後編
「そして、リトア殿下に嫌われている件ですが」
皆の視線が、またフェルミナに向いた。確かに王と王妃の話だけだった。最初に第二王子もメシュファが嫌らしいという説明があったと思いだしたのだ。
メシュファもそこは気になるのか、涙目になりつつ、話を聞く態勢になった。
「メシュファ様もリトア殿下に惹かれたのは、側で見ていた皆様もご存じだと思いますが・・・・、アプローチが下手すぎました。」
ハロルドさえも、あぁ、とクラスメイトと共に納得した。
わからないのは、メシュファだけである。メシュファにも友人はいるのだが、彼女達の顔はすでに悲壮感から絶望感にアップしていた。彼女達も、彼女達なりに必死にメシュファを矯正しようと、頑張っていたのである。実を結ばなかったが。
「違う方向に突っ走っているご本人に、きちんと言ってあげるのも、優しさです!」
メシュファは友人達の様子に気づいた。でも、自分の何が駄目だったのか、わからない。困惑する彼女に、フェルミナが告げた。
「決定的にリトア殿下のお心が離れる原因になった問題が、二つあります。」
クラスメイト達は各々、想像して、アレかな?コレだったんじゃ?と思い出している。
「まず、リトア殿下が丹精込めて育てていた、白薔薇を全部摘み取り、殿下にプレゼントしたこと。」
「あ、あれは、リトア様が白薔薇がお好きだと聞いたから!」
「いいえ、リトア殿下がお好きなのではなく、王妃様がお好きな花です。」
「え?!」
「王妃様の誕生日に贈ることにしていた白薔薇を、誰の許可も取らずに摘み取り、誕生日二週間前にすべて駄目にしたのです。二週間後まで、繊細な白薔薇が水だけで生きれるはずもなく、メシュファ様は茎の中央で薔薇を切られていたので、リトア殿下の薔薇の花壇はとても無残なことになっておりました。一応、ドライフラワーやポプリにして、王妃様にはお渡しして、喜んで頂いたのですが。」
白薔薇をプレゼントした時に、リトア様が涙目で睨みつけて、無言で去っていったのは、こういう理由だったのかと、メシュファは思い出した。
白薔薇をプレゼントしたいと友人に話した時に、誰も賛成してくれず、拗ねて話を聞こうとせず、次の日に白薔薇を庭師達に切らせたのだ。それが、大事なものだと知らずに・・・。
庭師達も何度も何度も、いいのですか?ほんとにいいのですか?と聞いていたのに。
メシュファは、唇を噛みしめた。
「もう一つも気づいてはいないようなので、はっきり言っておきます。」
ふと、第二王子の視線がフェルミナに注がれた。咎めるものではなく、ずっと話している彼女を心配している感じだった。つっと、その視線が待機していた執事に向かう。執事は心得ましたというように頷き、フェルミナに少し冷めた紅茶を勧めた。
無理するなよ。
そう第二王子の口が動いた。そして、また本に意識を向けた。
男が女の戦いに口を挟むと、余計こじれると前に叱られたので、フェルミナに任せて、大人しくしているのだ。助けを求められたら、喜んで加勢したいのだけど。
ちなみに、第二王子はこの手の愚痴を、彼女から散々聞かされているので、婚約が嫌だと力説するようなフェルミナを何とも思わない。口では文句を言いつつも、王妃からの妃教育も進んで頑張っているし、研究馬鹿な自分を気遣ってよく世話を焼いてくれるし、公式の場では一歩下がって、第二王子として立ててくれる、良くできた令嬢なのである。時々、口は悪いが。脳筋ってあれ、母上の口癖だったのに・・・。
コクリとフェルミナが紅茶を飲んだ。ほっとしたようだ。
「もう一個ですわね。メシュファ様、覚えてらっしゃいますか、リトア殿下の愛読書を捨てたことを。」
「えぇ、古くて汚れていたので、新しい同じ本をプレゼント致しましたわ。」
クラスメイトが、あちゃーって顔で天井を見上げた。止められなかった彼女の友人達は、椅子にめり込みそうである。
「・・・・・。」
フェルミナもため息をついた。
「あれは、前王リトバーン様がまだお元気だった頃、リトア殿下にくださった思い出の品です。」
「・・・?」
だからと言うように、メシュファは首を傾げた。わからないのだ。
彼女は古いものを使わない。常に新しくて綺麗なもの、新しくて素敵なものを求めたから。何も言わなくても、どんどん新しいものを手に入れる環境にあったから。
この件では、第二王子も怒ったのだが、彼女には理解できなかった。新しい綺麗なものを贈ったのに、なぜ怒られるのかと。
