まりを知らせるチャイムが聞こえるとほぼ同時に、隆の程よく締まった二の腕に鈴が飛びついた。自身が持つ豊かな乳房を押しつけながら上目遣いでお昼の予定を問うた。



(あぁ……久しぶりの感触。前世と変わらない柔らかさ……幸せ……)



飛びつかれた隆は思わず天井を仰ぎ見た。自身の片腕から伝わる優しい弾力に、普段はきっちりと締めることを意識している口元が意図せず緩んでしまう。自分の緩んだ口元に気づくと、慌てて口元を引き締めた。



(おっと! 幸せすぎて思わず口元が緩んでしまった……危ない、危ない)



咳払いをして心を落ち着けると、何事も無かったかのように口を開いた。



「コホン……外は暑いし教室で食べようかなと思うんだけど」



「そうですね。 外はかなり暑いですから……そういえば、お弁当は持ってきてます? それとも購買で購入する予定ですか?」



「弁当は無いけど、登校途中にパンを買ったから大丈夫だよ」



「パンですか……足ります? 隆さんって結構食べる方でしたよね?」



鈴の眉尻が力なく下がり、整った顔に心配げな表情が浮かぶ。たしかに、前世において隆は『戦う公務員』という職業とあいまって、成人男性の平均以上によく食べる男であった。



「正直、少し物足りないかな……本当は弁当を用意しようと思ったんだけど、引越し直後でどこに何があるか分からない状況だから作るに作れなくて…」



「そういうことですか……なら、私のお弁当を半分食べませんか?」



「えっ? いやいや、大丈夫だよ! 今日、1日ぐらい問題な……」



鈴は隆の胸に人差し指を突きつけて言葉を遮った。普段ならば優しげに隆を見つめている目をとがらせて、ワガママを言う幼子に言い聞かせるように語りかけた。



「ダ・メ・です! 隆さんは今、成長期で大事な時期なんですからしっかり食べないと!」



「いやいや、そんな大げさな……」



「大げさじゃないです!隆さんの身体のことなんですから、大事なことです。妻として見過ごす訳にはいきませ……ん?」



自身の胸元に両手で握り拳を作り、鼻息荒く力説した鈴であったが…ふと周囲の静けさに違和感を感じとり周りに視線を向けた。視線を向けた先には顔を赤らめている者、苦虫を噛み潰したような苦い顔をする者、呆れてものも言えないような顔をする者等々、様々であるが皆一様に共通するのは、その視線が鈴に向けられていることであった。



「っ~~~!?」



今の自分が置かれた状況を一瞬で理解した鈴は、顔を耳まで真っ赤に染めて俯いてしまった。鈴は前世の頃から……正確には、前世において40歳の時に隆と再会してからというもの、「蔵守 隆」に関する話題になると周りが見えなくなり形振り構わなくなる傾向があった。悪夢のような毎日を生きていた彼女にとって、「蔵守 隆」との思い出が唯一の心の支えであり、彼女の全てであったため、やむを得ないことであった。そんな鈴に、すぐそばで呆れ顔をしていた親友である沙羅が心底呆れた様子で声をかけた。



「鈴ちゃんは、もうすっかりお嫁さん気取りなんだね……」



「ちっ! ちがっ…………わな……い……けど……」



鈴の声は恥ずかしさも相まってしりすぼみで、最後まで聞き取ることができた者は誰もいなかった。そんな鈴が隆には愛らしく見えていたが、クールで近寄りがたく何でもそつなくこなす美少女のイメージが定着していたクラスメイト達には(朝の一件があったとはいえ)衝撃的な光景であった。



「おい、聞いたか? 自分のことを『妻』って言ったぞ……」



「なぁ……俺たちが知ってる堀内さんはドコに行ったんだ?」



「見た目がそっくりな別人って言われても信じるぞオレは……」



「堀内さんって意外とポンコツ?」



「いいなぁ……私も恋人ほしいなぁ……」



「チッ! イチャつくなら外でやれよ!」



様々な声が周囲から上がり、鈴はますます居たたまれない気持ちに苛まれた。そんな婚約者を不憫に思った隆は、話を変えようと声をかけた。



「このまま突っ立ってるのも何だし……座ってご飯にしようか。沙r「隆さん?」……じゃなかった、小林さんはどうする? 一緒に食べる?」



「ん~、楽しそうだけど遠慮しとくよ……邪魔しちゃ悪いし? それに、他の子に誘われてるからそっちで食べることにするよ。じゃあねぇ~」



つい前世の感覚で小林のことを『沙羅』と名前で呼びそうになった隆であったが、鈴の有無を言わせぬような声色を聞き、咄嗟に苗字呼びに切り替えた。幸いにもそのことに沙羅が気づいた様子はなく、お弁当を片手に持つと鈴と隆にヒラヒラと軽く手を振り、すでに食事を始めていた女子グループの輪の中へ入っていった。沙羅は入り込んだ女子グループと親しいのであろう、沙羅の参加を歓迎する楽しげな声がすぐに聞こえてきた。



「せっかくだし、沙羅の気遣いに感謝して……久し振りに二人で食事にしようか?」



「はい、隆さん♪」



クラスメイトが周囲に多数存在する教室内のため、完全に二人きりの食事ではなかったが、隆の言った『二人で食事』というフレーズが心底嬉しかった鈴は、花が咲くような笑顔を浮かべ、弾んだ声で答えた。最愛の女性が不意に浮かべた笑顔を見た隆は、突然金縛りにでもあったかのように身体が硬直し、鈴から視線を外すことが出来なくなった。自身の身体が硬直したことに気がつき戸惑いを感じた直後、胸の奥底から暖かい何かが突然溢れだして、全身を満たされるような感覚を覚える。溢れだした何かは熱いと感じる程の熱を持っていたが、不快さを覚えることは無く、むしろ心地良さを感じさせるものであり、隆はこの感覚に心当たりがあった。



