フラグ回避のためには……
「うーん……」
王宮から帰宅後。私は自室の机を前にして唸り声をあげていた。
すでに婚約破棄の噂が屋敷にまで伝わっているのか、もう数時間は部屋にこもっているものの誰も訪れない。
きっとショックで泣いてるか寝てるかしてるんだと思ってるんだろう。そっとしておいてあげようという気遣いが今はありがたい。
「やっぱり……難しいわねえ」
広げたノートにペン先をツンツンと突きながら、私はため息をついた。
今私が持ちえているロマプリの知識。
それを存分に生かすべく、そして今後の方針をより固めるべく一人作戦会議中なのだ。
ノートに記載した攻略知識を見て、大団円イベントは多分なんとか進められそうな気がする。
しかし、問題はその後だ。
「大団円イベントではリーザは描かれない……。それはつまりどうなっているのか分からないわけで……」
正直、ルート進行によってはどうにでもなってしまう可能性だってあるのだ。
「殺され……は流石にしないと思うけど、国外追放は普通にされそうだよね」
ため息をついて部屋の中をぐるりと見渡す。
瞬いばかりの豪奢な部屋。
天蓋付きのベッドに、山のように高価そうなドレスやアクセサリーが詰め込まれたクローゼット。頼めばすぐに美味しいお菓子と紅茶が運ばれてくる。生活には事欠かない。とりあえず今のところは。
「でもクリア後もここで生きていけるとは限らない……。とくれば、ある程度自分でお金を稼げるようにならないと……。それに!」
それに、いつ推しに課金する事態になるか分からない。
オタクは一年中忙しい。
ゲーム本体にファンディスク、ラバストにアクキーはもちろんのこと、シークレットくじなんか出た暁には絶対にロット買いしなくちゃいけない。
それにいつイベントが発表されるか分からないわけで、遠征費やらチケット代を捻出するためには常に働かなければならないのだ。
オタクには金が必要だ。
それは例え人生が変わったとて違わない。
確かに自分の今後を考えてはいるけれど、もし万が一攻略キャラクターたちが路頭に迷うことがあれば全力で支えなければいけない。
私は推しのATM……。
常に気を抜かず、日々邁進せねばならない。
今までは高校の斡旋で職場体験も兼ねて農家や酪農家のお宅でバイトをさせて貰ってたわけだけど。
通ってた農業高校ではなかなかの成績を収めてたわけだから、畑とか牧場さえあれば活かせる知識もあるんだと思うけど……。
「さすがに……そんな上手いこといかないよねぇ」
椅子の背にもたれかかりながらため息をついてふと窓の外を見る。
外には澄み渡るような青空が広がっている。
その中を踊るように小鳥たちが飛び交い、近くの木々へと消えていく。そして木の向こうには……。
「あ! あれはああああああ!!」
視界に入った光景に、私はいてもたっても居られずに慌てて部屋を飛び出した。
「お! お嬢様!」
こっそりと中を伺っていたらしいメイドたちにぶつかりそうになりながらも、私は屋敷のエントランスへと駆け出す。
「い……一体どうなさったのです!」
「ごめんなさい! 私どうしても確かめなくちゃいけないことがあって……!」
「大変です! 誰か旦那様を! お嬢様が気が触れてしまいました!」
慌てふためき、叫ぶメイドたちを置いて、私は外に飛び出した。