「思い出の品がないのでしょうね。だから、共感できない。そして、神殿という大人しかいない環境も原因でしょう。そこは、同情致しますし、神官長にも問題がありますが、そこではないのです。この二つの事件の問題点は。」
「誰しも好きな人の物が欲しいと思う時があります。男女問わず。彼が使っていたハンカチが、彼女の使っていたコップが、まぁ、思春期です。恋したら、そんなものだと、王妃様がおっしゃってました。」
受け売り!? 少し照れていた者達が目を剥いた。
「でも、みなさん理性で我慢致しますし、魔が刺してしまっても、相手が困らないものにするでしょう。でも、メシュファ様は相手の物も自分の物のように扱うこと。リトア殿下にプレゼントしたいなら、自分で買ってくればよいのです。なぜ、殿下の持ち物を貴女が好きに扱えると思っておいでなのですか?」
「え?」
そういえば、友人達も必死に許可を取ってと、殿下に話をしてと、懇願していましたっけ。
「殿下を喜ばすことに許可が必要ですの?」
「殿下はどれも喜んでいません。むしろ怒ってますが?」
「・・・。」
「では、こうしましょう。」
フェルミナが教壇から降りて、メシュファに近づいた。そして、執事に目配せする。心得た執事は、メシュファを拘束した。
「何をなさるの!離しなさい!!」
暴れるメシュファの指から、聖女の証である指輪を抜き取ったフェルミナはその指輪を窓から捨てた。そして、笑顔で言うのである。
「あの指輪、汚れていましてよ。新しいのを、明日贈りますわね♪」
「何をするの!!」
震えて怒鳴るメシュファに、冷たい視線を向けて、フェルミナは問う。
――――なぜ、怒りますの?
「私の物ですわよ!私のお気に入りの、大事な物ですのに、許しませんわよ!」
「じゃ、メシュファ様――――、
あの白薔薇も本もリトアの物です!リトアの大事な物ですわ!貴女が勝手に触って捨てていいものではないのです!貴女、いま、怒りましたわよね、リトアも貴女と同じ気持ちで怒ったのですよ!少しはわかりましたか?!」
メシュファは、目を開いて、固まった。
自分の物を捨てたフェルミナが憎くて、憎くて、たまらない。
幼い頃よりつけていた指輪が捨てられて、悲しくて、悲しくて、たまらない。あの指輪だけは、ずっと新しく交換されず、メシュファの物だったのに。
こんな気持ちを、リトア様に与えていたの?
そのあとに、メシュファを襲ったのは恐怖。
自分がフェルミナを憎むように、リトア様も自分の憎んでいるのかと。
メシュファの歯が鳴り出した。ガタガタと震えて。
ようやく、彼女は理解したのだ。第二王子に自分が何をしたのかを。好かれる為に、やっていたのに、どんどん憎まれて憎まれて、今ではそこにいないように扱われる理由を。
婚約者のフェルミナがリトア様に自分の悪口を言っているから、嫌われたんだと思っていた。頑張っているのに、リトア様が振り向いてくれないのは、すべてフェルミナが悪いんだって。
最初は聖女という加護を持ち、天使のように可憐なメシュファは人気者だった。それが、入学してから3ヶ月で友人が二人に減った理由も。フェルミナが裏で意地悪していたわけではなく、自分のせいなのだと。
残り二人の友人も、心配した神官長が付けた年頃の信者であり、仮初の友人なのだ。もし、使命がなければ、メシュファは一人になっていただろう。
「聖女の指輪は、窓の外に待機していたうちの侍女が受け取っていますので、後でお返しします。」
静かに、フェルミナが言った。
メシュファは聞こえていたのだろうか。二人の信者が頭を下げた。
フェルミナは、ハロルドに頭を下げた。
「貴重なお時間を有難うございました。」
「フェルミナ。」
机に戻ってきたフェルミナを第二王子が労うように声をかけた。リリアとクランリーゼは、冷静になって初めて気づく。第二王子の嬉しそうな声に、そして甘い熱を帯びた視線に。
リトアの想い人に。
フェルミナさえ、なんとかすれば、第二王子の婚約者になれると思っていた。しかし、色々とアプローチをかけたけど、名前を呼ばれたことも、話かけられたことも、一度もない。男子とは気軽に話したり、じゃれ合っているが、女で側に居ることを許しているのは、フェルミナだけ。
リトアはフェルミナしか、見ていない。
それも、国王夫妻のお墨付き。
自分には、両親も国王夫妻も、恋しい王子でさえも味方ではないのだ。諦めるべきなのねと、二人はしみじみ思った。
こうして、一限目のハロルド先生の授業は終わった。