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第40話 演説

「おーい、ショシャナ。戻ったぞ」

「買い出し、ご苦労様です」


 買い物から戻ってきてくれたシメオンを私は出迎えた。

 ……最近、思うのだが私も少しは外出して体を動かした方が良いのだろうか?


「そうそう……実はこんなビラを広場で配っててさ」

「ビラ、ですか?」


 私はその紙切れをシメオンから受け取った。

 活版印刷で刷られたであろうそのビラは……


「へぇ……ステファノプロス選教候が演説をするんですか。このバスコ地区で」

「みたいだな。……俺は興味はないが、お前はちょっと気にはなっているんだろう?」


 シメオンの問いに私は頷いた。


「まあ……学術的な興味ですけれどね」


 エイギプトゥス王国の復興とやらには欠片も興味はないのだが、ステファノプロス選教候の政治哲学には少し興味がある。 

 まあ、演説で言っている内容が彼の政治哲学であるかどうかは分からないが。


 現実主義的な人間であれば、ユタル人のことを嫌っていたとしても、復興のためにユタル人と手を組もうという発想に至ってもおかしくはない。


「えっと時間は……明日の正午ですか」

「行くのか?」

「そうですね。ステファノプロス選教候ご自身が来て、直接演説をしてくれるなら……試しに聞いてみても悪くはないかもですね」


 一度も聞かずに彼のことを評価することはできない。

 正直、興味はないのだが……もし仮にステファノプロス選教候が大きな支持を得ることになれば、私の実生活にも影響は出てくるのだ。

 

「シメオンはどうします?」

「うーん……じゃあ、俺も行こうかな。お前が行くなら」


 シメオンも少しは興味があるらしい。

 どうして顔が少し赤いのかは、ちょっと分からないけど。


「ならデートですね」

「ファッ!」

「どうしたんですか?」


 何気なく私が言うと、シメオンがギョッとした顔をした。

 そして顔が熟れたトマトのように真っ赤だ。


「い、いや……デートって……」

「おかしいことですか? ……昔はよく、お父さんとデートをしたものですけど」


 サンドウィッチとか作って。

 少し遠出して食事をしたりする。


 今思うと、借金の返済でお金の余裕がなかったのだろう。 

 だから安上りな外出しかできなかったけど……楽しかったなぁ。


「……嫌なら、良いですけど」

「い、嫌じゃない! 嫌じゃないさ!!」

「そうですか? それは良かったです!」


 じゃあ、今日は早くお店を閉めてお弁当の準備をしないとね。





 さて、当日。

 その会場となる広場で赴くと……すでに人だかりができていた。

 

「空いている場所は……ありました。シメオン!」

「何だ?」

「走って! 場所取ってきてください!!」


 もう座れそうな場所は少ない。

 シメオンには走って確保してきてもらう。


「お疲れ様です」


 場所を確保し終えたシメオンのもとに、私はゆっくりと歩いていく。

 そして持って来ていた敷物を敷き、弁当を広げる。


「始まるまで時間がありますし、食べましょうか」

「そうだな……しかし、随分と人気だな」


 私たち以外にも広場に敷物を敷いて、弁当を広げている人たちが大勢いる。

 夫婦や恋人同士は無論、子供連れもちらほら見れる。


「みんな暇潰しで来ているだけですよ」

「そうか?」

「そうですよ。……ここにいる人たち全員が、政治に興味があると思いますか?」


 断言できるが、ステファノプロス選教候の演説がお目当ての人はこの中で一割も満たないだろう。

 殆どは冷やかし半分。

 あとは刺激を求めてやってきただけだ。


 別にこれはバスコ地区やエスケンデリア市に限ったことではない。

 

 演劇やらオペラ、サーカスの観賞はとにかくお金がかかる。

 だから庶民にとっては、政治演説や死刑は立派な娯楽の一つなのだ。


 もっとも……私は死刑には興味ないけど。


「そう言えば……露店もあるな」

「でしょう? ただのお祭りですよ」


 広場には集まった人を目当てに、露店や屋台が開かれている。

 そしてそれを目当てに人々も集まっている。

 

