第38話 お父さん
「司祭様って、異端者じゃない!」
「ステファノプロス選教候だって異端じゃないか」
「同じ異端者なら、実績があって、頭が良い方が良いよな」
「あの司祭様には感謝しているけど……でも、普遍教会よ!」
「普遍教会が嫌じゃないの?」
「まぁー、でも確かに普遍教会は嫌だな」
「だからといって、ステファノプロス選教候が王様になったって、大して変わらないんじゃないか?」
友人たちが議論しているのを横目で見ながら、俺――シメオン・ヨハネ・マタティア――は酒を飲んでいた。
今はステファノプロス選教候派vsセリーヌ司祭派で議論しているようだ。
まあ……セリーヌ司祭派は多分冗談だろうし、どちらかと言えばステファノプロス選教候の肯定派と否定派の議論、というところだろうか。
正直、あまり興味はない。
と、思いながら視線を横に向けると、ショシャナがチビチビと酒を飲んでいた。
何杯目だろうか? 少し飲み過ぎじゃないか?
「おい、ショシャナ。飲み過ぎじゃないか?」
「ん……別に、飲み過ぎてなんか、にゃいです」
ショシャナはそう言って酒を自分のコップに注ぎ込む。
不味い、酔ってるぞ。
顔が真っ赤で、少し視線が覚束なくなっている。
「ねぇ、ちょっと、大丈夫?」
デボラが心配そうにショシャナに尋ねた。
普段のショシャナならば「心配は無用です」と答えるだろう。
だが……
「大丈夫って、言ったでしょ! そうやって、私を、子供扱いしてぇ……」
プクっと頬を膨らませた。
可愛い……可愛いけど、完全に酔ってるぞ。
「ショシャナって弱いの?」
「弱い……って自分で言ってたけど、さあ……ここまで酔っているところは見たことがないな」
少し心配になってきた。
が、しかし俺たちの心配を余所にショシャナの酒を飲むペースは速くなっていく。
おいおい……
「良いじゃねぇか、飲みたいって言ってるんだぜ」
「もう成人なんだから、飲ませてあげれば良いのよ」
酔っ払い二名がショシャナを擁護する。
お前たちは強いかもしれないが、ショシャナは……どうなるか分からないんだぞ!
「おい、ショシャナ、いい加減に……」
「うっさいです!」
ポカっとショシャナに拳で叩かれた。
非力なショシャナの拳など別にどうということはないが……しかしポカポカと何度も叩かれると少し痛い。
「お、おい……」
「うっさい、うっさいです! あなたは、そうやって、そうやって、人のやることに、いつもいつも、グチグチいって、何なんですか? 何なんですか!!」
「いや、俺はお前のことを思って……」
「私はもう、十三歳で、あと少しで十四歳なんです! 大人なんです! 分かりますか! 分かりなさい! 大体、従業員のくせに、雇用主に命令するとは、何事ですか!」
「お、落ち着けって……」
「説教してやります! 姿勢を正しなさい!」
そしてショシャナは俺に対して説教を始めた。
お、怒り上戸かよ……
他のやつらは説教される俺を見て、腹を抱えて爆笑している。
こいつらめ、他人事だと思って……
「デボラ!」
「な、何?」
説教に飽きたのか、ショシャナの矛先は正面に座っていたデボラへと向かった。
油断していたのか、デボラは姿勢を正した。
「あなた……」
「は、はい」
「コップが空になってますね」
そう言ってショシャナは酒をデボラのコップへと注いだ。
デボラはぽかんとした表情を浮かべている。
「何をしているんですか?」
「え、ええ?」
「飲みなさい! 私が注いであげたんですよ!」
「いや、私は自分のペースで……」
「私の酒が飲めないって言うんですかぁ!!」
怒り上戸な上に捻ぢ上戸なのかよ……
最初はみんなゲラゲラと笑っていたが、ショシャナの標的は俺やデボラだけに終わらなかった。
全員に対して、怒鳴り、怒り、説教を始めたのだ。
「大体ですねぇ……あなたたちは!」
「悪かった……悪かったから、機嫌を直してくれよ、ショシャナ」
お前が何とかしろ、という視線を感じた俺はショシャナを何とか宥める。
プクっとショシャナは頬を膨らませるが、少し大人しくなった。
「じゃあ、お詫びに面白いことをしなさい」
「え、ええ!?」
「面白い話でも良いです。笑ったら、許してあげます」
え、ええ……面白いこと?