(この感覚には覚えが……そうだ、あの時だ! 俺が鈴に一目惚れした時に感じた感覚だ……あの時も、こんな笑顔だったな)



一人納得した隆の脳裏に、前世において鈴に一目惚れした時の情景がよぎり、思わず頬が緩んだ。



(なるほど、また鈴に惚れたのか……いや、惚れ直したが正しいかな。 本当に鈴のこと好きなんだな……俺は)



鈴に対する自分のあまりの惚れっぷりに、隆は思わず苦笑してしまう。そんな隆の表情に気づいた鈴が、不思議そうな顔をしながらこてんと首を傾げた。



「……? どうかしましたか?」



「いや、ちょっとね……オレは本当に鈴のことが大好きなんだなって再確認してたんだ」



「っ!? もうっ! すぐ、そう言うこと言うんですから……ズルいですよ」



隆から顔を背けて唇を尖らせる鈴であるが、頬をほんのり赤くして口元は緩んでおり、喜んでいることは明白であった。



(恥ずかしそうにする姿もまた可愛いなぁ……)



隆はそんな鈴の姿も好ましく思いながら、鈴と向かい合うように席についた。鈴も頬をまだ赤らめながらも自分の席につき、鞄からお弁当包みを取り出した。取り出した包みを丁寧に解き、お弁当の蓋を開けると色彩豊かな品々が二人の目に飛び込んできた。女性が食べる事を前提にしている為か、野菜中心のメニューではあったが、男性の隆から見ても食欲をそそられる出来であった。



「おぉ! 凄く美味しそうだね。これ全部、鈴の手作り?」



「はい♪ 実は、花嫁修業も兼ねて家族分のお弁当や、自宅での食事全般、私が担当しているんです。 前世よりも腕が上がっているといいのですが……」



「へ~、それはスゴい! 元々、鈴は料理上手だったし……楽しみだよ」



「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいです♪ さっそく取り分けますね」



隆に褒められ、鼻歌でも歌い出しそうな程に上機嫌な鈴は、お弁当の蓋をひっくり返すと、そこにテンポよく白御飯とオカズを取り分け始めた。手早く取り分けを終えると、そっとお弁当箱と予備として持っていた割り箸を隆に差し出した。



「隆さん、どうぞ」



「ありがとう……でも、お弁当箱の方は鈴が食べてよ。俺は蓋に取り分けたやつでじゅうぶ「絶対、ダメです」……ハイ」



蓋に取り分けた分を食べようとする鈴の姿を見て、隆は何だか申し訳ない気持ちになり交換を申し出るがピシャリとはねつけられてしまった。



(そこまで俺のことに気を遣わなくてもいいのに……相変わらずだな。……まぁ、そこがまた可愛いのだけど)



(愛する夫に、箱の蓋に乗せた御飯を食べさせるなんて出来ませんよ……でも、そうやって私の事を気遣ってくれるところも大好き!)



偶然にも、お互いにお互いを想い合っており周囲に何とも言えない甘ったるい空気が広がる。そんな空気の広がりを敏感に感じとったクラスメイト達は、口から今にも砂糖を吐き出しそうな表情をするが、原因である二人が気付くことなく食事を始めた。



「いただきます」



「いただきます」



隆は早速、鈴から貰ったお弁当に箸を伸ばした。卵焼きをつまみ、口の中に放り込む。すると、口の中にふわふわとした優しい食感と隆好みのほんのりとした甘さ、そして何より前世で経験した、鈴との短くも幸せだった結婚生活を思い出させる懐かしい味に思わず視界がにじんだ。



(いけない。スゴく美味しいんだけど、油断すると前世を思い出して泣きそうになる……別の意味で恐ろしい味だ)



「うん、美味しい。すごく美味しいよ」



「良かった♪ どんどん食べてくださいね」



パァと花が咲くような笑顔を浮かべる鈴を見て、気をよくした隆は、美味しいお弁当と相まってどんどん箸が進んだ。半分程お弁当を食べ終えると、軽快に進んでいた隆の箸が突然止まった。



「あっ! そう言えば沙羅のことなんだけどさ」



「沙羅ちゃんとのことに関しては……もういいですよ。大丈夫です」



「えっ? 大丈夫って……聞かなくていいの?」



「はい。 ……その、朝はごめんなさい。思わず嫉妬してしまって嫌な言い方をしてしまいました。本当にごめんなさい……」



鈴は眉尻を下げ、表情を曇らせるとスッと頭を下げた。頭を下げたことで、耳に掛けられていた艶やかな黒髪がはらりと解ける。



「いやいや、いいんだ! 俺も無神経過ぎたし……こちらこそごめん」



「いえ、そんな……」



「これでおあいこだよ……ねっ? 」



「ふふっ、そうですね。ありがとうございます」



不安そうな表情から一転、笑顔を浮かべる鈴。



(やっぱり鈴には笑顔が一番だ。ずっと笑顔で側にいてもらえるよう頑張らなきゃな)



安心し笑顔を浮かべる鈴を見て、隆は改めて鈴を幸せにすることを誓うのだった。




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