第39話 政治派閥
「はぁ……」
「ため息をついて、どうされましたか?」
シメオンたちと共にお酒を飲みに行ってから約一週間後。
私はセリーヌさん、シャルロットさんとお茶をしていた。
この二人とは随分と親しくなり、基本的にセリーヌさんが非番の日はいつも食事か、それともお茶をしている。
店番とかはシメオンに任せればよい。
……そう、そのシメオンなのだが。
「最近、シメオンがよそよそしいんですよねぇ……」
「ふーん、心当たりはないの?」
「ないことは、ないんですけどねー」
シメオンがよそよそしくなったのは、お酒を飲みに行った日からだ。
と言っても、私は途中から記憶がなく、気が付いたら第七曜日の朝、ベッドにいたのだが。
何か、シメオンにやらかしてしまったのではないだろうか?
と、不安なのだ。
そう二人に話すと、なるほどと二人は頷いた。
「それは間違いなく、やらかしましたね」
「分かるわー、私も酔った勢いでアレクに変なことをやったり、しちゃったりするもの」
うーん、やっぱりやらかしたのだろうか?
しかし……思い出せない。
いや、正確には思い出そうとすると、なんだか、うっ……頭が……という感じになるのだ。
……思い出さない方が私にとっては幸せかもしれない。
「そう言えば、お酒の席でステファノプロス選教候が話題に出たんですけど」
と、私は最後に記憶に残っていたことを二人に話した。
確か、男共が「セリーヌさんのような美少女を王様にしたい」みたいなことを言ったんだよね。
「私が王様ねぇ……ふふ、まあ、ありがとうと言っておいて。なる気はないけどね」
セリーヌさんは自分が支持されていることが嬉しいのか、髪を掻き撫でながら言った。
そしてやや意外そうな表情でシャルロットさんが私に尋ねる。
「というか、ショシャナさんもやっぱり、王様は欲しいんですか?」
「うーん、王様が欲しいというか……まあ、払った税金分の仕事をしてくれるならば別に王様じゃなくても良いんですけど」
その点で言えば、普遍教会に対してはそれほど大きな不満はない。
これは私だけではなく、すべてのユタル人の共通の思いだと思う。
勿論、不満がないわけではなく、より良い政治をしてくれるのであれば普遍教会でなくても良い。
私たちは十二使徒派ではないため、普遍教会への愛着は皆無だ。
「実際のところ、ステファノプロス選教候の目的達成……エイギプトゥス王国の復興って、どの程度、見込みがあるんですか?」
「皆無です」
「今のところ認める余地はないわね」
シャルロットさん、セリーヌさんの二人は揃ってそう言った。
まあ……普遍教会からするとエイギプトゥス王国を復興させるメリットはなさそうだけど、そんなにあり得ない話なのだろうか?
と、私が尋ねるとシャルロットさんは頷いた。
「まあ、それは普遍教会の内部の政争、派閥争いに関わるんですけど……」
「政争?」
ふむ……考えてみれば普遍教会も一枚岩ではないか。
政治方針や政策、若干の教義解釈の違いによって複数の派閥に分かれているのは……むしろ当然か。
あまり考えたことはなかったけど。
「現在、普遍教会は大きく二派閥に分かれているんです」
「二派閥、ですか」
「右翼・保守勢力を中心とする“自由派”と左翼・革新勢力を中心とする“統制派”です」
現在の主流派は自由派であり、近年急速に勢力を拡大しているのが統制派。
自由派を構成しているのは主に貴族階級、もしくは地主、商人などの裕福な平民階級、または二・三世代連続して聖職者を輩出している世襲聖職者、等々上層身分出身の聖職者たち。
一方で統制派を構成しているのは、さほど裕福ではない平民階級出身の聖職者たちである。
自由派は旧来通り、普遍教会は政治・経済に出来得る限り介入せず、現地の貴族たちによる間接的な統治に任せ、最低限の治安や安定のみを維持する。
一方で統制派は積極的に政治・経済に介入し、貴族の力を削ぎ落し、普遍教会が主導権を握り、様々な改革を行うことで貧富の格差等の是正を行う。
と、こういう違いがあるらしい。
「ちなみに私は、普遍教会はイブラヒム神聖同盟統合の権威としてのみ君臨するべきであると考えています」
「ふん……貴族共に任せていたら、格差が拡大するだけでしょうが」
つまりシャルロットさんは自由派。
セリーヌさんは統制派らしい。
うん、分かりやすいな。
シャルロットさんは平等よりも自由が、セリーヌさんは自由より平等が好きなわけだ。
「ところで、その党派争いがどうしてエイギプトゥス王国の復興に関わるんですか?」
「自由派も、統制派も、『国王は不要である』という点に於いては一致しているからです」
うーん……少し見えてこない。
私は一番詳しいであろうセリーヌさんの方を向いて、詳しい解説を求める。
「自由派、統制派も、共に仲間割れはできるだけしたくはないのよ。だから双方、政策の擦り合わせをするの。自由派の主張は要するに、『できるだけ上位権力の介入を受けず、貴族や自由都市、ギルドが各々に自由な政治や経済活動を行いたい』ってこと。一方、統制派は『貴族や自由都市、ギルドによる貧困層への政治的な支配、経済的な搾取を止めさせたい』って主張。つまり……どちらも『国王は不要である』という点に於いては一致しているということよ」
なるほど……分かったぞ。
自由派は普遍教会による支配を良しとしていないが、同時に国王による支配も良しとしていない。
統制派は貴族を目の敵にしているけれど、同時にその親玉である国王も好ましく思っていない。
どちらも共通の敵として『国王』や『王国』が存在する、ということか。
「そう言えば、お二人はご自分の王様……ガリア王についてはどう思っているんですか?」
「ショシャナ様の言う、『ガリア王』とはどちらのことですか?」
……どちら?
