破滅フラグ、襲来
「ふふふ……。ここを……こうして。そうすれば……目標達成ね!」
私は執務室でメガネをくいっとあげながら、不敵に微笑んだ。
別に目は悪くないけど、こういうのは気分だと思う。
「事業の方も、学校建設の方も順調……順調と! 予算もなんとかなりそうだし、きっとアルフレッドにも喜んでもらえるわね!」
あー、推しに課金できるなんて……。
生きてるって感じがするなあ。
私は椅子でくるくると回りながらほくそ笑んだ。
転生した時は一体どうなることかと思ったけど、まあひとまずなんとかなりそうだし。
私は机の上に乗ったお茶にゆっくりと口をつける。
このお茶も参考用にと買ったお茶だ。
この世界にはアフタヌーンティーの文化がある。にしてはハッピネスに流通するお茶の種類もまだまだ少数といったところだ。
ハッピネスでお茶栽培に良さそうな土地があれば、買い取るのも良さそうだ。
そうすればさらに可能性が広がる。
うーん、破滅フラグでどうなるかなって思ったけど、これはなんとかなりそうじゃないだろうか。
「失礼します」
小さなノックの音がして、執務室のドアが開かれる。
「お嬢様に招待状です」
「うん、ありがとう」
メイドから一通の手紙を受け取る。
宛先はもちろんアルフレッドからだ。
あれから、アルフレッドは私を王宮に呼び出すようになった。
まあ大抵、例の庭園の東屋でお茶するだけなんだけど。
そんなに学園の進捗が気になるのかな?
婚約破棄した手前、いくら臣下である父親に気兼ねしてなくてもいいのになあと思う。
でも最近肩の荷が降りて生き生きしてきたようで。
そんなアルフレッドを見るのはなんだか嬉しいのでつい誘いに乗ってしまうのだが……。
しかし今回は改まって封書を送ってきたというのは一体なんなのだろうか?
私はそっと手紙を開ける。
「舞踏会のお誘い?」
どうやら他国から新しい大使が来るらしい。
ハッピネネスは大陸の中央に位置するので、国家交流のため様々な国から大使を招いているのだ。
今回の相手は北の大国、フロイデ帝国からいらっしゃるらしい。
「つきましては、ぜひ来られたし……か」
婚約破棄された身としては、正直そんな公の場に呼ばなくてもいいとは思うけど……。
アルフレッドに非常に気を使われているような気がするのはどうした風の吹き回しなのか……。
「でも舞踏会ってことはきっとアルフレッドもかっこいい衣装とか着るよね!」
推しの新衣装だなんて、ゲームだったら絶対に新スチルがつくに違いない。
迷惑にならない程度に推しを見たってバチは当たらないだろうし、うん。
るんるん気分で衣装を選んでもらい(正直、おしゃれのセンスは私にはないので……)
来たる日、王城へと向かう馬車に私は乗り込んだ。
王城の正門から迎賓館へ。
ここに来るのは婚約破棄以来だ。
(まあ……噂話にはなってるだろうけど。隅っこで出来るだけ目立たないようにしていればいいよね)
そんな懸念をよそに、扉がゆっくりと開かれる。
「まあ! リーザ様!」
「うぶっ……!」
入るなり、私の元に令嬢たちが詰めかける。
「こら! リーザ様に失礼でしょう!」
「あら、申し訳ございませんわ」
「リーザ様御機嫌よう。お作りになられた香水、早速購入させていただきましたわ。本当に素晴らしい出来栄えで。新作はいつ、出されるの?」
「あらっ! 貴女、抜け駆けはなくてよ! リーザ様、前々からお話したいと思ってましたの。ぜひあちらにいらっしゃらない?」
「何をおっしゃってるの? 私が先よ!」
「は……はあ」
そういえば……、私が農園や取引で作った化粧品やら香水、はたまた小物に至るまで新しい発想とデザインで令嬢たちに一部人気なのだそうだ。
もとより高貴な令嬢というイメージだったのが、自分で事業を起こし、令嬢たちに熱狂的な人気を誇るいわば現代でいえばカリスマ令嬢として名を馳せているらしい……、という噂を聞いたのはここ数日の話だ。
(ウソウソ! 絶対あるわけないじゃない? って思ってたんだけど……)
令嬢たちがキラキラした目で褒め称えているところをみると、あながちウソともいえないみたいだ。
いやあ……、クラスの端っこで推しを愛でている生活をしていた身としてはこの状況はとってもよくないぞ!
(いくら知識があったからと言って、非リアの私に貴族のリア充と会話だなんてハードルが高すぎる!)
逃げたい!
そう思うのに、助けを求められそうなアルフレッドの姿はない。
ひとまず隙を見て部屋の隅っこに向かおうとすると、他の令嬢たちから黄色い声が上がった。
「な……っ。今度は何?」
思わず身構えると、令嬢のひとりで歓声をあげた。
「見て! あのお方がベルモット様よ!」
「まあ……素敵だわ! やはり大使をなさるだけの方ね!」
「ベルモット?」
「ええ、あのお方が新しい大使様ですわ」
皆の視線の先、王宮の豪華な扉の向こうから現れた青年。
その姿に思わず釘付けになる。
黄色の髪に整った顔立ち。
すらりとした体にまとった衣服は軍服っぽさがありながら嫌味のないデザインだ。
そして水晶のような青い瞳。
令嬢たちの視線に気づいたのだろう。
にこりと口元に微笑を浮かべた途端、隣から悲鳴が上がった。
いやあ、本当すごいイケメンだ。
本来なら私も同じく彼女達と同様黄色い声で叫んでいたことだろう。
しかし、私はその輪に加わることなく必死に記憶を探っていた。
(ベルモット……ベルモット……? どこかで聞いたことがある気がするんだけど……)
訝しげに思う私をよそにアルフレッドの声が響き渡る。
「皆様本日はようこそいらっしゃいました。こちらがこの度新たにフロイデ帝国より参られた大使、ベルモット・ヴァインロート卿です!」
「ご紹介に預かりましたベルモットと申します。二国の同盟がより強固でお互いに繁栄をもたらすように努めさせていただきます!」
そうして浮かべた笑みにため息が漏れる。
破壊力がすごい。
周りの令嬢たちがベルモット……の、微笑みに完全にノックアウトされてるのが分かる。
「す……すごい」
口から人気声優の声がする……! それにすごいイケメンだ!