面白いこと……ダメだ、下ネタしか思いつかないぞ。
……そうだ、ガリアで身に着けた芸を見せてやろう。
「ショシャナ、見ろ」
「何ですか?」
俺は右手の親指を人差し指と中指の間に差し込んだ。
そして左手の親指を折り曲げ、ピタリとくっつける。
「指が……」
まるでそして右手をズラすと親指がまるで動いたかのように……
「……」
「「「……」」」
不味い、滑ったぞ。
背中に冷たい汗が伝う。
「っ……」
「あ、えっとだな、チャンスをくれ、もう一度チャンスを……」
「あ、あははははは!!」
お腹を抱えてショシャナは笑いだした。
いや……自分で言うのもなんだが、面白くはないだろ。
「もう一回、もう一回やってください」
「……指が」
「あははははは!!!」
指を動かす前にフライングで爆笑し始めるショシャナ。
なるほど、分かったぞ。
笑い上戸か……
「ね、ねぇ……ショシャナ」
「ん……? 何ですか?」
機嫌が良くなった様子のショシャナに、デボラが話しかけた。
よ、余計なことはするなよ?
「あんたってさ」
「ん?」
「シメオン君のことって、どう思ってる?」
こ、こいつ!
俺は自分の顔が引き攣るのを感じた。
同時に顔が熱くなる。
みんなじっとショシャナを見つめ、ショシャナの返答を見守る。
……多分だが、俺の気持ちはすでに察せられているんだろう。
「ん……どう、とは?」
「好き?」
「お、おい! ちょっと……」
「そりゃあー、好きですよぉー」
酒を飲みながら、ショシャナは答えた。
隣にいた友人が俺の肩を叩く。
「やったな、シメオン」
「や、やったな、じゃないだろ!」
ど、どうすれば良いんだ?
俺も好きだ、って返答すれば良いのか?
俺が混乱しているうちに、デボラが再度ショシャナに尋ねる。
「シメオン君は……どんな人? 好きって言っても、いろいろあるじゃない?」
「ん……」
とろん、とした表情でショシャナは答えた。
「お父さん……?」
「……え?」
デボラの表情が固まった。
ほかのみんなも驚きで表情が固まっている。
勿論、俺も驚きで開いた口が開かない。
お父さんって、あの、お父さん?
父親?
「お父さん!? お父さんなの?」
「うーん、最近は優しいしぃ……世話を焼いてくれるしぃ……お父さんかなぁーって」
そう言ってショシャナは俺の腕に絡みついてきた。
すりすりと猫のように頬を擦り付けてくる。
普段は滅多に、いや絶対に見せることがないような、甘えるような表情を見せている。
ああ……見たことあるぞ。
これは……ショシャナが親父さんに見せていた表情だ。
「えぇ! 本当に、本当にお父さんなの?」
「シメオンはお父さんじゃないですよ? みたいだなーって感じで……」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「うーん、でも半分くらい? お父さんはもっと優しかったから……ぐすっ……」
急にショシャナの表情が変わった。
目が潤んでいる。
おいおい、まさか……
「お父さぁーん!! うぇーん、どうして死んじゃったのぉ……」
号泣し始めた。
泣き上戸……か。
その後、ショシャナは店員に苦情を言われるほど号泣してから、泣きつかれたのか、それとも完全に酒が回ったのか、寝てしまった。
すやすやと、俺の膝を枕にして、可愛らしい寝顔を晒している。
「ん……お父さん……」
「こいつ……」
思わず、ため息をついた。
するとデボラがショシャナの寝顔を覗き込みながら呟く。
「そう言えば、この子、お父さん子だったわねぇ……」
やや同情するような表情だ。
俺も……みんなも、思い浮かべていることは同じだろう。
ショシャナの母親は、彼女が物心つく前に死んでしまった。
父親の手でショシャナは育てられたのだ。
ショシャナの父親は、ショシャナを救うためならば躊躇なく数千ディナルの借金をするような人だ。
相当可愛がって育てたはずだし、ショシャナも甘やかされて育った。
それが急に死んでしまったのだから、ショックだっただろう。
一千ディナルも借金が残っているのは、不安だっただろう。
そこへ、丁度俺が来たから……
「シメオン君、大変ね」
「そうだな……まあ、お父さんにはなってやれないが、これからも助けてやるつもりだ」
しかし、これではっきりした。
ショシャナは俺のことが好きなのか、嫌いなのか、恋愛感情を抱いているのか、正直捉えどころがなかったのだが……
どうやらそれ以前の問題として、こいつは“子供”だったようだ。
こいつにとって、身近で親しい異性ってのは、イコールで父親なんだろう。
恋人という概念は分かっているが、実感は全くないわけだ。
はぁ……
これは先が思いやられるな。