ガリア王国には王様が二人いるのだろうか?
あー、そう言えばガリア王国は今、戦争中なんだっけ?
詳しくは知らないけど。
「すみません……どういうことですか?」
「現在、『ガリア王』として承認されているのは、アルビオン王国の国王を兼ねているアンディーク伯爵よ」
「そしてもう一人、先代ガリア王の息子であるシャルル王太子がガリア王を名乗っています」
お二人の話をまとめると、どうやら現在のガリア王国は三派閥に分裂しているらしい。
一つはアンディーク伯爵(兼アルビオン国王)を中心とするアンディーク派。
もう一つはブルングント公爵(兼ブルングント選教候)を中心とするブルングント派。
最後に少し前までガリア王位を世襲していたアルレリア家を中心とするアルレリア派。
このうちアンディーク家とアルレリア家がどちらも『ガリア王』を名乗っているが故に、現在のガリア王国には『ガリア王』が二人いるらしい。
よく分からないが、ガリア王国の人々が少し可哀想だ。
「まあ、私はどっちの『ガリア王』にも恩はないから、どうだって良いけれど」
「でも、セリーヌさんはガリア王国の出身ですよね? 思い入れはないんですか?」
私が尋ねると、セリーヌさんは肩を竦めた。
「全く。私はブルングント公爵領の出身だけれど……ブルングント領にはそれなりに郷土愛があるし、公爵様には良い政治をして頂いたという感謝の気持ちはあるけれど、ガリア王にはないわね」
「……そういうものですか?」
「ええ。私はブルングント公爵領の領民だった。そしてブルングント公爵はガリア王と封建契約を結び、ガリア王国の一諸侯だった。でも、だからと言って私がガリア王の民であるかと言えば、そんなことがあるはずないでしょう?」
あるはずがない……の?
あー、でも私もエスケンデリア市には愛着があるけどそれ以外のエイギプトゥス地方には何の愛着もないし、それと同じか。
「まあ、公爵様がガリア王になりたいっていうなら、応援しようかなーって気持ちはあるけどね。公爵様はそんな気持ち、なさそうだし」
「どうしてですか?私が思うに……なれることなら王様になりたいと思うものじゃないんですか?」
ブルングント公爵というのがどの程度凄いのかは知らないけれど、ガリア王国を三分するほどの力があるのだろう。
ならば、相応の欲望を持っていてもおかしくはないんじゃないだろうか?