きらびやかなエフェクトにしゃらんとした効果音が聞こえるようだ。
(でも……おかしいな。あんなキャラ、ロマプリにはいなかったはず)
そうであるならあんなイケメン、アルフレッドと同じくらいに人気だったはずだ。
私だって正直グッズが欲しいもの。
しかしシナリオのセリフを逐一覚えるほどやりこんだはずなのに、全然思い出せない。
「でも……、どっかで見たんだよね。ベルモットって名前……」
(各キャラのメインルートではいなかったはず。そうすればコミカライズ? いや、オリキャラなんていなかったし……。じゃあ、サブクエストとかかな)
そうして記憶を辿っていると、一つの答えにたどり着いた。
「あ! そうだ! 思い出した」
ロマプリのバッドエンドルート。
攻略キャラの誰ともエンディングに迎えずに、追い詰められるシナリオだ。
倒れる主人公にリーザが勝ち誇ったような笑みを浮かべるのだが、そこで「リーザは敵の幹部ベルモットと手を組んだのだ」とだけ現れる。
そう、文字だけ。たった一文のキャラクター。
私は衝撃のあまりくらりと立ちくらみに襲われる。
「あ、あんなイケメンなのに……。モブですらないなんて」
勿体無い。しかし、立ち絵すらないのだから仕方ない。
(ひょっとしたらファンディスクとかに出て来る予定だった? くっ、なんて勿体無いの。……いやちょっと待って)
確かリーザはそのルートでかつての敵国のフロイデ帝国と手を組むことになり、ハッピネスは滅ぶのだ。
(……と、ということは彼を放っておいたら強制バッドエンドルートなんじゃ……!)
推しキャラ達を幸せにすると決めた手前、ハッピーエンドは絶対に諦められない。
これは何か起きそうになるなら阻止しないといけない。
いわば、他国より襲来した破滅フラグと言えるだろう。
絶対に回避しなければ……。
「ベルモットには……十分気をつけないと」
「私がどうかしましたか?」
甘い声色にふっと顔をあげると、当の本人が私の目の前にいた。
「っ……!!!」
慌てて飛び退くと、くすくすとベルモットは微笑を浮かべる。
「驚かせてすみません。……ですが、殿下が私を紹介したいとのことで」
「どうしたんだ? リーザ?」
呆れ顔のアルフレッドにベルモットが笑う。
「仕方ありません。いきなり大使と会話しろと言われても緊張するものでしょう。ですがご安心を。こう見えても私は庶民的なのですよ」
「……はあ」
そうして、ベルモットが恭しく一礼する。
浮かべた笑みはそれこそうっとりとするくらいに美しいものだった。
本当にこの人が敵なのだろうか? そんな疑念が一瞬頭をよぎった。
どう見ても攻略キャラクターにしか見えない。
(でも……油断は禁物。騙されないようにしないとね)
私はドレスをつまみ、恭しくお辞儀をする。
「お初にお目にかかります。シャルトワース家のリーザと申します。遠路はるばるようこそお越し下さいました。どうぞ仲良くしてくださいませね」
リーザの記憶を辿ると、差し支えないセリフがスラスラと出てくるから本当にありがたい。
ベルモットは私の挨拶により顔をほころばせた。
「……そうですね。貴女とはもっとお話したいと思っていたのですよ」
優しかった瞳に何か不穏な光が灯ったようで背筋がぞっとする。
「え……?」
「はい。私の耳にも入っておりますよ。高貴な身分に甘んじず、領地で事業を起こし、さらに発展させているのだとか。一方的に婚約破棄されたにも関わらず、殿下とも相変わらず懇意にされているのでしょう? その心の広さも実に素晴らしい」
「……っ」
アルフレッドは眉をひそめる。
「あ……あれは、アルフレッド様に私がふさわしくないとの事ですから。お考えあってのことですし。私が至らないだけで……」
慌ててフォローする姿に、ベルモットはより上機嫌になる。
「本当! その心の広さが実に素晴らしいですね。よければ、次の予定でも……」
「ベルモット卿、そろそろ……」
「ああ、そうですね。初対面なのについ嬉しくてはしゃいでしまいました。お誘いは次のきかにでも。ではリーザ嬢。それではまた」
ベルモットは一礼すると、アルフレッドの後ろに続いて他の貴族たちの元へと立ち去った。
「い……一体なんだったのかしら?」
なんだか友好的なのか、それとも敵対的なのかさっぱり掴めなかった。
ただ、バッドエンドルートに繋がるのであれば警戒しなくてはいけないのは確かだ。
そうして歓迎パーティは盛り上がり、終わりを告げた。
遠くベルモットを警戒してはいたが、結局何も起こらなかった。




