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賢さ
私の両親は今では言うところの毒親というものになるのだろう。
毎日のように暴力が振るわれていた時期もあったし、存在そのものを否定されるような言葉を言われたこともある。
そんな最中で印象に残っている言葉は、
人を踏み台にしろ だ。
例えば、100点を取って1位になったとする。
それは人を押し退けた上でなった地位であり、人を踏み台にして到達した位置というのが、その人たちの解釈だった。
だが、私はそう思わない。
なぜなら、それはその人の努力した証拠だから。
天才ならいざ知らず、凡人である私はそう思った。
わずかばかりの反抗心から勉強をせず、馬鹿に至ったというのはまた別の話であるが、私が言いたいのはそういうことではない。
言葉とは不思議なもので、その表現によって解釈は千差万別となる。
小説を書き始めて思うが、日本語とは多様な表現技法があるため、間違えれば他者に不快感を与えることになる。
詰まるところ、努力した過程に対して、それは他人を踏みつけた結果であるという言語表現をする輩を賢いというのならば、私は馬鹿でいいというわけだ。
つまり、私は両親は嫌い。
そういうことである。