と思ってしまう。
「ブルングント領はガリア王国の中では、やや特殊な位置にあるんですよ?」
「……特殊?」
「ゲルマニア連邦と接しているんです。……というか、ブルングント公爵自身もガリア貴族であるのと同時に、ゲルマニア連邦の一員であるブルングント男爵位を兼ねています。つまり、ガリアとゲルマニア、双方の間に跨って存在するんです」
だからブルングント領の人間は、自分たちはブルングント人である、という自覚はあれどもガリア人、ゲルマニア人としての自覚は殆どないらしい。
変な話だなーと一瞬思ったけれど、私もユタル人という自覚はあれどもエイギプトゥス人としての自覚なんてないし、それに似たようなものか。
「あれ? じゃあ、セリーヌさんは少し、一般的なガリア人とは感覚が違うんですか?」
私が尋ねると、セリーヌさんは頷いた。
「まあ……そうね。私は一応ガリア語の話者だけれど、一般的なガリア語じゃなくて、ゲルマニア訛りがあるガリア語……ガリア語方言の一つブルングント語の話者だし」
「文化はガリアよりもゲルマニアに近いですよね。ブルングント領は別名、低地ゲルマニア、ですから」
ううむ……ごちゃごちゃしてきた。
セリーヌさんは典型的な北方系人種とばかり思っていたけれど……その北方系人種の中にもいろいろなカテゴリーがあって、セリーヌさんはそのカテゴリーのうちの二つに跨るような存在……ということか。
やっぱり、人間っていうのは一括りにはできないんだな。
「じゃあ、シャルロットさんはどうなんですか?」
「どう、とは?」
「どちらの王様を支持しているんですか? ガリア貴族、ですよね?」
セリーヌさんはともかくとして、シャルロットさんは貴族だ。
ならば国王に臣従しなければならないし、それなりに王国の一員としての自覚があるはず……というか無いとダメだろう。
「どっちもですね」
「……どっちも?」
「私はアルレリア家とアンディーク家、双方と封建契約を結んでいます。私の領地はガリア王国以外にも、アルビオンやゲルマニアにもありますしね」
「……そんなことをして良いんですか?」
「逆にどうしてダメなんですか?」
うーむ……そういうものなのか? 王国というのは。
生憎、私の「国家観」は啓典時代のものなので、現在における国というものがどういうものか実は分からないし、知らないのだ。
国に属していないからね、私は。
でも、少なくとも啓典の時代、太古の大昔、神話の時代では……臣下が複数人の王様に忠誠を誓うことは、できないんじゃないだろうか?
「ショシャナ様だって、一人のお客様以外とも契約を結ぶでしょう?」
「そりゃあ……だって、商売ですし」
「私たちも同様ですよ」
むむむ……意外に貴族とか、騎士って淡泊なんだな。
義務的というか……浪漫の欠片もない。
ちょっと夢が壊された気分だ。
「国ってのは、何のためにあると思いますか?」
シャルロットさんが唐突にそんなことを聞いてきた。
何のため、と言われても……私は国を持っていないから、そんなことを言われてもちょっと分からないぞ。
「何のため? ……えっと、そこに住む国民のため、じゃないですか?」
「よく分かっているじゃないですか」
にっこり、とシャルロットさんは笑った。
「ちなみに、ガリア王国に於ける国民とは、貴族を指します。ガリア王国というのは、当時の有力諸侯たちが寄り集まり、相互扶助のために建国されたのです。そしてガリア王というのは……名目上のリーダーに過ぎません。分かりますか? 王国とは貴族のためにあります。……ならば、貴族の行動を抑制するような国は、滅んでも構わない……いえ、滅ぶのが道理だと、思いません?」
「それは……うーん、確かに、そう、ですかね?」
一般庶民、平民はどうなんだ? と一瞬思った。
だけどセリーヌさんの話を聞く限り、平民の人は自分の領地の貴族に対してしか期待しないし、敬愛の念を持たないらしい。
ならば……確かに国なんていらないかも。
「話をエイギプトゥス王国に戻すけれど……問題はエイギプトゥス王国を復興させて、誰が得をするかって話よね。……私としてはユタル人を取り込もうとしているのは、ちょっと興味深いわね」
「普遍教会から利益を得ている人は絶対にエイギプトゥス王国の独立には賛同しないわけで……それを考えると、普遍教会から特に利益を得ていない、逆に精神的に圧迫を受けているユタル人からの支持を得ようとするのは、中々悪くない戦略ですよね。……実際、ユタル人には好意的に受け止められているんですよね?」
シャルロットさんが私に尋ねた。
私はあの時のことを思い出しながら……頷いた。
「そう、ですね……支持している人も少しはいるみたいですし、不支持の人も……あくまで消極的に支持していないだけで、積極的不支持の人、独立断固反対、なんて人は聞きませんね。……自分で言ってみて気付きましたが、私もそうです」
私はエイギプトゥス王国が独立したところで、別に何も変わらないと思っている。
だから支持はしていない。
……が、これはつまりある意味では好意的な中立を維持していると取れるのだ。
だって、反対はしていないのだから。
「……由々しき問題だわ。正直、取るに足らない主張だと思っていたけれど、好意的にこれを受け止めるユタル人が一定数いるとなると、少し無視できないわね。あとでちゃんと調査して、教皇聖下にご報告をしなければ」
また仕事が増える……とぼやくセリーヌさん。
そんなセリーヌさんを見て、私は思うのだった。
ステファノプロス選教候には、独立賛成派の民族主義者には悪いことをしてしまったな、と。
フランス貴族「王国とは貴族のためにあります。……ならば、貴族の行動を抑制するような国は、滅んでも構わない」
こういうメンタリティーだからフランス革命が起きたんでしょうね