 こうやってお金が回っているわけだ。


「どうですか? 私の手作りは」

「うん……美味しいよ」

「それだけですか?」

「え、えっと……」

「あはは、無理しなくても良いですよ」

「……なら聞くなよ」


 などと馬鹿なやり取りをしていると、どよめきが起こった。

 視線を広場中央に向けると、いつの間にかステファノプロス選教候が演説台の上に立っていた。


 気が付かなかった。

 

 そうこうしているうちにステファノプロス選教候は身振り手振りを使い、演説を始めた。

 ……ふむ、ちょっと話が上手いな。

 引き込まれないこともない感じだ。


 話している内容を簡単に纏めると……

 ・ユタル人もエイギプトゥス人もグラキア人も、皆等しく、“統一エイギプトゥス人”である

 ・現在では我々“統一エイギプトゥス人”は自分たちの国を持つことができない。

 ・それゆえに我々が集めた税金を、自分たちのために使うことができない。

 ・我々“統一エイギプトゥス人”は、“統一エイギプトゥス人”のためだけの政治をするべきだ。

 ・そのためには王国復興が必要不可欠である。

 ・勿論、普遍教会と敵対するつもりは全くない。

 ・王国復興後も、イブラヒム神聖同盟には参加し続ける。

 ・普遍教会と連携し、より良い国造りをしていく。

 ・自分の国では“統一エイギプトゥス人”は皆、平等であるため、ユタル人に対する重税や差別は完全撤廃する。

 

 と、まあそんな感じの内容だった。


「ふーん、人頭税を撤廃してくれるのか……でも、人頭税は普遍教会への税金だろう? どうするんだ?」

「エイギプトゥス王国が立て替えてくれるって話ではありませんか?」


 話を聞く限りだと、エイギプトゥス王国が復興すれば私たちへの税金は減額されるらしい。

 まあ、少なくない額を払わされているし……それはちょっと魅力的だな。


「しかし……そんなことできるのかよ?」


「あの……選教候の話だと、私たちの税金はイブラヒム神聖同盟内部の外国人のために使われてるんですよね? じゃあ、その分が私たちに返ってくるようになれば安くなるんじゃないですか?」


「そんな単純じゃないだろ。例えば俺らの税金がガリア王国での道路整備に使われていたとして……その道路って、エスケンデリア市から輸出された小麦の輸送に使われることもあるだろうしな」


「言われてみれば、それもそうですね……」


 巡り巡って帰ってくると考えることは確かにできる。

 問題はどの程度がこちらに帰ってきているのか、見え難いという点だけど。

 

 さて……私の場合、税金は払い得になっているのか、払い損になっているのか。


 …………

 ……

 多分、払い損だろうなぁ。


 自分で言うのもなんだけど、私は高所得者だし。

 所得が高ければ高いほど払う税金額は高くなる。

 普遍教会から受けられる恩恵は同じだけれどね。


 あ、でも考えてみると私たちの税金が低所得者に分配されることで、治安が良くなっているのかな?

 得難い安全への代金と考えれば……うーん、難しいな。


 やっぱり、普遍教会の支配のままで良いかな、私は。

 現状でもそれなりに安全に暮らしているし。


「そう言えば……あそこにいるの、セリーヌ司祭じゃないか? ……アレクサンデルさんもいるな」

「あっちはララ助祭、リリ助祭ですね。私服ですけど……」


 司祭や聖騎士とわかる格好の人がちらほら。

 そして私服の聖職者もいる。


 なるほど、しっかり監視されているわけか。

 監視強化は私の所為かもしれないけど。


 ……考えてみると、監視下だからこそステファノプロス選教候は「普遍教会と敵対しない」というのを強調したのかも。


 彼の真意は別にあるのかもしれない。


 まあ……でも、私には関係の無いことか。


 戦争でも起こらない限りは、だけどね。


明後日くらいの更新で完結になると思います

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